第722話 おじさんがいるから魔導武器は復活するのかい?


 カラセベド公爵家の本邸である。

 その地下にある広い実験部屋にて、三人は頭を突きあわせていた。

 

 祖母と母親とおじさんである。

 

 王都のタウンハウスにいた母親はおじさんの誘いにすぐのってきた。

 あっという間に準備を整えて、おじさんとともに本邸の実験部屋に移動したのである。

 

「外見的な特徴というのはないんだねぇ。武器としては興味深いが」


 祖母が大太刀を見ながら言う。

 両刃の直剣が主流となる王国では片刃の剣は珍しい。

 さらに反りまで入っているのだから。

 

 刃文も含めて、改めて造形を見る。

 造形的にも美しい。

 が、それ以上に迫力があった。

 

 なにせ柄も含めれば三メートル超の大物なのだから。

 

「突きと斬撃に特化している形状かしらね」


 母親も大太刀の美しさと迫力に飲まれているようだ。

 やはり間近でじっくりと見ると存在感がちがう。

 

「リーはどうだい?」


 先ほどから黙っているおじさんに話を振る祖母だ。

 おじさんは刀身を見ずに、柄の方に注目していた。

 

 刀身よりも柄の方が気になるのだ。

 なにせ魔力の流れが見えるのだから。

 

「お祖母様、分解してみましょう」


「扱い方は……わかるのかい?」


 祖母の問いに返答する前におじさんは柄を握って持ち上げる。

 持ち上げるくらいなら身体強化を使えば十分だ。

 

「ここ、この部分が鍵になっていますわ」


 おじさんが指さすのは目釘である。

 本来なら目釘抜きという道具を使って、抜いてしまうところだ。

 だが、おじさんは魔法を使って、スコンと抜いてしまった。

 

「あら、本当ね」


 母親が抜けた目釘を手に取って確認している。

 

「あとは……」


 握っている手首をコンコンと叩けば、刀身が柄から浮く。

 ただ巨大な刀身なので、こちらも魔法で代用する。

 

 あっさりと刀身が浮いて、柄と刀身を分離してしまうおじさんだ。

 これでなかごが見える。

 なかごとは柄で隠れている部分だ。

 

 なかごには表も裏もビッシリと文字らしきものが刻まれていた。

 さらには回路図のような線も入っている。

 

 おじさんはここに日本語、あるいは漢字が書かれていると思っていたのだが、ちがっていたようだ。

 

「お祖母様、お母様。トリちゃんを喚んでもかまいませんか?」


 二人も見たことがないようだ。

 真剣な表情で頷いた。

 

「トリちゃん!」


 おじさんの足下でクルクルと回転する魔法陣が出現する。

 

『こらあああ! 主よ、我に黙ってこのような楽しいことをするとは!』


「ちゃんと喚んだではないですか」


 文句を言われる筋合いはないと思うおじさんだ。


『まぁ一言いっておこうと思ってな。うむ……ほう……この紋様は。いや、ちょっと待て。待て、待て。おかしいぞ』


「トリちゃん、なにか知っているのですか?」


 おじさんの問いに、トリスメギストスの表紙にある宝珠が明滅する。


『うむ……ちょっと待ってくれんか、主よ。我も思考を整理したい』


 珍しい態度をとるトリスメギストスだ。

 そんな使い魔を不思議そうな目で見るおじさんであった。

 

『主よ、悪いがそちらの柄の方をスパッと割ってくれんか?』


「柄ですか? まぁ錬成魔法を使えばきっちり直せますか」


 言いながら、スパンと手刀で両断するおじさんだ。

 

「あ!」


 おじさんと母親、祖母の声が重なった。

 なぜなら柄の方にもなかごと同じような紋様があったのだから。

 

『ふむ……やはりそうか。となると……どこでこの知識を』


 トリスメギストスが大太刀の周囲をふよふよと飛ぶ。


『主よ、我は少し確認してくることができた。もう少し待ってほしい』


「かまいませんわ」


『では、しばし待たれよ。主、その間は悪いが見るだけにしておいてほしい』


 そう言い残して、どこかに転移するトリスメギストスだ。

 どこへ姿を消したのか。

 

 だいたいの察しはつくおじさんである。

 だが、口にする必要もない。

 

「お義母様、どこかで見かけたことはありますか?」


 母親が祖母に聞く。

 同時に母親は魔法を使って、紙に紋様を写している。


「いや、私は見覚えがないねぇ」


 祖母にも心当たりはないようだ。


「この紋様と形……なにかに似ているような」


 母親はなにかに引っかかっているのだろう。

 さすがに専門家である。

 

 紋様か、とおじさんは思っていた。

 言われてみれば確かにそうだ。

 

 おじさんは日本語が書かれていると考えていた。

 もっと言えば、漢字である。

 

 その発想に囚われていたのかもしれない。

 なかごに刻まれているのは文字のようにも見えるが、紋様であるという見方もできる。

 

 だからと言って――そこまで考えたときにピコンと閃いた。

 

「ああ!」

 

 思わず、大きな声をだしてしまうおじさんだ。

 

「お母様、わかりました。イトパルサの大聖堂にあったものですわ!」


「そうか! あの大聖堂に描かれている紋様か!」


 おじさんの言葉に祖母がのった。

 母親も、ああ! と声をあげている。

 

「これで手がかりができた。至急、資料を取り寄せるか」


 祖母がそう言ったときだ。

 おじさんの足下で魔法陣がクルクルと回転した。

 トリスメギストスである。

 

『すまぬな、主よ』


「いいえ、で、なにかわかったのですか?」


『うむ……我が言える範囲で結果を伝えてもかまわんが……』


 どうすると言わんばかりの口調であった。

 おじさんが母親と祖母を見る。

 

 二人が同時に頷いた。

 かまわないということだろう。

 

 謎を解くよりも、その技術の正体が気になる。

 その技術のことを知りたいという欲求の方が強いようである。

 

「では、お願いしますわ」


『心得た。ここに刻まれているのは古代星神紋様と呼ばれるものだな。まぁ古代の神殿で使われていた文字・・だとも言えるな』


 ほう、と祖母が声をあげた。

 

「トリちゃん、わたくしたち先ほどイトパルサの大聖堂で似たような紋様を見たと話していましたの」


『うむ。あの大聖堂であるな。成立年代がいつかわからない、それほど古い遺構なので残っていて当然とも言えるだろう。まぁ実はこの紋様は断絶しておってな。現在の神殿で使われている紋様とは異なる』


 なるほど……と今度は母親が声をあげる。

 

『さて、この古代星神紋様なのだがな。実は精霊言語とも似たようなものであるのだが、まぁ成り立ちについては神が関わるのでな。そこは詮索してくれるな』


 先に釘を刺しておくトリスメギストスだ。

 だが、おじさんたちは歴史家ではない。

 どちらかと言えば、技術が好きな面子である。

 

「承知しましたわ」


『まぁ魔導武器が成立した年代が合わんからな。ちょっと確認をしてきたのだ。これを作成した人物はどこでこの知識を手に入れたのか』


 まぁチートだろうな、と当たりをつけるおじさんだ。

 

『それも含めて神の案件ということで頼む。さて、そこでこの古代星神紋様なのだがな。トリガーワードとともに発動する仕組みだな』


「……やっぱり。ただ魔力をとおせばいいのではないですね」


 おじさんが確認をとる。


『うむ。まぁ魔法の発動と同じだと考えておけばいい。トリガーワードを知らなければ起動できない。ふつうの武器と同じであるな』


「では、魔法言語を刻むのと同じようなことができると考えていいですの?」


『そこがちょっとちがうのだ。あーそうか、我の言い方がマズかったな。正確に言えば、古代星神紋様では神の力を下ろせる』


「……神の力」


『まぁと言っても下級神までだがな。それ故に、だ。魔導武器は作れなかったのだよ。神と通じる力を誰も彼も扱えるはずもない』


「トリスメギストス殿。それは私らが知ってもいい情報なのかい?」


 祖母が若干だが顔を青ざめさせている。

 下級神といっても神は神だ。

 人とはちがう存在である。


 母親も祖母と同じだ。

 さすがに恐れ知らずとは言え、神がでてくれば話もちがってくる。


『きちんと確認をとっておるから案じなくてもいい。我はきちんと三人分・・・の許可をもらってきた。さて、この魔導武器に刻まれているのはな、いわば神の紋章のようなものなのだ』


「ああ、それで」


 一人、納得しているおじさんだ。

 正直なところ、おじさんは祖母や母親の感覚がわからない。

 これは前世の記憶がある転生者ならではだろう。

 

 この世界の人間にある神への畏敬。

 そうした点が麻痺しているのだ。

 

 だからこそストーンロール氏も作れたのだろう。

 魔導武器を。

 

『主よ、これが下級神を示す紋様の一覧なのだが』


 トリスメギストスは正確に把握していた。

 祖母と母親の思いを。

 だが――トリスメギストスはおじさんが転生者であることを知っている。

 

 なにせあの御方から、ある程度の事情は聞いているのだから。


 トリスメギストスのページが開く。

 そこにはビッシリと紋様と神の名が書かれていた。

 

 じっと一読しておじさんが言う。

 

「覚えましたわ。ではさっそく作ってみましょうか!」


「リー?」


「リーちゃん?」


 祖母と母親から声があがった。

 その声にこてんと首をかしげるおじさんだ。

 

「どうしましたの? お祖母様、お母様。トリちゃんがいいと言っているのですから遠慮など必要ありませんわ」


「いや……」


 それでも渋る祖母だ。


「いや……うん……そうね! 私がまちがっていたわ!」


 一方で母親はおじさんを見て考えを変えたようである。


「さぁ! お祖母様もやりましょう! きっと楽しいですわよ!」


 キラキラとした目で祖母を見るおじさんであった。

 そのおじさんを見て、祖母は少しだけ目を閉じる。

 

 そして、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 腹を決めたのだ。

 

「そうさね! やるよ、リー! ヴェロニカ!」


「お義母様はそうでなくっちゃ!」


 はい! といい返事をするおじさんであった。

 

 おじさんは家族に恵まれている。

 神との結びつきが強いこの世界で、ある意味では不敬ともとれることをする。

 それを許すどころか、自分も参加したいと言える家族。


『ぬわははは! 我に任せておけば失敗などない!』


 大きなことを言うトリスメギストスだ。

 

 こうしてカラセベド公爵家の魔法三馬鹿は新しい一歩を踏み出したのだ。

 主におじさんのせいで。

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