第731話 おじさん二つ名をつけたことをちょっぴり後悔する
闘技場内の廊下である。
むふふ、と無邪気に胸を張るケルシー。
ニコニコと笑顔を振りまいている。
だが、その姿を見ているとさすがに罪悪感がわいたのだろう。
聖女がいたたまれない顔をしてケルシーに告げた。
「ケルシー、あんたそれはやめておきなさい」
聖女とおじさんは理解している。
だが、それ以外の面子にとってはニートなどと言う言葉の意味はわからないのだ。
せいぜい、おじさんが言った見守り係という程度だろう。
「なんでさー! かっこいいじゃん!」
ケルシー自身は気に入っているのだ。
どう説明したものか、と聖女は言葉に詰まってしまう。
そこでおじさんが助け船をだした。
「ケルシー、ニートというのはあまり良くない言葉なのですわ。ですので、ガーディアンと言うのはどうでしょう。こちらも守護者という意味がありますのよ」
「が、があでぃあん。か、かっこいい! ワタシはケルシー! ガーディアンのケルシーね!」
うんうん、と頷く脳筋三騎士たち。
「いくぞー! ガーディアンのケルシーについてきなさい!」
きゃほーいと走りだすケルシーだ。
脳筋三騎士がおじさんを振り返る。
こくりと頷くと、ケルシーについて走りだした。
「リー……ごめんなさい。ちょっと調子にのったわ」
残された聖女がおじさんに言う。
その顔は苦虫をかみつぶしたようであった。
「わかっていればいいのです。少し
「ちょっとイラッときたの」
まぁそういうこともあるだろう。
鷹揚なおじさんは、聖女の頭にそっと触れる。
「もう反省したのですから、その話は終わりにしましょう。エーリカ、脚本のことで聞きたいのですが」
「なに?」
「ジリヤはなにも書いていないのですか?」
脚本を書くとなれば、立候補していそうである。
「ジリヤも書いているわよ。進捗はしらないけど。今回は二本立てでいくことにしたのよ」
ほおん、と歩きながら聖女と話すおじさんだ。
「こっちの演劇って一本がだいたい二時間くらいあるでしょう?」
「ですわね」
「んー前の知識だけど。だいたい四百字詰の原稿用紙一枚でね、だいたい一分くらいって習ったのよ。つまり二時間分なら、およそ百二十枚ってところね」
習ったというところに引っかかるおじさんだ。
前世の聖女は脚本でも書いていたのだろうか。
「ん? 脚本? 書いてたわよ。専門は小説だったけど。ボイスドラマとかの脚本をいくつか書いてたの。もちろんプロじゃないわよ。アマチュアだけどね」
意外とクリエイティブなことをしていた聖女である。
だからサブカル系の知識に詳しいのか、とおじさんは思った。
「でね。原稿用紙百二十枚ってけっこう書くのに時間がかかるでしょう? 個人差はあるけどね。だから、今回は二本立てってことにしたの。そしたら一人分の脚本は六十枚になるでしょ?」
脚本を書く方の負担は確かに減る。
が、演者の負担は増えるのでは、と心配するおじさんだ。
魔法での演出をするおじさんがいちばん負担がかかるはずである。
が、おじさんにとってはさほどの負担ではない。
だから自分のことは後回しだ。
「そうなのですか。いずれにしても脚本は最優先にしてくださいな。演者の方も覚えるのが大変でしょうから」
「リーがハンバーガーの方を手伝ってくれるってことだから、そっちに集中するわね」
聖女とおじさんの二人は、ケルシーたちの後を追って歩く。
他愛のない話をしながら。
「エーリカ、そう言えば鬼人族の里の長はやはり転生者でしたわ」
「え? そうなの?」
聖女が思わず足をとめた。
「
おじさんの言葉を聞いて、ああ、と声をあげる聖女だ。
「あのおじさんも転移してたのかあ!」
聖女が頭を抱えてしまう。
もういっそのこと他の情報も告げてしまおうと思うおじさんだ。
「その方だけではありませんの。魔導武器を作ったストーンロール子爵」
「石巻さん!」
「こちらは
と言うか、聖女の一族から何人この世界にきているのだという話である。
「んー
聖女も知らない人がいるらしい。
「そうなのですか」
「うん。まだ小さい内に神隠しにあったって言ってた」
「何というか奇縁ですわね。こうしてエーリカも転生したことですし、なにかこの世界と深い結びつきでもあるのでしょうか?」
はうあ! と聖女が声をあげた。
「そうだ! なんで忘れてたんだろう。アタシがやってたゲームの……あががが」
神威の力が聖女に宿った。
その身体がガクガクと震える。
「それ以上は禁忌に触れる。神子よ、すまぬな」
「いいえ。詮索しようとしたこちらも悪かったのです。女神様によろしくお伝えくださいませ」
「承知した。主上も喜ばれるだろう」
短いやりとりの後で神威の力が霧散する。
ガクッと膝を折る聖女だ。
「エーリカ、大丈夫ですか?」
肩を激しく上下に揺らす聖女に、おじさんが治癒の魔法を発動する。
「ふぅ……ありがと。うん、大丈夫」
聖女が立ち上がった。
「エーリカ、こちらの世界は思っていたのとはまたちがうのかもしれませんわね」
「……そうね。まぁアタシはね、なにがあっても大丈夫だと思っているのよ」
おじさんの顔をぢっと見る聖女だ。
そして、ひとつ頷いた。
「だって、リーがいるんだから」
「わたくしにできることならやりますわ」
その言葉を聞けて満足だという表情を作る聖女であった。
あれこれと設備を整え終える。
闘技場の舞台に戻ると、まだ話は終わっていないようだった。
そこで、おじさんちに場所を移すこととする。
サロンに学生会の面々が大集合だ。
「エーリカ、わたくしは蛮族バーガーを作ってきますので」
と残して、姿を消すおじさんだ。
「ちょ! 聖女バーガー!」
聖女が叫ぶもおじさんはすでに厨房へと足をむけていた。
「料理長、少し厨房をお借りしますわね」
「はっ。承知いたしました」
メモを片手に料理長がおじさんの近くに立つ。
その姿を見て、苦笑してしまう。
今日、作るのはハンバーガー。
おじさんの腹案にあったのは、アンブルサゲだ。
メキシコやキューバなどの中米で食べられているハンバーガーである。
まずはステーキ用の肉を包丁で叩く。
このときに香辛料と香草を一緒に叩くのがポイントだ。
ミンチにはしない。
つまりハンバーグを挟む形ではなく、焼いたお肉をそのまま挟むのである。
トントントンと準備を済ませて、お肉を焼くおじさんだ。
さらにバンズもバターを塗って、軽く火をとおしておく。
そこに焼き上がったお肉をはさむ。
他に調味料はない。
野菜も挟まなくていい。
実にシンプルなバーガーである。
地域によっては野菜を挟んだり、ソースをかけたりもする。
が、最も基本的な形がこれだ。
「これはこれでいいですね。肉の味が伝わってくる。それに香辛料と香草がちょうどいい」
切り分けたものを味見した料理長が唸る。
どうしても豪華なものを作りがちな貴族料理だ。
しかし、この材料を極限まで減らしたハンバーガー。
確かに複雑な奥行きのある味ではない。
が、シンプルに素材の良さが伝わる料理だ。
そのことにまたひとつ蒙を啓かれた思いをする料理長であった。
「あとはお任せしてもいいですか? 付け合わせもお願いしますわね」
「承知しました」
こうして厨房を後にするおじさんであった。
侍女を引き連れて、サロンへと戻る。
そこでケルシーの声が響いてきた。
「ワタシはガーディアンのケルシー! どわはははは」
よほど二つ名が嬉しいらしい。
「ぐぬぬ! リー様からそのような二つ名をいただくなど、うらやましいですわ!」
アルベルタ嬢の声だ。
「そうなのです! お姉様が戻ってこられたら二つ名をつけていただきたいのです!」
パトリーシア嬢の声もする。
「そうね! ワタシも欲しいわ! 二つ名ってやつがね!」
「エーリカは聖女でいいのです」
「あんだとー!」
「わははは! ガーディアン! ガーディアンのケルシー!」
「うるさい!」
おじさんは、その場で足をとめ、そっと扉から背をむけるのであった。
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