第728話 おじさん学園の講義の教鞭をとる


 昼食後のことである。

 皆で昼食を食べたおじさんだ。

 やはりなんだかんだと言っても、お友だちと食べるご飯は美味しい。

 

 鬼人族の里に行っていたという話をするおじさんだ。

 それにいっちょかみしてくる聖女たち。

 ケルシーは花より団子派だった。

 

 話は尽きないが、とりあえず午後の授業にむけて準備するおじさんたち。

 午後からは実戦の授業である。

 

 が――そこに姿を見せたのはゴージツ教官であった。

 学園長と馴染みの古参の教師だ。

 

「皆、聞いてほしい。バーマン卿なのだが、火急の用件ができて席を外しておる。そのため臨時講師としてワシがきたんじゃが……」


 古参の老講師はニヤリとした表情になる。

 

「午後からの講義なのじゃがな。ワシはリーに講師をしてもらいたいと思う。皆の意見はどうかのう?」


 ぐるりと教室を見渡すゴージツだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは当然だが、男子生徒たちも顔を輝かせている。

 

 なにせ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの実力は、魔技戦のときに明らかになったのだ。

 自分たちよりも遙かに上をいっている。

 その原因はなにか、確実におじさんだろうと踏んでいたのだ。

 

 だからこそ、おじさんが講師になるのに否はない。

 諸手をあげて賛成したいくらいであった。

 

「よろしいでしょうか?」


 発言の機会を求めたのはアルベルタ嬢だ。

 

「かまわんよ」


 と鷹揚に応えるゴージツである。

 

「ゴージツ先生はなにをなさるのですか?」


「ワシか? ワシはかわいいリーちゃ……ごほん。監督官だな」

 

「……なるほど。承知いたしました。私たちに否はありません。むしろ大賛成です」


 アルベルタ嬢がちらりとおじさんを見た。

 おじさんが嫌がるのなら諦めるけどという視線だ。

 

 だが、アルベルタ嬢の思いは杞憂であった。

 なぜなら、おじさんもやる気満々だったからだ。

 

 そも、おじさんは実戦の授業は除外されている。

 やらかしてしまうことに定評があるからだ。

 

 なので、ふつうは見学になる。

 ただ誰かしらがおじさんの側にいて、助言を求めたりするのだから退屈ではない。

 

「では、満場一致で決定ということでいいな」


 ゴージツの言葉に、おじさん以外が力強く頷いたのであった。

 

 学園の訓練場に移動する。

 この訓練場は広い。

 なので、他の学年が利用している姿がちらほらと見えた。

 

 そこへ。

 おじさんが姿を見せた。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツのマントを翻して。

 

 おじさんの姿を見て、他の生徒たちが膝をついた。

 その間を進んでいくおじさんだ。

 

 やめてくれと言ってもきかないのである。

 ならば受け入れるしかないと、おじさん苦渋の決断であった。

 

 おじさんたちが使うのは魔法訓練の場である。

 だいたい二十メートルほど先に的があり、そこにむかって魔法を撃つのだ。

 

 初歩の初歩となる訓練だろう。


「では、まず男子組の実力を見せてもらいましょうか」


 おじさんが口を開く。

 同時に五人までが利用できる。

 

 王太子たちが抜けた後の男子組は四人だ。

 つまり一度に全員の実力を試せる。

 

「各々が最も得意とする魔法を撃ってくださいな!」


 おじさんの号令とともに男子生徒たちが魔法を使う。

 その姿を見て、おじさんは再び号令をかけた。

 

「やめていいですわ。そうですわね、あなたたちも基礎ができていません。いいですか、魔法は基礎となる魔力循環こそが肝要です」


 そこで、ちらりとアルベルタ嬢を見るおじさんだ。

 意を汲みとったアルベルタ嬢が前にでる。

 

「アリィ、少しお手本を」


「畏まりました」


 と、一発の火弾を放つアルベルタ嬢だ。

 火弾を放つまでのスムーズさ、さらに精度と威力の高さ。

 男子生徒の魔法と比べるまでもなかった。

 

「おわかりですわね? では……」


 と、おじさんが言いかけたときである。

 聖女が手をあげた。

 

「リー! 魔力干渉をするならアタシがやりたい!」


 そう。

 いつものアレである。

 強制的に外部から魔力に干渉して、高度な循環を行なってしまう。

 いわば、おじさんからの洗礼のようなものだ。

 

「大丈夫ですか?」


「うん! 練習してきた!」


 ぢっと聖女を見るおじさんだ。

 確か聖女は言っていた。

 

 神殿に仕える者たちの間では奥義的な扱いだと。

 その奥義を修得してきたというのだろうか。

 

「とは言え、少し心配ですわね。ケルシーに試してみてくださいな」


「いいわよ! ちょっとこっちきなさいな、二号!」


「誰が二号よ!」


 と言いながらも前にでるケルシーだ。

 そのお腹に手を当てて、聖女が目を閉じた。

 

「フフっ……なかなかいい締まりをしているわね。活きもいい。最高のデクになりそうだわ」


 不穏なことを言いだす聖女である。

 

「ちょ、エーリカ。あんた大丈夫なの?」


「アタシ様は天才! アタシ様に不可能はない! フハハハ!」


 いやいや、と思うケルシーだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちも同じことを思っていた。

 

 おじさんだけはちがうことを考えていた。

 どこかで聞いた台詞だなぁと。

 

「さぁいくわよ! アタシの魔力干渉の研究を手伝ってもらおうか!」


 ケルシーが逃げだそうとする。

 その瞬間であった。

 

 ケルシーを後ろから抱き留める者がいたのだ。

 イザベラ嬢である。

 

 おじさん狂信者の会のひとりだ。

 

「どこへ行こうというのです。リー様はまだやめていいと仰っていません」


 イザベラ嬢の言葉にぞっとするケルシーであった。


「フハハハ! いいぞ、そのままだ。そのまま」


「な、なにをするだー!」


 聖女が再びケルシーのお腹に手をあてた。

 そして、ふん! と魔力をとおす。

 

「みぎゃあああああ!」


 ケルシーが叫んだ。

 

「んん~~? ちがったかなぁ? フフフ……捨ててこ……あぎゃああああ」


 調子にのる聖女の頭に鉄拳が落とされた。

 おじさんである。

 

「エーリカ、やりすぎですわよ。それとケルシー、雰囲気で叫ばない。どうにもなっていませんでしょう?」


 おじさんに言われて、きょとんとするケルシーだ。

 自分のお腹に手をあててみるも、べつになにも起こっていない。


「まちがえた!」


 そんなケルシーの言葉に皆が笑うのであった。

 

「まったく。仕方ありませんわね」


 男子生徒の前におじさんが立つ。

 

「いいですか。これが魔力循環というものです」


 下腹。

 いわゆる丹田に手をあてて、おじさんが一気に魔力を流す。

 それも二人同時に。

 

「あがががっが!」


 二人の男子生徒はガクガクと膝を震わせている。

 それでもなんとか膝をつかなかったのは、がんばった証拠だろう。

 

 だが、それもおじさんが手を離すまでであった。

 その瞬間、膝をついてしまう。

 

「お次はあなたたちですわよ」


 残った男子生徒たちは、お互いの目を見合わせた。

 互いに頷きあって、覚悟を決めたのだ。

 

「がががががががが」


 二人も膝をついてしまう。

 

「いいですか。その感覚を忘れてはいけません。それだけあなたたちが基礎の訓練を疎かにしていたということです」


「……はい。ありがとうございます」


 と、息も絶え絶えになりながら四人の男子生徒たちは礼を言う。

 

「どなたか男子たちを少し離れた場所で休憩させてくださいな」


 おじさんからのお願いに、イザベラ嬢とニュクス嬢が移動する。

 そして、男子生徒の足首を持って、ずるずると引きずっていくのだった。

 

 壁際に座らせて、イザベラ嬢とニュクス嬢が言う。

 

「リー様に触れていただいたからと調子にのってはいけませんわよ」


「色目を使おうものなら、潰す。わかったら頷きなさい」


 即座にコクコクと首を縦に振る男子生徒たちだ。


 男子生徒たちは思った。

 こいつら怖えよ、と。

 

 狂信者の会という鉄壁のガードに守られているおじさんなのであった。

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