第732話 おじさん罠を華麗に回避したかと思いきや罠の方から寄ってくる
「これが蛮族バーガー!」
結局のところ、おじさんはすぐにサロンに戻らなかった。
一人一人に二つ名をつけるなんて冗談ではない。
おじさんは名付けが苦手なのだ。
必要に迫られればやる。
だけど、学生会のメンバーは総勢で十八人。
おじさんとケルシーを抜いても、十六人もいるではないか。
それと怖いのは、おじさん自身の
以前、なんの神だとかで聖女が悪乗りしていたのを思い出したのだ。
いや、聖女だけではない。
ビッグバン神やら絶対神やら、そういうのは勘弁してほしい。
二つ名にしても絶対に同じようなことになるから。
なので、おじさんは自室に退避したのだ。
その後、蛮族バーガーがでてくるのにあわせて、サロンに戻ったのである。
ケルシーがお皿を見て、騒いでいる。
あまりにもシンプルな見た目なのだ。
お肉は叩いて伸ばすから、バンズからはみ出ている。
特徴と言えば、それだけ。
野菜がはさまれているわけでもなく、ソースがかかってもいない。
ただ付け合わせとしてサラダは出されているが。
「リー、これはあんまりってものじゃない?」
聖女がバンズを持ち上げてソースの有無を確認して言う。
「あら? エーリカは知りませんの? アンブルサゲを」
おじさんは例によって社長の愛人隠しという名目で海外にも行った。
そのときに知ったのである。
「し、ししし、しってらぁ!」
よせばいいのに、と思うおじさんだ。
だが、聖女がどう切り返すのか楽しみでもある。
「かつて北国の蛮族王と呼ばれたアンブルサゲ! 盗賊団の一員として生まれにもかかわらず、戦乱の時代に傭兵団と姿を変え、最終的には一国の王にまで成り上がった英雄よ! その英雄が唯一愛したのが、このシンプルなバーガー!」
話しているうちに調子にのってきたようである。
「お肉を焼いてはさんだだけ。それは素朴で豪快! しかして口の中に広がるのは繊細な味。かの蛮族の地では、偉大なる王の名をとりアンブルサゲと名付けたという伝説のバーガーね!」
ふふん、と胸を張る聖女である。
おじさんも悪乗りをすることにした。
「よくご存じですわね。なら、蛮族バーガーというのもご理解いただけるでしょう?」
おじさんの問いに、しまったという顔をする聖女だ。
あまりにも蛮族というワードを引きずった結果である。
もはや聖女バーガーの影も形もなくなってしまった。
「さすがリー様! そのような過去のレシピを再現されるとは感服いたしました!」
アルベルタ嬢を筆頭に狂信者の会が頭を下げる。
ちょっと、おじさんもやりすぎてしまったようだ。
「ささ、まずは召し上がってみてくださいな。見た目は簡素ですが、味は美味しいのですよ」
話を強引に変えてしまうおじさんであった。
「おいひいいいいいい!」
叫んだのは聖女だった。
はぐはぐと一心不乱に口を動かしているのはケルシーだ。
「え? リー。どうなってんの? お肉って焼いただけじゃないの?」
「ちがいますわよ。しっかり叩いて繊維を断ちきるので柔らかいでしょう?」
「うん。もっと硬いかと思ってた」
そうなのだ。
こちらの世界でも牛肉の流通はある。
しかし、どの肉も顎にケンカを売ってくるくらい硬いのだ。
その分、味は濃厚である。
おじさんの記憶だと、いわゆるグラスビーフに近いだろうか。
もっと硬いけど。
いわゆる霜降りではない。
がっつりとした赤身肉である。
ただ香草や香辛料と一緒に叩いているので臭みが消されている。
むしろ香草の香りとあいまって、独特の風味になっているのがいい。
ぴりっと舌にくる香辛料と、ちょうどいい塩味。
これが少し甘めのバンズとあいまって噛めば噛むほど味わいを増す。
「こんなに簡素なのに、しっかりと美味しいですわね」
ジャニーヌ嬢は真剣に手にもったバーガーを見ながら呟く。
「んーこのお肉の味がとってもいいべ」
ウルシニアナ嬢が同意を見せた。
「エーリカ、私はこのバーガーで決まりだと思うのです!」
パトリーシア嬢が聖女に言う。
聖女は無言で食べ続けていた。
そして――
「おかわりだああぁああぁぁい!」
――蛮族一号と二号の声が重なった。
「聞いちゃいないのです」
やれやれという表情になるパトリーシア嬢だ。
付け合わせのコーンスープを口にする。
そちらもまた甘みがたっぷりであった。
鬼人族の里で入手したモロシコを使ったものだ。
他にもオニオンフライなどの付け合わせもある。
「では、決を採りましょう」
試食会の後である。
アルベルタ嬢が声をかける。
「蛮族バーガーで良いと思う者は挙手を!」
全員の手があがった。
さすがの聖女も諦めたようである。
このバーガーなら、蛮族の名を冠する方がいい、と。
「ううーん。でもよく考えられていますわね」
キルスティがこぼす。
「そうですね。作る手間を減らすだけではなく、材料も絞ることによって屋台でもだしやすくなっています。この辺りは私も見習わないといけません」
キルスティに同意するヴィルだ。
「だなぁ。手軽に食べられるし、演劇用にはちょうどいいかもしれないな」
シャルワールも賛成のようである。
だが、同時に考える者もいた。
ジャニーヌ嬢だ。
思考の方向性はヴィルと似たようなものである。
が――どうしても食材の数が多くなっていたのだ。
ここまでシンプルでも、美味しくできるのだ、と。
それはジャニーヌ嬢にとっても発見だっただろう。
同時に、自分が作ろうとしていた料理のダメな点がいくつも思い浮かぶ。
「うう……このままではダメですわ! ああ、でも今からレシピを変える? 間に合う? うう……」
「ジャニーヌ」
おじさんが声をかける。
「そのままでいいですわ。エーリカのところの手が空いたのなら、その分をジャニーヌのところに回せますから」
「あ! ……なるほど。そういう見方もできるのですね」
「わたくしたちは敵対しているわけではありません。なので全体で見ればいいのです。そうすれば余裕がありますわ」
「承知しました。ありがとうございます。リー様」
ニコッと笑顔を見せるジャニーヌ嬢であった。
「ヴィル先輩の方は大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。今回のことで勉強になりましたが、うちは地元の料理をだす予定ですから」
立て板に水のごとくの返答であった。
さすがに上級生である。
思わず、笑顔になるおじさんであった。
「ジリヤ、脚本の進捗はどうなっていますの?」
続けて、確認をとる。
「はい! ほとんど書き終わっています。あとは細かい部分の修正だけですわ」
「よろしい。エーリカも八割方終わっているとのことですので、数日後には皆にも配れるように」
はい、といい返事をするジリヤ嬢であった。
さすがにこちらは手をださなくても良さそうだ。
「ところでお姉様!」
パトリーシア嬢が口を開いた。
「私も二つ名がほしいのです!」
あ、やっぱりその話は終わってなかったかと思うおじさんだ。
「があでぃあんのける……うぷ」
お腹がいっぱいのケルシーは叫べないようだ。
なぜ、そこまで食べるのか。
「二つ名ですか。ああいうのは自然と呼ばれるものだと思うのですが」
苦しい言い訳をするおじさんだ。
だって、ケルシーにはつけたのだから。
「そうなのですが……でもやっぱり欲しいのです!」
そんなパトリーシア嬢の後ろには、キラキラと目を輝かせている
ついでに言うと、先輩たちもである。
二つ名というのに、なにかこう憧れでもあるのだろうか。
おじさんはべつに要らない派だ。
「わかりました。ですが、今すぐにというのは難しいですわね」
「いいのです! お姉様からいただけるというのが大事なのです!」
パトリーシア嬢が聞き分けのいい子でよかったと思うおじさんだ。
「ちなみにエーリカは聖女って二つ名でいいのです」
「ばっか、あんた! 聖女は二つ名じゃないの!」
「じゃあ、蛮族一号でいいのです!」
「おおん? 誰が蛮族じゃあい! うぷぷ」
口を押さえる聖女である。
その辺りが蛮族だと思うおじさんだ。
「じゃあ、私たちでリーさんの二つ名を考えましょう」
爆弾を落としたのはキルスティであった。
それは善意からなのだろう。
「よっしゃあああああ! うぷぷ」
聖女とケルシーが同じ反応をする。
おじさんにとっては傍迷惑な話であった。
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