第727話 おじさん数日ぶりに学園にでむく
その日――おじさんが学園に姿を見せた。
相も変わらず超絶美少女である。
加えて、最近では謎の貫禄まで見せるようになってきた。
自然と頭をたれ、膝をつく生徒たちだ。
逆におじさんは思っていた。
なぜそうなるのか、と。
だって、おじさんが歩けば生徒たちは廊下であれ、左右にわかれて膝をつくのだから。
もはやそれは臣下が王にするような態度である。
後ろを歩く侍女は鼻高々だ。
ようやくお嬢様の偉大さが理解できましたか、と思っている。
ついでにケルシーは、ほへえと口を開けていた。
「ケルシー、わたくしは学園長のところに顔をだしてきますわね。あとで教室に戻ってきますので」
「うん! 皆に言っておけばいいのね!」
にぱっと笑うケルシーの頭をひとなで。
颯爽と歩き去って行くおじさんだった。
がらっと引き戸を開けて教室に入るケルシー。
おはよう、と声をだしそうなところで足がとまった。
教室にいた
ごくり、と息をのむケルシーだ。
「ケルシーだけかい!」
聖女が叫んだのは言うまでもなかった。
「なんだとー!」
売り言葉に買い言葉。
今日も
一方でおじさんである。
学園長室でまったりお茶を飲んでいた。
ちなみに学園長はちょっと書類仕事があるらしい。
アポも取らずにきたのだ。
おとなしくお茶とお菓子でもてなされている。
「そう言えば、リーや」
学園長が手を動かしながら口を開いた。
「なんでしょうか」
ポリポリと焼き菓子をつまむおじさんである。
お気に入りのお菓子が置いてあるのだ。
「スランから聞いたが、鬼人族の里でも色々とあったようじゃのう」
「否定はしませんわ」
おじさんは思った。
魔導武器のことはなんとしても隠さなければと。
また色々と面倒なことを言い出すに決まっているのだから。
「鬼人族の里にワシも行ってみたいんじゃが」
「転移陣を刻みますので、落ち着いてから足を運ばれてはいかがですか?」
遠回しに仕事しろというおじさんである。
催し物の開催時期も迫っているからだ。
「ふむ……まぁいいじゃろう。ところで」
と学園長が手をとめた。
そして、おじさんの方を見る。
「魔導武器についてなんじゃがなぁ」
思わず、おじさんは舌打ちをしたくなった。
だけど、しない。
お嬢様だから。
「なんでもカラセベドの先祖が使っていたものを見つけたとか聞いたんじゃがのう」
「そうですわね。そうそう、学園長にもお土産ですの」
おじさんは宝珠次元庫からゲーミング水晶を取り出す。
手のひらサイズの小さな欠片である。
「ほう……これはどういう?」
興味津々の学園長だ。
完全に手をとめてしまっている。
「魔力をとおしてみてくださいな」
色を変えながら光る水晶である。
さすがの学園長も驚いているようだ。
「面白いのう……これは特産品になるか」
「採取できる場所がかなり危険ですので難しいですわ」
「むう……リーや、ワシもそこに連れて行ってくれんか」
「かまいませんが……お仕事があるのでしょう?」
もう遠回しには言わないおじさんである。
「いや、それはそうなんじゃがのう」
「……お仕事しましょうね」
はい、と頷く学園長だ。
おじさんのだした圧に負けたのである。
ついでに巧く話をそらせたことに満足するおじさんだ。
しばらくして書類仕事が終わったのだろう。
学園長が壁際に控えていた侍女にお茶の用意を頼んだ。
席をおじさんの前に移す。
「さて、本題に入るか」
お茶を含んでから、学園長がつるりと禿頭をなであげた。
「実はの、リーが演奏会をするということが広まっておってな」
「広めたのまちがいではないのですか?」
おじさんが鋭く指摘する。
べつにかまわないが話が大きくなると、イベントの規模も拡大するのではという懸念があったのだ。
「まぁワシが広めたわけではないがの。雀どもはこういうことには目がないからのう」
――雀。
王城に勤める一部の貴族のことだ。
「わたくしは否はありません。ですが、それなら闘技場を少し改装しますか?」
「観客席だけでは足りんだろうな。あくまでも学園の催し事であるからな、生徒を優先させるが、一部の貴族を観客として受け入れるとなると」
貴賓席では席数が足りないのだろう。
そういうことを理解した上で、おじさんが口を開く。
「では、わたくしが改装しておきますわね。さしあたって闘技場の舞台の上に貴賓席を作るという感じでどうでしょう? あとは舞台の周囲にも席を用意するといった具合で」
「うむ。それでかまわん。委細リーに任せてもいいかのう。ワシは今日も王城へ出向かねばならんのじゃ」
学園長が渋い顔を作りながら、あごひげをしごく。
「鬼人族の里の件ですか?」
「そも霊山ライグァタムはラケーリヌの領地じゃからな。ただ縁を結んだのがカラセベドというややこしいことになっておる」
おじさんはお茶を一口。
カップを置いてから、口を開いた。
「べつに転移陣を刻むだけなので、王都と他三家の領地とも結んでしまえばいいではないですか。どこかひとつにしようとするからもめるのでしょう?」
「それはそうなんじゃがな。リーの負担が大きくなると思うてな」
「刻むだけなので負担ということもありませんわ」
そこまで話してから気づく。
なるほど学園長の本命はこちらだったのだ、と。
「すまんの」
素直におじさんに頭を下げる学園長である。
「わたくしにできることなら、いつだって協力しますわ」
嘘偽りのない言葉であった。
「いや、リーのできることが多すぎるからの。そればかりに頼ってはいられんのじゃよ」
「なら、闘技場の改装も学園長にお任せしましょうか?」
ちょっと悪戯をするおじさんだ。
学園長はにやりと唇の端をつり上げた。
「それとこれとは話がべつじゃ」
カカカと声をあげて笑う学園長であった。
「承知しました。では、わたくしも好きにして良いと言質をいただきましたので、これで失礼しますわね」
スッと立ち上がるおじさんだ。
言質をとった、と言われて学園長は思わず息を飲む。
「ちょ! リー! 無茶はいかん! 無茶はいかんぞ! 改装と言うたではないか!」
もちろん、とおじさんも唇の端をつり上げる。
「わかっておりますわ」
華麗にカーテシーを決めるおじさんであった。
一人部屋に遺された学園長は、思わず頭を抱えてしまう。
「やっちまったかのう」
答えは神のみぞ知る。
壁際にたたずむ侍女は、微笑をうかべていたのである。
教室に戻ったおじさんである。
まだ講義の最中であったので、目立たぬように入室したつもりだった。
だが、一気に注目が集まってしまう。
「あーいいからー、席につけー」
いつもの男性講師である。
どうやらダンジョン攻略における話のようだ。
各自の役割分担などを語る男性講師である。
前衛と後衛。
それに遊撃との連携が云々かんぬん。
考えてみれば連携というものはしたことがないおじさんだ。
だってなんでもできるから。
もう、おじさんだけ居ればいいじゃん状態だもの。
だが連携をとって戦うというのも面白そうだと思うのだ。
そこへ紙が回ってくる。
どうやら出所は聖女のようだ。
くすりと笑いがこみあげるおじさんである。
こういうところは前世と変わらないのだ、と。
まぁ前世ではこういう紙を回すことはあっても、回ってきたことがなかったけど。
――今日、お泊まりしてもいい?
休み時間にでも言えばいいのに。
身も蓋もないことを思うおじさんだ。
でも、面白いと思った。
だから返事を書いて、おじさんは短距離転移で聖女の席に紙を送る。
そのことに驚く聖女だ。
わざわざ、おじさんの席に顔をむけて確認している。
頷いてやる。
また、紙が回ってきた。
――ありがと。
他愛のないことだ。
でも、それが面白いおじさんであった。
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