第721話 おじさんと祖父母の関係は良好である
例えるなら、それは植物の種のようなもの。
養分を吸収し、蓄え、成長する。
それはゆっくりとだが、確実に育まれる。
やがて夢に描いた場所へと至るために。
ふ、と聖女の頭によぎった言葉である。
同時に彼女は思った。
――懐かしい、と。
それは聖女の知るゲームの話だ。
今、そのゲームと似た世界に生きている。
聖女エーリカとして。
これはリーにも言っておいた方がいいわね。
そんなことを思う。
ただ――今は眠いのだ。
学園の講義の最中である。
昼休みを終えて、午後から一発目の講義なのだから。
それも聖女の大嫌いな歴史である。
だから――ふわぁとあくびを聖女は机に突っ伏した。
窓際の陽の当たる席だ。
ぽかぽかとした慈しむような陽の光。
そして、お腹が満たされている今、聖女に眠らないという選択肢はなかったのだ。
「みぎゃああああ!」
聖女の前の席に座るケルシーが叫ぶ。
寝ていたから、魔法が飛んできたのだ。
それは数秒後の聖女の姿でもあった。
一方でおじさんである。
せやかてくどーの一件で気落ちしてしまったのだ。
ただ、そんな姿を見せるわけにはいかない。
良かれと思って、話題を提供した侍女を責めることになるから。
だから、おじさんは気丈に振る舞っていた。
昼食を終えて、侍女を伴って領地へ転移でとぶ。
本邸へと顔をだしたのだ。
本邸のサロンで祖父母と顔を合わせるおじさんである。
「んん? リー、なにかあったのかい?」
いつもどおりに振る舞っているはずだ。
だが、祖母はおじさんの異変にすぐに気がついた。
「あったと言えば、あったのですが……」
おじさんとしても言いだしにくい。
「では、リー。ここで話したことは我らだけの秘密としよう」
祖父が言うと同時に祖母が遮音結界を張る。
そこまでされてしまっては、おじさんも腹を括るしかなかった。
「……ということですの。うう……とんでもないことになっていますわ」
顔を赤らめて、うつむくおじさんである。
ぎゅっとスカートの布を握りしめる。
おじさんの話を聞いて、祖父と祖母は顔を見合わせた。
そして、二人は笑う。
「もう! お祖父様! お祖母様!」
おじさんは顔を赤くしたまま言う。
「すまんすまん。いや、リーの話がおかしくってのう。そんなことで気を病む必要はないんじゃよ」
祖父がおじさんの頭をなでる。
「そうさね、ただの笑い話ですむんだから」
祖母がおじさんの手をぎゅっと握った。
「うう……そういうものですの?」
祖父母がそろって大きく頷く。
なんともかわいい悩みを抱く孫である。
そんなもの笑い飛ばせばいいのだ。
「そういうものじゃな」
祖父の言葉に祖母が大きく頷く。
「承知しました! もう気にしませんわ!」
ふんす、と鼻息を荒くするおじさんだ。
その愛らしい姿を見て、祖父母はまた笑うのであった。
できる娘ではあるが、まだまだ子どもだ。
そういう思いを改めた二人である。
「お祖父様、お祖母様。魔導武器をと言いたいところですが、色々とお話ししたいことがありますのよ」
おじさんは語った。
宝珠次元庫から色々とだしながら。
もちろん最初に振る舞ったのは、お手製のコーヒーだ。
他にも蛇人族の里に行く前に手に入れた果物も見せる。
鬼人族の里の話に、モロシコのお茶やらなにやら。
そして闇の大精霊の話。
鬼人族の初代とも絡んだ話もだ。
「ほおん……外なる神に炎帝龍ねぇ」
祖母が呟く。
色々と思うところがあるのかもしれない。
「とってもかわいいのですわ。ウラエウスと名前をつけましたの。今はあちらで寝ていますけど」
「ふぅむ。炎帝龍か」
祖父は祖父で考えこんでしまう。
「ということで! 魔導武器ですわ。こちらにお出ししてもかまいませんか?」
おじさんの言葉に思考を中断する祖父母だ。
そして、首を縦に振る。
おじさんも頷いて、魔導武器をとりだした。
全長で三メートルはあろうかという大太刀である。
無駄に大きな太刀ではあるが、それをだしても十分なスペースがあるところが公爵家のサロンの広さだ。
「ほお……これはこれは」
祖父が大太刀を見て、声をだす。
「セブリル……うちのご先祖様はこれを振り回してたのかい?」
「で、あろうなぁ。リーや、ちと持ってみてもかまわんか?」
「もちろんですわ。では、お外に行きましょう」
ぱちんと指を鳴らして、短距離転移を使うおじさんだ。
祖父母と侍女、それに大太刀もあわせて庭へと転移してしまう。
「ふんぬ……こりゃあ身体強化をせんといかんな」
大剣を獲物とするのが祖父である。
その大きさは二メートルほど。
それよりも一メートルは長いのだ。
重さもそれなりにあるのだろう。
身体強化を使って大太刀を構える祖父だ。
と言うか、この大きさの太刀を中段に構えるのはおかしい。
「むぅん!」
振り上げて、振り下ろす。
しかし、祖父の力を持ってしても切っ先を止められなかった。
そのまま地面に切っ先が埋まってしまう。
「ううむ。巧く振れんな」
「大剣とは動きがちがうんじゃないか」
祖母の意見に祖父が頷く。
「それもそうじゃな」
「魔力を通してみたらどうだい? 魔導武器なんだろう?」
「いや、すでに通しておるんじゃが……よくわからん!」
ガハハハと笑う祖父だ。
おじさんは黙考する。
ただ魔力を通すだけでは、魔導武器の本質は発現しない?
ならトリガーワードを使うのだろうか。
肩に担ぐように大太刀を構える祖父だ。
そして、横凪に振るってみる。
やはり切っ先を止めることができない。
遠心力がついて、祖父ほどの力があっても振り回されてしまう。
「初代は使い勝手がいいと書いていましたが……鬼人族にとって? いえ、それならうちのご先祖様の話とは合わない」
ブツブツと呟きながら、おじさんは考える。
「リー。あの魔導武器、分解してみるかい?」
「え?」
祖母の言葉に目を丸くするおじさんだ。
「いいのですか?」
「かまやしないよ。むしろ魔導武器の秘密がわかればウハウハじゃないか」
晴れやかな笑みを見せる祖母だ。
確かにその通りだ。
失われていた技術を復活できるのだから。
分解して解析してみるのが、いちばんいいのかもしれない。
「セブリル! いったんそこまでにしな! 私とリーでその武器を分析してみる」
「むぅ。もう少しでコツが掴めそうなんじゃが」
渋りながらも大太刀を手放す祖父だ。
「なら、わたくしが見た目だけは似たものを作ってさしあげますわ」
宝珠次元庫から素材をとりだすおじさんだ。
パチンと指を鳴らして、錬成魔法を発動させる。
一瞬で見た目は瓜二つの大太刀ができあがった。
おじさんは日本刀シリーズを作った経験がある。
その延長線上にあるものだから、錬成魔法でも作成はたやすい。
「おおう! さすがじゃの、リー!」
と言いつつ、しれっと魔導武器の方を手に取る祖父であった。
「……お祖父様」
「……セブリル」
じとっとした目を二人から向けられて、祖父は頬を掻く。
「おっと。あんまりにもそっくりじゃったから、まちごうてしもうたわい!」
ガハハハと笑ってごまかす祖父であった。
「まぁいいでしょう。お祖母様、実験部屋に行きますの?」
「その方がいいだろうね。リー、悪いけどヴェロニカも呼んできてくれるかい? あれは魔道具の専門家だからね」
「承知しました」
宝珠次元庫に大太刀をしまうおじさんだ。
「では、わたくしはお母様を呼んでまいります」
その場で転移するおじさんであった。
「セブリル、解析が終われば専用の武器を作ってあげるよ」
「ほう! やけに自信があるようじゃの、ハリエット」
その言葉に、ふふと祖母が軽い笑い声をあげた。
「当たり前さね。私ら三人が分析をして結果がでない、なんてことがあると思うのかい?」
うぐ……と言葉に詰まる祖父だ。
それはそうだろう。
カラセベド公爵家の誇る魔法三馬鹿なのだから。
その実力は他の追随を許さない圧倒的な存在だ。
むしろ、この三人で無理なら誰ができるのかという話になる。
「セブリル、私は思うんだけどね」
「なんじゃ」
「リーの動き、あれが参考になるんじゃないか?」
「ん? どういこうとじゃ?」
祖母の言いたいことがわからない祖父である。
「切っ先がとめられない。ならば、動きに逆らわずクルクルと回ってしまってもいいんじゃないかってことさね」
ぽん、と手を打つ祖父だ。
「なるほど。だから円の動きか」
ふむ、とレプリカの大太刀を掴む祖父である。
先ほどと同じく肩に担ぐような構え。
そこから横凪の一閃を振るう。
空気を裂くような鋭い一撃であった。
その一撃を止めることなく、足捌きを使ってくるんと一回転する。
「おお! こういうことか!」
「ま、今まではとはちがう動きになるからね。研鑽は必要だろうが……」
祖母の前で大太刀を振るいながら、クルクルと回る祖父だ。
「カカカ、これは柔の剣じゃのう。ご先祖様もこうしておったんだろ……おろろろろ」
回りすぎである。
目を回して、気分が悪くなったのだ。
「……まったく。いい年をして何をしてるんだか」
思わず天を仰いで、目に手をあてる祖母であった。
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