第725話 おじさんは話し合いにも加わらないほどの丸投げを決める


 カラセベド公爵家本邸のサロンである。

 ここにもおじさん手製の家具がならんでいた。

 

 重厚で落ち着いたデザインのものが多い。

 それでいて技術の粋が集められていて使い心地がいいのだ。

 

 すでにおじさん製家具の量産は始まっている。

 が、おじさんの域にまで到達できてはいないのだ。

 

 それ故に、より価値が高まっていると言えるだろう。

 

 大抵、このサロンに通された貴族たちは度肝を抜かれてしまう。

 その家具や調度品の質の高さにだ。


「……なるほど。それが宗方の一族ってわけかい」


 祖母が深く頷いている。

 母親はなにか思うことがあるのか。

 黙ったままだ。


『で、あるな。まぁ詳しいことはわかっておらんので、我が説明できるのもそのくらいである』


 トリスメギストスが話をまとめる。

 転生者の一族ということは伏せて、適当な嘘をまぜつつ説明をしたのだ。

 

 時代を超えて存在する異端の一族ではないか、と。

 

「逆に言えば、そういう異端の人間を宗方の一族とした可能性もあるわね」


 母親の意見である。

 不思議なことを行なう者たちの総称が宗方の一族というわけだ。

 そういう一族があるわけではなく、あくまでも総称である、と。

 

『御母堂の意見にも一理ある。ただ詳しい情報が残っておらん以上は、果たして何が正解であるのかわからん』


「ま、いいだろう。叡智の番人であるトリスメギストス殿がわからんというのなら、私らにもそれ以上は知りようがない。ただ、心には留めておくさ」


 祖母の言葉に同意する母親であった。


『まぁ某かの情報があれば、提供することを約束しておこう。主といれば、何が起こるかわからんからな』


「リーちゃんはどうしたの?」


 母親である。

 おじさんの姿がサロンになかったからだ。

 

「ああ……リーならさっきセブリルが連れて行ったよ。恐らくは動きのコツでも教わっているんだろう」


「なるほど。ところでトリちゃん。さっきリーちゃんが使った魔法のことなんだけど、あれって錬成魔法じゃないわよね?」


『うむ。あれは時戻しの秘法という。先に言っておくが、あれは御母堂たちには使えんぞ。主ほど馬鹿げた魔力がないと不完全にしか発動せんからな』


「むぅ……トリちゃん、魔力を今からでもあげる方法はないのかしら?」


『魔力の器は生まれつきだいたい決まっておる。多少は広げることができるが、どこまでもというわけにはいかん。通常の者たちが池や泉程度の大きさだとすれば、御母堂たちの器は湖であるからな。十分であるよ』


「ちなみにリーちゃんは?」


『主は例えるなら大海、あるいは天空のようなもの。まぁ後にも先にも主と比肩するような者はでないであろう。そも魔力の量などというのは、あくまでも添え物のようなもの。本質はいかに魔力を効率よく使うかである』


「……それはそのとおりなんだけど」


『御母堂、それに祖母殿よ。二人には我から贈り物がある』


 と、二人の前に指輪がでてくる。

 なんの変哲もない、シンプルな指輪だ。

 

『その指輪を右の小指につけてくれるか』


 トリスメギストスの言うとおりにする二人であった。

 大きさが自動的に変わって、ピタリのサイズになる。

 

『もうわかっただろう? その指輪は体内の魔力循環を阻害する効果がある。故に魔力を練りづらくなるであろうが、よき訓練になると思うのだ。まぁいつでも付け外しができるからな。できるだけ付けておくとよかろう』


 ふふふ、と怪しげな笑いを見せる母親と祖母である。

 そして二人そろって、トリスメギストスに頭を下げるのであった。

 

 

 一方でおじさんである。

 おじさんは祖父と訓練場にいた。

 

「ふむぅ。結果的には慣れるしかない、と」


 祖父である。

 おじさんに酔わないコツを聞いていたのだ。

 

「ですわね。わたくしも最初は慣れなかったのですが、いつの間にか酔わなくなっていましたから」


 おじさんはコツというか自分の体験を語っていた。

 要はクルクル回ることになれろ、というだけの話だ。

 

 そもそも目が回るというのは、情報の齟齬から起こるものだとされる。

 身体が回転する情報と、目から伝わる情報の二つが一致しないから起こるのだという話だ。

 

 ちなみにフィギュアスケートの選手でも、右回りが得意な選手は左回りをすると目を回してしまう。

 なので右も左もまんべんなく鍛えろ、というのがおじさんの話の趣旨であった。

 

「お祖父様は歩法ができていますので、あとはもうやるだけですわね」


 おじさんがニコッと笑う。

 

「まぁやることがわかればいいじゃろう。ところでリーよ、先ほどの話なのだがな、本当にできるのか?」


「お祖父様仕様の魔導武器でしょう? できますわよ」


 ぬわははは! と大声で笑う祖父だ。

 

「では、是非とも一振り作ってくれんかのう。やはり大太刀よりは使い慣れた大剣の方がいい」


「かまいませんわよ。お祖父様の大剣とそっくりなものでいいんですの? 神紋はなにを刻みます?」


 おじさんとしては、ちょうどいい練習になるのだ。

 だから、こういうのは大歓迎である。

 

「さて、ワシはどんな神紋があるのかわからんのじゃ」


 ならば、とおじさんは宝珠次元庫から紙の束をだした。

 それを祖父に渡す。

 

「トリちゃんが作ってくれた一覧表ですわ。わたくしはもう覚えましたので、お祖父様にさしあげます」


「ほほう……」


 と顔を引きつらせる祖父である。

 この束の量を覚えた?

 

「お祖母様もお母様も覚えてますわよ?」


 祖父の心を読んだかのごとき、おじさんの一言であった。

 

「そうじゃなぁ。また追って知らせるとしようかのう」


 紙の束を見て、覚えることを諦めた祖父である。

 

「では、先に大剣の模造品を作っておきますわね。お祖父様の愛剣をだしてくださいます?」


 おじさんに言われるがままに、宝珠次元庫から愛剣をだす祖父だ。

 いつも携帯しているのだ。

 

「見事な大剣ですわね。ただ少し調整をした方がよろしいですわね。この辺りがゆがんでいます」


 つぅと指で大剣の腹をなぞるおじさんである。

 色々と見えてしまう観察眼なのだ。

 

 では、と指を弾いて錬成魔法を発動する。

 一瞬にして祖父の愛剣とそっくりなものができあがった。

 

「では、こちらの大剣の模造品はわたくしがお預かりします。あ、あと大太刀の方はわたくしが預かっておきますわね。先ほどわたくしが作った方を置いておきますので」


「承知した。頼む、リー」


 特に文句はない祖父であった。

 なので、おじさんの言うとおりにする。

 

「あと、そうですわね。先ほどひとつだけ気になったことがありますの」


 おじさんが祖父に言う。

 

「お祖父様、回る速度や回転の方向が単調になってはいけませんわよ。単調になっては読まれてしまいますので」


 その言葉にも異論がない祖父であった。

 なので大きく首肯する。

 

「では、ひとつ組み手といくか」


 試合ではない。

 ただの動きの確認である。

 

 祖父はいつもの動きをしない。

 圧倒的な速度と力で押してくるスタイルを捨てて、おじさんと似たような円の動きをベースとしている。

 

「……なるほどのう。リーの動きを間近で見れば、ワシのはまだまだじゃのう」


「お祖父様が研鑽されてきた動きとはちがいますからね。そこは仕方ありませんわ」


 会話をしながらも祖父とおじさんが高度な動きを見せる。

 ただの組み手。

 されど、見る者が見れば、その実力の高さがわかる。

 

 公爵家本邸に仕えている騎士たちは目を見開いていた。

 特に女性騎士たちは、おじさんの動きに釘付けである。

 

 そこに従僕が一人、走ってきた。

 

「訓練中に失礼します! ご隠居様、エンサタイ平原の遊牧民より報せがありました。飛翼獣ワイバーンの集団がタルタラッカ方面にむけて飛んで行くのを確認したと」


飛翼獣ワイバーンの集団のう。わかった。すぐにでも出ようぞ」


「ちょうどいいですわね。お祖父様、わたくしがお送りしましょう」


「そうしてくれるか?」


 かくして飛翼獣ワイバーンの集団の運命は決まったのであった。

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