第730話 おじさん新たにできたケルシーの二つ名に複雑な気分になる


 闘技場内部を歩きながら、あれこれと設備を付け足すおじさんだ。

 気分は野球のスタジアムを再現する感じになっていた。

 

「リー、ここに売店がほしいわね」


 聖女だ。

 こういうときは彼女がいると強い。

 

「そうですわね。でも売店を作っても販売するものがありませんわよ」


「そうなのよねぇ。薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのグッズ、今からだと間に合わないかしら?」


「マントくらいなら、なんとかなりそうですけど」


 どこまで再現すればいいのか。

 その辺りが難しい。


 おじさんなら本物ともそっくりなものを作れる。

 素材だけを変えて。

 

 ただ本物のマントとのちがいなんて、近くで見ている人間以外わからない。

 つまり――悪用される可能性だってあるのだ。

 

 そんな不埒者がいれば、すぐにでも断罪されそうだが。

 ただ制作側としては考えておく必要がある。


「ぬいぐるみなんてどうでしょう?」


脳筋三騎士の一人である、ルミヤルヴィ嬢が口を開いた。

彼女は意外とかわいいものが好きなのだ。


「ぬいぐるみねぇ? 団員全部作るの?」


 聖女が質問をした。


「リー様だけで十分でしょう」


 即答したのはプロセルピナ嬢だ。

 脳筋三騎士はかわいいもの好きがそろっている。


「あーそうか。うん、その手はありかもしれないわねぇ」


 聖女が落ちた。

 その瞬間におじさんは口を挟む。


「いやですわよ。わたくしだけなんて。せっかくだから皆さんの分も一緒に作ったらいいじゃないですか?」


「いやぁ……それやっちゃうとねぇ」


 と、聖女が言葉を濁す。

 

「なにか問題があるのですか?」


「ううーん。絶対に人気に差がでるわよ。リーが圧倒的に一位の売り上げでしょうけど、他の面子はってなるとねぇ」


「そんなことありますの? よくわかりませんわ」


「あるに決まってるでしょうが! 売れ残ってみなさいよ、悲惨よ! 悲惨!」


 聖女がさらに続ける。

 

「例えば握手会。人気の子には長蛇の列ができるわけ。その横で不人気の子は列すらできない。あれと似たようなことになるわ!」


 どこかで見てきたのだろうか。

 生々しいことを言う聖女である。

 

 そして聖女の言葉を想像したのだろう。

 脳筋三騎士は顔を青ざめさせていた。

 

「リー様、やっぱりやめておきましょう!」


 脳筋三騎士の最後の一人、カタリナ嬢が慌てた口調で言う。

 

「いや、セット売りにしたらいいのではありませんか?」


 建設的な意見を言ったのは、おじさんだ。

 世に言う抱き合わせである。

 

「それも手のひとつっちゃひとつよねぇ。ただ問題は値段が高くなっちゃうことかな」


 聖女が顎に手をあてて考えている。

 そこへケルシーが口を挟んだ。

 

「ねぇねぇ、ぬいぐるみなら、そーちゃんが持ってるみたいなのでいいんじゃないの?」


「その手がありましたか!」


 ふんふん、と頷く脳筋三騎士たちだ。

 

「馬鹿ね、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツとなんの関係もないじゃない」


「誰が馬鹿だー! 戦争か、戦争か?」


 ケルシーに火が点いた。

 さすが蛮族である。

 

「おう! やったらああ!」


 聖女ものる。

 蛮族一号と二号は今日も元気だ。


「はいはい。そんなことよりも売店の話に戻しますわよ」


 強引に話を切るおじさんだ。


「エーリカ、わたくし思ったのです。個別販売がダメだと言うのならガチャにしてみたらどうなのです?」


「あああ! その手があったか! うんうん! いいわね!」


「それでいくぞー!」


 聖女とケルシーがハイタッチしている。

 

「ところで、ガチャってなに?」


 ケルシーの一言でずっこけるおじさんたちであった。

 

「おほん!」

 

 聖女が咳払いをして、場を整える。

 

「いい? ガチャっていうのはね、禁断の果実なわけ」


「……きんだんのかじつ」


 難しい単語がでてきてケルシーは、もう頭から煙を噴きそうだ。

 脳筋三騎士たちも首を傾げている。

 

「ここで販売するのは紙なのよ」


「ぬいぐるみじゃないの?」


 素朴な疑問をぶつけるケルシーだ。

 

「いいから黙って聞きなさいな。いい? ここで紙を買う。するとその紙には番号が書かれているわけね」


 ふんふんと頷く脳筋三騎士たちである。

 

「その番号には割り当てられた人形があるわけ。で、番号を指定して紙を買うことはできない。つまり、買ってみないとどの人形が当たるかわからないの」


 ケルシーが首をかしげている。

 もうそろそろ目がぐるぐるしてきそうだ。


「例えばケルシーの人形が五番だとするでしょう?」


 おじさんが見かねて割って入る。

 

「で、紙を買って五番と書かれてあった人はケルシーの人形をもらえるのです」


 おおお! と声をあげると同時に、ケルシーの目に光が戻ってきた。

 

「でも、それだと面白くないからね。ここでひとつ別の要素を加えるの」


 聖女が説明を引き継ぐ。

 

「当たりやすい番号と当たりにくい番号でわけるのよ」


「……なるほど。でも、それだと何回買ってもお目当ての人形が当たらないということになりませんか?」


 まっとうな質問をするプロセルピナ嬢だ。

 

「そこよ! そこがこの商売の肝ってわけ。当たらないから欲しくなる。すると多くのお金を使うことになる!」


 おおう、とケルシーと脳筋三騎士たちが声をあげた。

 

「……それでね。少し時間をあけて全部のぬいぐるみをセットにした物を高額販売するとかね。ククク……これは笑いがとまらないわね!」


 実に悪い顔になる聖女だ。

 おじさんはガチャを提案したことを悔いていた。

 なんだか聖女が阿漕なことをしそうだから。

 

「エーリカ、盛り上がっているところ悪いですけど、そんなに多くのぬいぐるみは用意できませんわよ。そこまで時間がありませんもの」


「……ククク。いいのよ、今回のはただのお試しで。たぶんこの国だと初の販売方法だからね。まずはアタシたちが」


「面倒ですわね。というか、こういうのはきちんと許可を取りませんと。真似をする悪質な者たちがでたらどうするのです?」


 おじさんは前世のことを思い出す。

 例えば一店分を買い占めて、転売する者とか。

 そういう前例があるのだから、なんでもかんでもやっていいわけではない。

 

「んんーそうかぁ。転売ヤー対策はしとかないとダメか。難しいわね」


「もう一ヶ月を切っていますからね。演劇の脚本も長くなりそうなら、早めに仕上げて練習しないといけませんわよ」


「わよ!」


 おじさんの言葉尻にのるケルシーであった。

 その一言にイラッとくる聖女だ。

 

「あんたはなにもしてないじゃない!」


「なんだとー! 戦争かあ!」


 シュシュと拳を突きだすケルシーである。


「はいはい。それはもういいですわ。エーリカ、うちに来るのなら今日の夕食には聖女バーガーのお試しを作ってあげますわ」


「ほんと!」


 コロッと手のひらを返す聖女だ。

 おじさんには腹案がある。

 ただし、蛮族バーガーの方だが。

 

「ケルシー、あなたは皆を見守るのです。それが仕事ですわよ」


「はい!」


 と、元気のいい返事をするケルシーだ。

 聖女に対して胸を張っている。

 

 おじさんの口からでまかせだが、ケルシーは気に入ったようである。

 脳筋三騎士も疑問に思わず、うんうんと頷いていた。

 

「ふふーん! ワタシは見守り係だもんね!」


 ケルシーの態度にまた聖女がイラッとする。

 

「そういうのはね! ニートって言うのよ!」


「ニート? なんかかっこいい! ワタシはニートのケルシー!」


 わはははと声をあげて笑うケルシーである。

 その姿を見て、おじさんは複雑な気分になるのであった。

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