第737話 おじさんまたもや思いついてしまう


 さっくりと闘技場の改装を終えたおじさんである。

 なかなか満足のいくデキだ。

 

 なんだか闘技場というよりはスタジアムな雰囲気が満載だけど。

 それはそれでいいのだ。

 使い勝手が悪いものは良くないのだから。

 

 学生会室に戻ると、まだ侃々諤々の議論が続いていた。

 おじさんが抜ける前は舞踏会のことを話していたはずである。

 

 その話は決着がついたのだろうか。

 疑問に思いながら、おじさんは席に戻る。

 

「リー様、申し訳ありません。まだ議論が終わっていないのです」


 聖女とケルシーが腕を振り上げ、声高らかに宣言している。

 おじさんの前にいるイザベラ嬢とニュクス嬢は、眉をへにゃりと曲げるのだ。

 

「主役はアタシたちだあ!」


「まぁ……だいたい議論の内容はわかりました。それで舞踏会の方はどうなりましたの?」


 ヴィルが日和った。

 そのことで学生会に属するものは、男子二人を除いて全員参加することに決まったのである。

 

 ちなみに男子二人は巻き添えをくらいたくなかった。

 だから舞踏会の当日には裏方をすると言いだしたのである。

 

 人数が足りない分はヴィルの家の使用人を借りだすそうだ。

 さすがに侯爵家の嗣子である。

 

 その辺りで、おじさんは闘技場の改装をするといって抜けたのだ。

 正直に言えば、舞踏会に参加するのはどうかなと思う。

 

 だって、ただでさえ学園では最大限の敬意を払われるのだ。

 そういう者が居ては、他の者たちが楽しみにくかろうと思う。

 

 おじさん的には社長が参加する忘年会のようなものだ。

 無礼講だとは言うが、無礼講ではない。

 

 どうしたって気をつかってしまうものである。

 気を使わなくてもいいと言うのなら、最初から参加しなければいいのだ。

 費用だけだしてくれればいい。

 

 そんなことをよく思ったものである。

 まさか自分が転生して、その社長のような立場になるとは夢にも思わなかったおじさんなのだ。

 

「先ほどのお話のままですわ。明日から講習会を開くことにして、踊りの方は主に伯爵家以上の者たちを中心に指導していこうかと」


 ニュクス嬢がおじさんに回答した。


「踊りの練習というのも以外と難しいものなのですね」


 おじさんは考えていた。

 男爵家や子爵家では、自信がつくまで練習がしにくいのだろう、と。

 

 無論、男爵家や子爵家といっても裕福なケースもある。

 例えばイザベラ嬢の実家などは子爵家だ。

 

 ただし歴史ある家柄で貴族を相手に礼儀作法などを教える立場である。

 聖女の教育係でもあったのだから、相当な信頼を得ているのだろう。

 

 逆に侯爵家の養子とは言え、聖女は踊りが苦手ときている。

 運動神経は悪くないのだから、シンプルに興味が薄いのかもしれない。

 

「音楽家を招くと言っても、やはり伝手がなければなかなか」


 イザベラ嬢が答える。

 その隣でニュクス嬢がコクコクと頷いていた。

 

「私の家では家族の者が演奏をしてくれましたが、それも難しい場合があるのでしょうね」


 昔を懐かしむようなニュクス嬢である。

 ちなみに、とイザベラ嬢が聞いた。


「リー様はどのような指導を受けたのでしょうか?」


 ふむ、とおじさんは沈思する。

 ――踊り。

 

 学園の舞踏会においてはメヌエットのようなダンスが中心だ。

 四分の三拍子の曲で、男女がペアになって踊る。

 

 メヌエットは男女が密着する形ではない。

 膝を軽く曲げて、小さくステップを踏むのが基本だ。

 

 そして、フロア上を「Z」の形になるように移動する。

 軽く手を触れる程度には接触があるが、基本的には少し離れた位置で踊るのだ。

 

 ちなみに学園卒業後から、王国では夜会に出席することが通例である。

 その場合も未婚の男女は、メヌエット形式だ。

 

 男女の距離が近くなるワルツのようなダンスは既婚者が夫婦で行なうものである。

 

「わたくしは……」


 おじさん、実は一度見て覚えてしまった。

 特に難しいステップもなかったので、サクッと覚えたのだ。

 

 ちなみにワルツの方も習得済みだ。

 こちらもすぐに覚えてしまったので、教師が頭を抱えていた。

 

 他にも剣舞やら、地方に伝わる民族舞踊のようなものまで網羅しているおじさんだ。

 なにせ、おじさんは社交ダンスに憧れがあったのだから。

 

 踊りには興味があったのだ。

 もちろんそれはおじさんの体術にもいかされている。


「まぁ……家庭教師にこられた方が一日で教えることがなくなった、と」


 さもありなんだ。

 おじさん、そういうところは自重しないから。


「それはそれは……」


 ニュクス嬢とイザベラ嬢も苦笑いである。

 

「まぁ魔楽器の演奏の練習にもなりますし、うちの講習会では基本だけ押さえて、どんどん踊って経験を積んでいきましょうか」


 そうですわね、と同意をする二人だった。

 

「しかし、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツでも、これだけいるのでしょう? だったら踊りに自信のない学生にむけて、講習会を開いてもいいかもしれませんわね」


 ああ、と頷く二人である。

 

 舞踏会は学生全員に通達して行われる大規模イベントだ。

 参加は自由だが、多くの学生が参加することになる。

 

 となると、一般の学生たちの中にも同様にいるはずだ。

 ダンスが苦手な者が。

 

 なら――学生会の講習会で教えることをマニュアル化するのもありだ。

 そこまでをざっと説明するおじさんである。

 

「……なるほど。確かにリー様の仰るとおりですわね」


 深く頷くイザベラ嬢だ。


「賛成ですわ! そこに至らない己を恥じますわね」


 ニュクス嬢は真剣な表情である。

 

「ただの思いつきですから。それよりも学生会の仕事が増えてしまいますが、そちらは問題ありませんか?」


「……恐らくは問題ないかと。詳しくはアリィとも諮ってみますわ」


 おじさんたちの話を聞いていたのだろう。

 キルスティが参戦してきた。

 

「確かに過去の舞踏会で、そのような場が設けられたとは聞いていないですわね。名案かと思います」


「過去にもなかったのですか?」


 純粋に興味から確認するおじさんだ。

 

「ないかと思うわ。先輩方からも聞いたことがありませんから」


 なるほど、と頷くおじさんだ。

 

「ねぇねぇ!」


 テテテと走ってくるケルシーだ。

 

「どんどっとっとはやったらダメ?」


「ううん。どうでしょう? エルフの文化を知るという意味ではどんどっとっともやってもいいかと思いますけど、どう思われますか?」


 おじさんの視線の先にいるのはキルスティだ。


「時間的に難しいかもしれないわね。少し時間を早めて、エルフの文化を体験するっていう形にすればいいかも」


「……なるほど。それはいい考えですね! これからはエルフの皆さんとも交流が増えるでしょう。お互いの文化を知ることは大切ですわ!」


 おじさん、乗り気である。

 ただ、どんどっとっとをやるのなら、どうしたらいいのだろう。

 

「ほんと! やったー!」

 

 無邪気に喜ぶケルシーだ。

 詳しくはクロリンダにでも確認しておこうと思うおじさんである。

 

「はい!」


 聖女である。

 

「だったらアタシもやりたい!」


「なにをです?」


「おひげダンスに決まってるじゃない!」


 聖女の一言に、思わず固まってしまうおじさんであった。

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