第735話 おじさん不在のハムマケロスにて歯車は動きだす


「あだだだだ……」


 宿である。

 無性に喉が渇いてしかたない。

 

 ウドゥナチャはこめかみを押さえながら、ふらふらと立ち上がった。

 昨夜はちょっと盛り上がりすぎた。

 

 久しぶりの深酒だ。

 二日酔いがひどい。

 

 軽くめまいもする。

 壁に手を突きつつ歩いて、宿の一階へ。


「女将さん、悪いけど水を」


「ちょっとお客さん、その格好は勘弁しておくれよ!」


 悲鳴にも似た金切り声だった。

 なにせウドゥナチャは半裸だったのだから。

 正確にはパンイチだ。

  

「おわあ! マジでか。こりゃ失礼! 悪気はなかったんだ!」


 急に意識が覚醒するウドゥナチャであった。

 そんなウドゥナチャを見て、女将は深く息を吐く。

 

「しかたないね。水は部屋まで持ってってあげるよ。別料金もらうけどね!」


「悪い!」


 言いながら、ウドゥナチャはバタバタと部屋に戻るのだった。

 

「はぁ……やっちまったな」


 そんなことをつぶやきながら、ウドゥナチャは服を着る。

 床に脱ぎ散らかしてあったものだ。

 

 そこへコンコンとドアを叩く音がした。

 

「あいてるよー」


「ちょっと! 両手が塞がってるから開けておくれよ」


 さっきの女将さんだ。

 

「悪い、今あける」


 既に服は着た。

 おかしなところはないな、と確認してドアを開ける。

 

 ドアの向こうにいた女将さんはお盆の上に水差しと水を持っていた。

 

「深酒は身体によくないよ、あんたがいくら若くてもね!」


 小言をいう女将さんであった。

 

 水を飲んで、少し身体を休める。

 頭痛がおさまってきたところで、ウドゥナチャは町にでた。

 

 腹が減ったのと、昨日の怪しげな四人組を探すためだ。

 なんで認識を阻害するような力を使っていたのか。

 

 ウドゥナチャは考える。

 自分が知る裏の組織はいくつかあるのだ。

 

 中でも大きな組織だったのは邪神の信奉者たちゴールゴームである。

 

 そして少数精鋭の武闘派だったのが、蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースだ。

 

 邪神の信奉者たちゴールゴームは既に壊滅している。

 残っている者はほぼいないはず、だ。

 ウドゥナチャの記憶の限りでは。

 

 蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースも同様である。

 

 有名なところだと暗殺教団ディ・ストローンだろう。

 他には闇政府ゴ・ド魔人修道院ブ・ラーク=セイタンあたり。

 

 ウドゥナチャが知らない組織があるかもしれない。

 あるいは小さな組織は他にもある。

 腕輪を欲する者たちゲ・ドーンとか。

 

 ただなぁと思うのだ。

 先ほどあげた組織はどれも裏に潜って表にはでてこない。

 だから冒険者組合の酒場に顔をだすとは思えないのだ。

 

 もちろん思いこみはよくない。

 それも理解した上で、ウドゥナチャは四人組を観察することにした。

 

 幸いにも四人組はすぐに見つけることができた。

 昼どきには少し早いが、そろそろ人が集まりだす時間だ。

 

 露店街に足を運ぶと、昨日の酒場で見た女がいた。

 少し年齢を感じさせる貴族風の女だ。

 

 その隣にいる男はひとり。

 どうやら食料を買いこんでいるようだ。

 

 男の方が露店の持ち帰りできる物をいくつも抱えている。

 

「あんた、まだ買うの?」


「いやいや、これっぽっちじゃ足りねえですよ、姐さん」


 何気なく近寄ると会話が聞こえてきた。

 露店の商品を見るふりをして、ウドゥナチャは会話に耳を傾ける。

 

「これっぽっちってもうけっこう買いこんでるわよ。あんたらの食費で赤字になるじゃない!」


「仕方ねえですって。そうなったらオレらが組合の依頼でもこなして稼いできやすから」


 まったくと言いながらも、買い物は続けるようだ。

 

 こいつら、ただの冒険者なのか。

 昨日の能力は使っていない。

 

 ウドゥナチャは思い切って接触してみた。

 

「うへえ。すげー買いこんでるね! よかったらおすすめ教えてよ。オレ、ここにはきたばっかりだからさ」


 軽い調子で話しかける。

 その方が見た目とあっているからだ。

 

「なによ! いきなり声かけてくるんじゃないわよ!」


 おっかねえ女だと思うが、顔にはださない。

 まぁまぁ姐さんと男の方が取りなす。

 

「兄さん……見たところ冒険者なんだろう?」


「おう、こう見えても銀級!」


 タグを見せるウドゥナチャだ。

 

「へえ。若いのにやるな。オレらもいちおう銀級だ。つい最近あがったばっかりだけどな」

 

 適当に返事をしつつ、会話を続けるウドゥナチャだ。

 女の方はイライラしている。

 

「そっちのおっさんがやってる店の串焼き肉はいいぜ。タレが美味い」


「いいね。そういうのもっと教えてよ。つっても、オレは少ししたら王都に行くんだけど」


「王都に? オレらもだよ。だったら向こうでも顔を合わせるかもな。オレはガイーアってんだ。こっちの姐さんは――」


「もういいでしょ! 行くわよ!」

 

「――すまんな」


「いや、気にしないで。こっちこそ悪かったね。オレはウッドって言うんだ。王都で会えたらよろしくな!」


 去って行く二人の背中を見ながら思う。

 気の短い女だなぁと。

 

 あれは裏の人間じゃない。

 演技だとしたら大したものだけど。

 

 だったら依頼をした方か。

 しかし、裏の人間と行動をともにする?

 聞かない話だ。

 

「ガイーアねぇ」


 ウドゥナチャは路地裏に足をむけた。

 そして使い魔を喚ぶ。

 

 カラスに似た鳥の使い魔である。

 

「飯を抱えている男と貴族風の年増の女の二人組。後をつけてくれ」


『あとで串焼き肉おくれよー』


 がぁと鳴き声をあげて、使い魔が飛び立った。

 

「さて、お嬢ちゃんにも報告しておくか」


 懐から小さなシンシャを取り出すウドゥナチャであった。

 が、短剣が飛んでくる。

 

 それを察知して、避けた。

 

「うひぃ……いきなり物騒だな」


 短剣を投げたであろう人物を見た。

 ウドゥナチャとの距離は五メートルほど。

 

 確かにさっきまでは誰もいなかった。

 

 黒いローブを頭から羽織っている。

 ウドゥナチャと比べれば、頭一つ分ほど小さい。

 

「…………」


 黒いローブの人物が手を振るった。

 短剣が二本、ウドゥナチャ目がけて飛んでくる。

 

「ほおん……オレにケンカ売るっての?」


 短剣を躱そうとした瞬間だ。

 黒いローブの人物はさらに腕を振るった。

 

 ちぃと舌打ちするウドゥナチャだ。

 短剣は囮だった。

 

 本命はこちら。

 煙玉である。

 

 もくもくと煙があがって、黒ローブの姿を隠してしまう。

 同時に陰魔法を発動させて陰の中に沈むウドゥナチャだ。

 

 反撃しようと外を覗くと、既に黒いローブの姿はなかった。

 

「ああークソ。面倒なことに巻きこまれたか? ってことはあの四人組の後ろに誰かいるのか……」


 さっぱりわからん。

 会話からしても金を持ってなさそうだったし。


 とりあえず、とウドゥナチャは大きく息を吐いた。

 そして、おじさんに報告するのだった。

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