第724話 おじさん魔導武器に封印された存在と出会う


 本家の庭である。

 おじさんと祖父母、母親にトリスメギストス。

 この面子が見守る中で、折れた大太刀の刀身から光が放たれた。

 

『むぅ……』


 唸るトリスメギストスだ。

 おじさんはと言うと、半身になって構えている。

 臨戦態勢だ。

 

「トリちゃん、大太刀についての情報はありましたか?」


『いや、あれから我も調べてみたのだがな。これといった情報はない。先ほどのトリガーワードくらいであるな』


「……なるほど。鬼が出るか蛇が出るか」


 おじさんが少しだけ目を閉じる。

 そして、カッと見開いて言った。

 

「相手にとって不足なしですわ!」


 見得を切るおじさんである。

 

 大太刀の光が一層に強くなり、辺りを埋め尽くす。

 その光が収まった後、いたのは貴族服を着た中年の男性であった。

 ただし身体は半透明である。

 

 髪は黒。

 目も黒。

 

 中肉中背。

 いや、少し下腹がでているだろうか。

 顔の彫りが浅く、いかにもおじさんが知る前世の中年男性である。


「おおん? なんぞ、この超絶美少女は」


 辺りをキョロキョロと見回して、男性はおじさんに目をつけた。

 指をわきわきと動かしながら、だ。

 

 それを見た母親が切れた。


「殺すわ、ゲスが!」


 一瞬にして火弾を作りだして発射する母親である。

 だが、その火弾は半透明の身体をすり抜けた。

 

 ちぃと舌打ちをする母親だ。

 おじさんが邪魔をするなと言わんばかりに、少し手をあげる。

 

「あなたは何者ですの?」


「オレはストーンロール子爵だな。ちょいとそこのおっかねえ顔をしている人たち。悪気はねえんだ、ほんとに」


 またもや指をわきわきと動かすストーンロール子爵。

 その動きが実に気持ち悪い。

 

 おっかねえ顔をしているというのは、おじさん以外の公爵家の面々だろう。

 

「……そうですの。あなたがストーンロール子爵」


 おじさんが先んじて口を開く。

 ここで黙っていたら、確実に戦闘になると踏んだからだ。


「つっても抜け殻だけどな」


 アハハハと朗らかに笑うストーンロール子爵である。

 おじさんは思う。

 建国王みたいなものか、と。

 

 なんらかの理由によって魂の残滓が魔導武器に封印されていた。

 

「まぁあれだ。ちょっとした悪戯だったんだが――やっぱオレって天才か!」


 またもや大声をあげて笑う。

 その姿を見て、聖女の一族っぽいと思うおじさんだ。


「で、なんの用ででてきましたの?」


 これでは話が進まない。

 だから、おじさんは強引に声をかけたのだ。

 

「いや、用なんてないよ。ただ壊れたら、オレがでてくるようにしてただけ」


「なんのために?」


「……面白いと思ったから。それ以上の理由なんて要るかい?」


 格好をつけて言うストーンロール子爵であった。

 だが、あまり似合っていない。

 だって指をわきわきとさせているから。

 

「さっきから気になってましたけど、その指の動きはなんですの?」


「ああ! これ癖なんだよ! これが気持ち悪いって言われるんだけど、どうにもやめられなくてな。オレの子どもが嫌がっててなぁ」


 と、指をわきわき。


「……さもありなん、ですわ」


 半ばあきれるおじさんである。

 

「で、刀身を戻したらまた元に戻るのですか?」


「……そうだけど? そんなの無理っしょ」


 今度は冷笑するストーンロール子爵である。


「できますけど?」


 おじさんが事もなげに言う。

 だって、おじさんには無敵の錬成魔法がある。

 もっと言えば、時戻しの魔法だって使えるのだから。

 

「いやいやいや! ただ繋げたらいいってもんじゃないんだぜ? そんなもんできるわけねえでしょうが」


「できますけど?」


 おじさんは二度、同じことを言った。

 だって、できるんだから仕方ない。

 

『そこの、ストーンロール子爵とか言ったか』


 トリスメギストスが見かねて声をかけた。

 

「げええ! 本がしゃべってるううう!」


 指をわきわきさせながら、大仰に驚くストーンロール子爵である。


『やかましいな。まぁ我の主にはそのようなこと朝飯前だ』


「……え? ええと……マジで? 嘘じゃなくて?」


「できますけど?」


 三度、おじさんは同じことを言った。

 ストーンロール子爵が周囲をぐるりと見る。

 

 祖父も祖母も、母親も頷く。

 

「……すみませんでしたー!」


 ジャンピング土下座をするストーンロール子爵。

 頭頂部が少し薄くなっている。

 

「と、言われましても。べつに目的がないのなら、そのまま封印されてもいいじゃありませんか?」


「いや、正論で殴ってこないで。こちとら変わった現世に興味があるんだから」


「でも、なにもできませんわよね?」


「正論パンチはやめてえええ!」


「おっと。ひとつだけ確認したいことがありますの? あなた宗方・・の一族ですの?」


 おじさんは、これだけ確認をしておきたかった。

 聖女の本家が宗方という一族なのだ。

 

 確認できているだけで聖女とその妹。

 魔神ヴァ・ルサーンに鬼人族のトウジロウの四人がいる。

 

「え? ええええ! なんで知ってんの? なんで、なんで?」


「過去の文献から拾いました」


 嘘である。

 聖女から聞いた話だ。

 トリスメギストスは余計なことを言わずに見守っている。

 

「マジかぁ……うん。オレは一枝いちえだの出身だ。やっぱうちの一族が関わってたのかよ。くっそ」


 本家が宗方。

 分家が数字に枝と聖女は言っていた。


 その分家の分家は数字に葉。

 聖女は七葉という名字である。


「そのストーンロールというのは?」


「ああ? これ、わかりやすいかと思っただけだよ。うちの一族ならピンとくるはずだから」


「……なるほど。聞きたいことは聞けました。では、もう会うことはないでしょうが……」


「ちょっと待って! マジで、マジで待って!」


 おじさんはこれ以上、ここで話したくはなかった。

 転生者という存在は知られたくない。

 と言うか、この調子だとぼろが出そうだ。


 大太刀さえ預かっていれば、いつだって封印は解ける。

 条件は確認したのだから。

 

 次は聖女がいるときにでも出てきてもらえばいい。

 鬼人族の里に返そうとは思っていたが、まだまだ先のことになりそうだ。

 

「待ちませんわ。それではごきげんよう!」


 パチンと指を鳴らすおじさんだ。

 祖父の握っていた柄の部分が、刀身のある場所へと移動した。

 

 短距離転移の応用である。

 

 さらに指を鳴らして、時戻しの魔法を使ってしまう。


「ぐぬぬ! 覚えてろおおおお! 今は封印されても、いつか、いつか必ず戻ってきてやるからなあああああ!」


 指をわきわき。

 捨て台詞を吐きながら、ストーンロール子爵の姿が消えた。

 どうにも聖女の一族は、こういうことを言うらしい。

 

 見事な悪役の台詞であった。

 

「悪は退治しましたわ」


 おじさんは振り返って笑顔を見せる。

 そして、祖父たちに見事なカーテシーを決めるのだった。

 

「リーちゃん。色々と聞きたいことがあるのだけど」


 母親である。

 興味津々といった感じだ。

 そもストーンロール子爵自身を調べていたのも母親である。


「リー、私も聞きたいねぇ。宗方・・の一族ってなんだい?」


 ちょっと漏らし過ぎたかと反省するおじさんだ。

 祖母と母親がおじさんに詰め寄ってくる。

 

 祖父は魔導武器を握って、修復の具合確認をしていた。

 

「お祖母様、お母様、その辺りはきちんと説明いたしますわ」


 にこりと笑うおじさんだ。

 

「トリちゃんが!」


『え? 我ええええ!』


 良きに計らえ。

 そう言わんばかりに、丸投げすることにしたおじさんであった。

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