第729話 おじさん催事にむけて色々と動く


 おじさんの講義は好評のうちに終わった。

 後半は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツといつもの授業だったが。

 

 おじさんは楽しかったのだ。

 講義をするというのが。

 なので、またできたらいいな程度には考えたのであった。

 

 その日の放課後である。

 

「アリィ」


 おじさんがアルベルタ嬢を呼ぶ。

 

「わたくし、学園長からの依頼で闘技場の舞台を整えてきますわ」


「……なるほど。それでは私たちもお供してよろしいでしょうか?」


「かまいませんわよ。なら、相談役の先輩たちにもお伝えしてくださいな」


「承知しました」


 実にスムーズに話が進む。

 すでに聖女とケルシーは学生会室にむかっていた。

 なにかお菓子でもつまもうと考えたのだろう。

 

「では、私たちが」


 おじさん狂信者の会の二人が動いた。

 イザベラ嬢とニュクス嬢である。

 

「わたくしたちは闘技場へむかいましょう」


 こうして闘技場へと場を移す面々であった。

 ただ廊下を歩いていても、おじさんに対して片膝をつく生徒たちが続出する。

 

「んむぅ……アリィ。あれはなんとかなりませんの?」


 おじさん、つい不満を口にだしてしまう。

 仰々しいと思うのだ。

 

 主従の関係にあるわけでもないのに、と。

 もっとこうフラットな感じで接してほしいと思うのだ。

 

「学生会から注意はしておきますが……」


 言葉を濁すアルベルタ嬢だ。

 やってもムダだろうと思ってしまうのである。

 

 なにせ、おじさんの姿が神がかっているのだから。

 いや、美しさという点では以前からそうだった。

 

 だが学園に入学してから、磨きがかかっていると思うのだ。

 どこがというわけではない。

 

 なんとなく、そうさせてしまう。

 それだけの魅力が、おじさんにはあるのだ。

 

「お姉様の威光がビッカビカなのです!」


 パトリーシア嬢が口を挟んでくる。

 その意見に他の面々も頷いていた。

 皆、納得しているのだろう。

 

「威光というのがよくわかりませんわ」


 それはそうだろう。

 おじさんはふつうにしているだけなのだから。

 

 ただ周囲の人間からすれば、自然と畏敬の念を払いたくなる。

 そう思わせてしまう雰囲気があるのだ。

 

 だから――仕方ない。

 そう薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは思うのであった。

 

 闘技場に着いたおじさんたちである。

 誰も居ないのを確認して、おじさんは結界を張った。

 

 しばらくは人が入ってこないようにするためだ。

 

「アリィ、催し事の詳細は詰めてますの?」


「はい。現時点では前半が演奏会、後半が魔法演劇の二部制としています」


 なるほど、と頷くおじさんだ。

 

「売店はどうしますの?」


「前回の反省もありますので、今回は事前準備をすでに始めています」


「出店の規模はどの程度になりそうですの?」


「学生会からは三店だしたいと考えています。ジャニーヌが中心となってジリヤとニネットが協力する屋台、ヴィル先輩の屋台。それにエーリカがやりたい、と。こちらはセロシエとイザベラを補佐につけてあります」


 ジャニーヌ嬢は薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの料理番だ。

 文学少女のジリヤ嬢、王都出身でパン屋を営む分家があるニネット嬢の二人が補佐するなら、問題はないだろう。

 

 おじさんもそこに異論はない。

 もちろんヴィル先輩についてもだ。

 

 心配なのは聖女の屋台である。

 ただお目付役としてイザベラ嬢とセロシエ嬢の二人がついているのだ。

 こちらもなんとかなるか、と判断するおじさんである。

 

「他の学生からは申し込みがなかったのですか?」


「今回は募集しない方向にしました。私たちではそちらの管理まで手が回らないと思いましたので」


 実に優等生である。

 少しずつできる領分を増やしていこうという考えだ。

 

 おじさんたちはまだ一年生。

 卒業するまでには、学生からの申し込みにも対応できればいい。


「賢明な判断ですわ。さすがアリィ」

 

「恐縮ですわ」


 と頭を下げるアルベルタ嬢であった。

 そこに学生会室に行っていた先輩たちが合流する。

 

「エーリカ、今回は屋台をだすそうですけど大丈夫ですか?」


「もっちのろんよ! もう商品名も決まってるのよ!」


 もったいつける聖女だ。

 言ってみ? と視線をむけるおじさんであった。

 

「絶品銘菓、聖女バーガーよ!」


「銘菓はお菓子につける言葉ですわね」


 即座にツッコむおじさんであった。


「こ、細かいこたぁいいのよ! ね?」


 聖女が補佐役たちを振り返る。

 

「まだそれしか決まってないでしょう? 早く詳細を決めないと」


 セロシエ嬢が言う。

 さらにイザベラ嬢が畳みかける。

 

「エーリカ、蛮族バーガーでいいじゃない?」


 そっちの方が美味しそうと思うおじさんだ。


「誰が蛮族よ! まったく失礼しちゃうわ!」


 クスクスと笑いが漏れる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツであった。

 

「アリィ。屋台を出店する場所は決まっているのです?」


 気を取り直すように、おじさんがアルベルタ嬢に声をかける。


「今のところ前回と同じ場所を予定しています」


「ふむぅ。ならば、今回は闘技場フロアの外壁に沿って作りましょう。どのみち闘技場は開放して、人を入れるのですから。来賓の方にもそちらの方がよさそうですわ」


「え? ちょっと待って! リー!」


 聖女である。

 

「来賓って誰かくるの?」


「今回の催し事には陛下も足をお運びになるそうですわ。他にも来賓希望が多いと学園長に聞いています」


「うへええ! スゴいじゃないの!」


「わたくしたちのやることは変わりませんけど。事前に準備はしておく必要がありますわね。外野席――闘技場外の席はすべて学生に開放します。闘技場内の席は来賓席としておく方がいいですわね」


「……なるほど。人数的にはそちらの割り振りの方がいいですわね」


「前回は雨降りでしたからね。闘技場内なら雨天でも問題ありませんから」


「ポチッとな!」


 思い出したのか、ケルシーが大きな声をあげた。

 そう、天蓋を開閉するためのスイッチだ。

 

「となると、今回は学園関係者だけの方がいいわね。闘技場の舞台を王族と三公爵家専用にして……」


 キルスティが考え始める。

 

「その辺りは図面を用意してくださいな。わたくしはまずお手洗いを中心に闘技場内の施設を増やしてきますので」


 と、おじさんは闘技場の中へと足をむける。

 休憩室、トイレ辺りは多めに作っておく方がいい。

 混雑するのが目に見えているのだから。

 

 闘技場を新しくはした。

 しかし、あのときは内部の施設は最低限しか作らなかったのだ。

 案内板など他にも必要なものを脳内であげていくおじさんであった。


 おじさんの後ろには、プロセルピナ嬢を初めとした脳筋三騎士がつく。

 あと難しい話は苦手な聖女とケルシーも。

 

 他の面子は屋台の件や、貴賓席の件で打ち合わせに入った。

 

「ねぇねぇ」


 ケルシーがおじさんの周囲を犬みたいにぐるぐる回る。

 

「どうしたのです?」


「わたし、お姫様やりたい!」


 ん? と一瞬首をかしげるおじさんだ。

 演劇のことか、と思ってケルシーを見る。

 

「そういえば脚本はどうなっているのです?」


 おじさんの問いに、首をかしげる脳筋三騎士たちだ。

 そこへフフフと聖女の笑いがこぼれる。

 

「まかせんしゃい! この天才に! すでに脚本は八割方書き終わっているわ!」

 

 ほう、と声をあげるおじさんだ。

 

 前回の演劇といっても、あれは戦闘シーンをつなげただけである。

 大雑把な脚本もなく、おじさんが前世で親しんできたものをなんとなく再現しただけであった。

 

「タイトルはね、悪役令嬢物語! 四十八歳で婚約破棄されても、もう遅い! 悪役令嬢は茨の道を征く! よ」


「……それはもう遅いの意味がちがいませんか? いや、そのとおりなのですけど」

 

 なんとも言いがたいタイトルであった。

 そりゃそうだろう、としかならない。

 

 もっと、はよ動け。

 今までなにしてたんだ、とおじさんは思うのであった。

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