第734話 おじさんは難を逃れ、ウドゥナチャは出会う


「あ……あるてぃめっと?」


 聖女の言葉に首をかしげたのはケルシーだ。

 

「意味がわからないのです」


 パトリーシア嬢も同様の仕草をしていた。

 粗相の後始末をしてから、おじさんは言う。

 

「……究極とか、最高とかという意味の言葉ですわね」


 おじさんの返答に、ウンウンと頷く面々だ。

 ジリヤ嬢だけはメモを取っている。


「となると……究極の公爵令嬢という意味ですか。まぁ本質的には間違ってはいないと思いますが」


 アルベルタ嬢が言葉を切って、聖女を見た。

 

「なんだかそれも二つ名という意味では、ちがうような気がします」


 そのとおりだ、と思うおじさんであった。

 

「じゃあどうするの?」


 聖女が言う。

 

「いったん保留にしておきましょう」


 ニュクス嬢が提案する。

 続けて、イザベラ嬢が口を開く。

 

「今のままだと朝までかかりますわよ。さすがにそれはご迷惑でしょうから。各自、持ち帰り案件といたしましょう」


 ぶーぶーと文句を言うのは聖女とケルシーであった。

 ただいかに蛮族といえど、多勢に無勢である。

 

 なんだかんだで話が流れてよかったと思うおじさんだ。

 

「では、お泊まりするのならそろそろ温泉にでも行きましょうか」


 強引に話を打ち切ってしまうおじさんであった。

 その話がでたので、ヴィルとシャルワールの二人はここで帰宅だ。

 

「わたくし、新しい温泉を見つけてきましたのよ」


 霊山ライグァタムにある硫黄泉のことだ。

 既に転移陣は結んである。

 

「ほんと!」


 聖女がのってきた。

 おじさんは皆を連れて、温泉へとむかうのであった。

 

 

 一方でウドゥナチャである。

 元邪神の信奉者たちゴールゴームの首領だ。

 色々あって、おじさんの配下になってしまった。

 

 王都を襲った蛇神の信奉者たちクー=ライ・シースとの戦いの後、おじさんから休暇をもらっている身だ。

 

 休暇中はタルタラッカにある温泉地に入り浸っていた。

 恐ろしく整った温泉地である。

 

 ここでゆったりとした時間を過ごしていたのだ。

 ただ、のんびり生活を楽しんでいただけではないのだけれど。

 

 ウドゥナチャは、今、港町ハムマケロスにいた。

 王領にある港町だ。

 

 転移陣を使えば、一瞬で公爵家のタウンハウスに戻れる。

 

 だが、それでは風情がない。

 そう思ったのだ。

 

 だから、わざわざタルタラッカから公爵家の領都を経由して、王都へと戻る道を選んだのである。

 おじさんには情報収集のためと報告をしていた。


 これもまるっきり嘘ではない。

 ちゃんと旅をして、各地で任務をこなしていたのである。

 

 が、今のところは怪しげなものはない。

 いや、あるにはあるのだが報告するまでもないような情報だ。

 

 それよりも足跡をたどれば、色々とおじさんのしたことがわかる。

 タルタラッカの村人たちは、おじさんのことを女神様だと言っていた。

 

 特にアルテ・ラテンにある大地に刻まれた溝には驚いてしまった。

 

 あんなことができる人間にケンカを売るもんじゃねえ。

 ちなみに女神の大穴と呼ばれ、売店まででていたのには笑うしかなかった。


 ウドゥナチャはぶらぶらと町中を歩く。

 露店を冷やかし、おばちゃんと軽く話す。

 

 そういう何気ない情報も集めていれば、見えてくることもある。

 ついでだ、という思いでウドゥナチャは冒険者組合にも足を運んだ。

 

 ちなみにウドゥナチャも冒険者組合に参加している。

 階級は銀級の冒険者だ。

 

 いわゆる上級冒険者に手をかけた状態である。

 王国内ならどこの組合でも利用できるのが冒険者の強みだろう。

 

 ハムマケロスの組合は立派な建物だった。

 三階建てになっていて、一階部分は酒場である。

 

 空いている席に腰を落ち着けて、ウドゥナチャはぐるりと見回す。

 

 冒険者は誰でもなることができる職業だ。

 それ故に裏社会の者が潜りこみやすいとも言えるだろう。

 

 しかも、ここは港町である。

 荒事に手を染めている輩も少なくない。

 

 ピンとくるような輩は何人かいた。

 が――ウドゥナチャの目を最も引いたのは奇妙な四人組だ。

 

 とうが立っているが、貴族っぽい雰囲気を持つ女。

 他の三人は男だが、明らかに裏の人間だろうと思う。

 

 気配を断ち、認識を阻害する。

 そんな力を持っているのがわかるから。

 

 ウドゥナチャだって同じような力があるからわかるのだ。

 

「……怪しいな、あいつら」


 とりあえず監視するか。

 ウドゥナチャはカウンターへとむかった。

 

 そこでエールとつまみの串焼き肉を買う。

 エールを飲むのは久しぶりだ。

 

 口をつけて、グッと三分の一ほどを飲み干す。

 ……マズい。

 

 雑味が多い。

 口の中にかすが残る。

 

 こんなにマズかっただろうか。

 いや、と思う。

 

 あの温泉で飲んだ酒が美味すぎただけだ。

 特にキンッキンに冷えたラガーとかいう酒。

 

 のどごしがよく、火照った身体にはぴったりの冷えた飲み物だ。

 思いだすだけで、ウドゥナチャはゴクリと唾を飲む。

 

 口直しに串焼き肉を噛む。

 じゅわりとした肉汁があふれてきて、美味い。

 

 でも、それも一瞬のことだった。

 全体的な味つけが野暮ったい。

 

 わんぱくな感じはいいんだが……どうにもしっくりこない。

 

 いやいや。

 これはごちそうなのだと、かぶりを振る。

 

 ごちそうだ。

 昔はあの串焼き肉を買いたくても買えなかった。

 

 たまに気のいい先輩がおごってくれることがあったが、初めて口にしたときは感動までした。

 それなのに……すっかり舌が肥えてしまったのだ。

 

 おじさんちの料理によって。

 

 これはちょっとマズいなと思うウドゥナチャだ。

 だが……正直に言って、もう戻りたくないとも思う。

 

「よう! 兄さん、ここらじゃ見ない顔だな」


 ウドゥナチャの前に冒険者がいた。

 テーブル席に、今はウドゥナチャがひとり。

 

 要は相席だと言うことである。

 冒険者組合じゃ当たり前だ。

 

 相手は二人組である。

 弓を担いでいる男と、魔道士っぽい男だ。

 

「おう。王都へ行こうと思ってね。それで立ち寄ったんだが」


「ああ、それでか。ここの組合じゃ水上の依頼が多いからな。近接系の職は少ないんだ」


 二人組もウドゥナチャを見て、声をかけてきたのだ。

 双剣をぶら下げているのだから珍しかったのだろう。


「だろうね。あんたらは弓士と魔道士ってところだもんな」


 お互いにタグを見せ合う。

 魔力をとおして本人の物だと示すところまでセット。

 

 これが冒険者の挨拶でもあるのだ。


「ほう。その年齢で銀級か」


 見た目だけは若いウドゥナチャである。

 本当の年齢は、本人ですら忘れるほどだ。


「あんたらこそ銀級の上位じゃないか」


 金級に近い。

 それだけの実力者ということである。

 

「ようやくってとこだよ。ここで知り合ったのも何かの縁だ。おごらせてくれないか?」


 これも挨拶みたいなものだ。

 表面上は快く受ける。

 

 だが、ウドゥナチャは思っていた。

 これ以上はあんまり飲み食いしたくない、と。

 

 贅沢なことだとはわかっている。

 が、やっぱりしんどいのだ。

 

 しかしウドゥナチャとてプロである。

 プロである以上、恥ずかしい真似はできない。

 

 だから、スイッチを入れた。

 

「いいぃぃいいやっっふうううう」


 テンションをあげたのだ。

 見知らぬ冒険者たちとの宴会に突入した。

 

 肩を組み、酒を飲む。

 料理を食って、馬鹿話をする。

 

 そして――ウドゥナチャは見事に怪しげな四人組を見失うのだった。

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