第736話 おじさんが舞踏会のことを口にするとトラブルが起きるのかい?


 学生会の面々がお泊まりした翌日のことである。

 

 おじさんたちは皆で登校していた。

 ものすごく邪魔になっている気がしないでもないおじさんだ。

 なにせ馬車がずらっと並ぶのだから。

 

 ちなみに、おじさんは最後方にいる。

 馬車の中にはケルシーだ。

 

「でさ! エーリカってばね!」


 と、今日も元気いっぱいのケルシーだ。

 他愛のない話を聞きながら、おじさんは思う。

 

 ウドゥナチャからの報告のことを。

 怪しげな四人組。

 それに襲撃を受けたとも言っていた。

 

 まだはっきりとしたことはわからない。

 ただ怪しげな四人組は王都に行くとも言っていたそうだ。

 

 またなにかしら騒乱が起こるのだろうか。

 

「ねぇねぇ、リーってば!」


 気づけば、ケルシーが身体を揺さぶっていた。


「ごめんなさい。少し考えごとをしていて」


「もう! ここからがいいところなんだから!」


 邪気のないケルシーである。

 昨夜、聖女としたゲームが楽しかったようだ。

 

 ニコニコとするケルシーを見て、おじさんはつい頭をなでてしまう。

 

「ふへへ。そう言えばリーってば今日はなにをするの?」


「そうですわね。闘技場の改装を終わらせてしまうくらいでしょうか。他には……ああ、ケルシー」


 おじさんは忘れていたことを思いだす。

 なに? と首をかしげるケルシー。

 

「そろそろ舞踏会にむけて、踊りを覚えないといけませんわよ」


「踊り! どんどっとっとじゃダメなの?」


「まぁ音楽にのせて踊るという意味では変わりません。ですが王国では踊りの種類がちがうのですわ」


「ほへえ……」


 口を半開きにしているケルシーだ。

 

「ケルシーと怪しいのはエーリカですか。他の面々は恐らく大丈夫だと思うのですが……」


 貴族の令嬢が集まっているのだから、その点は大丈夫だろう。

 もちろん相談役の三人は問題ないとは思う。

 

「まぁいずれにせよ、確認をしてみましょう」


「うん! 踊りは好きなんだー!」


 でしょうね、と思うおじさんであった。

 

 おじさんとケルシーが馬車を降りる。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツが整列していた。

 

 何事だと見守る他の学園生たち。

 そちらにむけて、おじさんは言った。

 

「ごきげんよう」


 ニコッと笑ってみせる。

 

「おはようございます!」


 一斉に膝をつき、挨拶をする学園生たちである。

 そういうことをされると、学園に来にくくなるのがおじさんだ。

 

 ただ注意するというのもおかしな話である。

 だって相手はおじさんに敬意を払っているのだから。

 

 おじさんを先頭に歩く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツ

 

 それを少し離れた場所で見るキルスティは思うのだ。

 もう学園の覇者ね、と。

 

 その日の放課後である。

 

「アリィ」


 アルベルタ嬢を呼ぶおじさんだ。

 

「今朝、少しケルシーとも話をしたのですが、舞踏会で踊りに不安がある者はいますか?」


 え? と虚をつかれるアルベルタ嬢である。

 当然だが彼女は踊りも修めていた。

 

 というか貴族の女子として踊りは必須の教養である。

 なにせ学園を卒業すれば夜会にもでるのだから。

 社交界では踊りも重要な要素だ。

 

「……できて当然のものと思い、確認をしていませんでしたわ」


 がばりと頭を下げるアルベルタ嬢だ。

 自分の思いこみで確認を怠っていたのに気づいたからである。

 

「いえ、わたくしもケルシーと話をしていて気づいたのですから、そこまで気にしなくてもいいですわ」


 おじさんとアルベルタ嬢のやりとりを見ている学生会の面々だ。

 ちょうどいい機会である。

 

「皆にも改めて伺いますわね。踊りに自信がない者はいますか? いたら正直に挙手をしてくださいな。恥ずかしいことではありませんから」


 おじさんの言葉に真っ先に手をあげたのが聖女とケルシーだ。

 他にもけっこうな手があがっている。

 

 おじさんが見たところ、伯爵家以上の者は手をあげていない。

 子爵以下の女子は自信がないという感じだろうか。

 

 もちろんイザベラ嬢や聖女といった例外もいるが……。

 

「ケルシーも含めて十人ですか。承知しました。では、本日から踊りの講習会を開きます!」


 どーんとぶちあげるおじさんであった。

 

「ってことは! アタシたちも踊れるの?」


「学園で開く舞踏会でしょう? 楽団も呼ぶのではないですか?」


 わたくしたちが演奏しなくてもいいという判断のおじさんだ。

 確認の意味をこめて、相談役の三人を見る。

 

「毎年、学園長の伝手で王立楽団が呼ばれていますので、参加しようと思えばできますね」


 ヴィルである。

 さすがにこの辺りの事情に詳しい。

 

「その点は安心して。曾祖父様おじいさまが手配していたから」


 学園長の身内であるキルスティの証言で確実なものとなった。

 

「まぁでも当日にも裏方の仕事はあるぜ?」


 シャルワールの言うことももっともだろう。

 

「ならば、裏方の仕事は交代で行いましょう。せっかくの舞踏会なのですから、皆が参加できるようにいたします」


 はい、と壁際で手をあげる者がいた。

 おじさん付きの侍女である。

 

「サイラカーヤ、どうかしましたか?」


「お嬢様も舞踏会に参加なされると、それでよろしいですわね?」


「わたくしですか? わたくしは裏方……」


 だめええ! と声をあげる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたち。

 

「リー様には絶対に参加していただきたいですわ。むしろ裏方の仕事などリー様にさせるわけにはいきません!」


 アルベルタ嬢がものすごい早口で言う。

 

「いえ、わたくしが会長なのですから。会長こそ裏方の仕事をですね……」


「却下しますわ! リー様こそ表舞台に立っていただかなければ」


 ニュクス嬢だ。


「はい。会長であるからこそ、リー様には最高の舞台を」


 イザベラ嬢も詰め寄ってくる。

 

 狂信者の会はどうしてもおじさんを参加させる気である。

 

「最悪、裏方の仕事は人を雇ってしまえばいいのですわ。なにも当日の裏方まで私たちがやる必要はありませんもの。費用が必要と言うのなら、いくらでもだしましょう」


 アルベルタ嬢だ。

 ずずい、と狂信者の会が三人まとめておじさんに詰め寄る。

 

「べ……べつに参加しないと言っているわけでは」


 ちょっと引いているおじさんだ。

 そのおじさんたちを見て、聖女は目を輝かせている。

 

「修羅場ね」


「なにそれ?」


 ケルシーが聖女に聞いた。

 

「見てればわかるわよ! 人とは争いを好むもの。それはもう遺伝子に刻まれたサガなのよ!」


「……よくわからん!」


 そこへスススッと侍女が近寄ってくる。

 

「エーリカさん、後でご相談が。お嬢様の衣装についてです」


「むふふ……それはもう張り切らないといけないわね!」


「でしょう? 私、いえ公爵家の侍女すべてが腕によりをかけますわ」


「まかせんしゃい!」


 聖女と意気投合する侍女であった。

 そんな会話が行われているとは露とも知らないおじさんだ。

 

 だって狂信者の会に詰められていたから。

 

「いや、当日の裏方だって大事な仕事だぜ。主人としてもてなす側に回るってことを覚えられるんだからな」


 シャルワールだ。

 実に正論である。

 むしろそのために学生会はがんばるのだ。

 

 だが、いまはやぶ蛇もいいところである。

 ギンっと狂信者の会がシャルワールをにらむ。

 

「あ゛あ゛ん?」


「潰すぞ!」


「ふふふ……こぶしでお話ししましょうか」


 アルベルタ嬢たちは蛮族であった。

 顔を青ざめさせてしまうシャルワールだ。

 

「シャル……ご愁傷様です」


 そっと気配を消すヴィルだ。

 こういうときは関わらない方がいい。

 しっかり学んでいるのだ

 

「……ヴィル。あなたはどう思うの?」


 キルスティである。

 彼女は空気を読めないところがあるのだ。

 

 その一言で、ヴィルは凍りついた。

 どう返答するか、その如何によって矛先がこちらにむくのだから。

 

「どう? と言いますと?」


 とりあえず時間稼ぎに走るヴィルである。

 

「だから、当日の裏方の仕事よ。そりゃあシャルの言葉にも一理あると思うわ。でも、リーさんに出席してもらいたいという彼女たちの気持ちもわかる。あなたはどう思うの?」


 それこそが相談役の役割だと言わんばかりである。

 もちろんキルスティとてまちがったことをしているわけではない。

 

 そこに悪意もないのだ。

 だからこそタチが悪い。

 

「ええっとですねぇ……」


 自分に視線が刺さっているのがわかる。

 特に狂信者の会から。

 

「わ、私は……ですねぇ」


 相談役としての役目を果たすのか。

 あるいは日和るのか。

 胃がぎゅうとしめつけられる。


「学生会としての役割を考えればシャルの言うとおりでしょう。やはり主催者としてのすべきことを……」


 狂信者の会からの圧が強まった。

 ゴゴゴと背景に字がでそうな雰囲気である。

 

「学ぶというのも大事なことだと思うのです。ただし! ただしですよ。会長はじめ学生会の多くは一年生です。私たちも一年のときは何も考えずに参加しろと言われたものですから。ここは……私たち相談役がなんとかすべきかと思います」


 日和った。

 見事に圧に負けたヴィルであった。

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