第720話 おじさん初代トウジロウの遺した石版を読む


 その日、おじさんは自宅でまったりとした時間を過ごしていた。

 ここ数日は色々とあったからだ。

 ちょっとゆっくりしようと考えたのである。

 

 ちなみに父親は王城へと出仕していた。

 昨日までの話を国王と宰相に報告するそうだ。

 

 鬼人族の里も王国の麾下に入り、外にむかって開かれていく。

 そうした変化もおじさんが訪れたことがきっかけであった。

 

「お嬢様」


 側付きの侍女である。

 返事をするも、どこかぼぅっとしているおじさんだ。

 

 今はサロンの中にいる。

 弟妹たちは勉強中だ。

 

 母親も今は自室に戻っている。

 どうにも今日は眠気が強いとのことだ。

 

「どうかしましたか?」


「先ほど学園からの使いがきまして、明日は学園にとのことです。催し物の件で学園長から話があるかとか」


「承知しました」


 そう言えば何日ぶりだろうか。

 あまり日は経っていないと思う、おじさんだ。


 ただ霊山ライグァタムへとむかい、ひょんなことから蛇人族の里に。

 そこで蛇神との邂逅を果たし、蛇人の里の問題を解決した。

 

 鬼人族の里へ行き、闇の大精霊にもあった。

 外なる神とも戦ったし、炎帝龍を転生させもしたのだ。

 

 大活躍である。

 そこでハッと気づくおじさんだ。


「そうですわ! 魔導武器の件がありました」


 霊山ライグァタムに隠されていた魔導武器。

 おじさんからすれば大太刀である。

 

 それを祖父母に見せないといけない。

 あと――あの石版である。

 

 両親がいた手前、よく見ていなかったのだ。

 たしか『な なにをする きさまらー』と書かれてあった。

 日本語・・・で。

 

 今ならば両親もいない。

 であれば、先に石版だけでも見ておくかと思うおじさんだ。

 

 やることが決まれば、身体に力がみなぎってくるのだから不思議である。

 それをワーカホリックと呼ぶのかもしれない。

 

 無言で宝珠次元庫から石版を取り出すおじさんだ。

 

 表側に書かれているのは先ほどの文言のみである。

 ただ裏側にはまだ日本語が彫られていた。

 

『未だ見ぬ一族へ』


 というタイトルだ。

 

『よう、異世界生活を楽しんでいるか? オレは一葉藤治郎いちのは・とうじろう。まぁわかる奴にはわかるだろうが、分家の一葉家出身だ』


 ここまで見て、おじさんはふぅと息を吐いた。

 聖女の一族だとわかったからだ。

 

 聖女の実家は分家の分家。

 分家は枝がつき、分家の分家は葉がつく。

 聖女は七葉恵理花なのは・えりか

 

 トウジロウというのは偽名じゃなかったみたいだ。

 では、あの三日月の兜飾りがついたのも遊びである。

 

『うちの一族の神隠しって、こっちの世界にきてたんだな。まぁ痕跡はあるけど、探しに行くのは面倒くせえ。オレはオレで楽しくやってるから。お前も楽しめよ』


 やっぱりおじさんの予想は当たっていたのかもしれない。

 なぜかこの世界に聖女の一族は喚ばれているのだ。

 ならば魔導武器を作ったストーンロール氏もそうなのかもしれない。


『たぶん……オレよりもマシな生活しているはずだぜ? なんたってオレは鬼人なんだからよ。前世じゃ敵対してたのにな。笑うだろ。まぁこっちの鬼人とあっちの鬼人じゃずいぶんとちがうけど』


 ちょっと待ってほしい。

 前世の世界で、そんなことがあったのかと思うおじさんだ。

 

 そう言えば祓魔の家系だとかなんとか言っていた。

 てっきり霊を祓う方かとおじさんは思っていたのである。

 

 だが、それはちがっていた。

 がっつり系のファンタジーだ。

 

『まぁそんなでも人生楽しめてるぜ。だから、お前も楽しめよ。二回目の人生なんて、なかなか経験できねえからな。まぁこの石版を見てるってことはあれだよな、鬼人の里にも顔を見せたんだろう? もし余裕があったらでいい。あいつらのこと、気にかけてやってくれよ。頼むな』


 あら、意外と素直に思うおじさんだ。

 あの聖女と同じ一族とは思えないほど真面目である。

 

『そうそう。あの大太刀はライグァタムで拾ったもんだ。だから気にせず持っていくといい。使い勝手いいからな。それじゃあな。オレはオレで鬼人としての人生を楽しむわ』


 そこで文章は切れていた。

 最後に一葉藤治郎いちのは・とうじろうと署名が入っている。

 

 遺言みたいなものなのだろうか。

 この書き方だと、たぶん初代トウジロウは会わなかったはずだ。

 転生者と。

 

 恐らくは闇の大精霊と協力して、外なる神を封印し、その後も鬼人族の里のために生きたのだろう。

 

「……この石版は」


 聖女が持っていた方がいいかもしれない。

 そんなことを考えるおじさんであった。

 

「……お嬢様?」


 侍女である。

 おじさんの様子がおかしいのを見て、声をかけたのである。

 

「大丈夫ですわ。ここに書かれていた文字が解析できましたの」


「そうなのですか! さすがです!」


 目を輝かせる侍女である。

 その顔を見て、おじさんは話した。

 

 ただし大事なところはぼかして。

 転生者であること、聖女の一族であることは隠す。

 

「……ということですわ」


「遺言というのも少しちがいますか。まぁでもお嬢様があの魔導武器を正式に所有する理由もできましたわね」


「まぁそれもそうなのですが……」


 歯切れが悪いおじさんだ。

 おじさんとしては、ちょっとの間借りておく予定なのだから。

 

 どうせだから解析して、魔導武器を作れるようになりたいのだ。

 現在ある魔法が付与された武器とはどうちがうのか。

 

 その理屈が知りたい。

 

「サイラカーヤ、お祖父様とお祖母様のもとに使いを。午後から魔導武器の件で話をしたいと」


「承知しました」


 と、サロンの壁際にいた従僕に言いつける侍女であった。

 従僕がタタタッと小気味よい足音を立てて走っていく。

 

 石版を宝珠次元庫にしまうおじさんだ。

 ついでにそのときに模造品も魔法で作っておく。

 

 原板は鬼人族の里に。

 模造品のひとつは聖女に、もうひとつは自分用に。

 

「さて、どうしましょうかね」


 まだ昼までには時間がある。

 パン、と手を叩くおじさんだ。

 

 ちょっと気分転換にコーヒーを淹れようと思い立ったのだ。

 ちょうど今は母親がいない。

 

 なのでデカフェではなく、カフェイン入りのものを、だ。

 

 ぱちん、と指を弾いて魔法で道具を作ってしまうおじさんである。

 せっせと魔法で豆をローストして、昨日と同じくネルドリップでコーヒーを淹れた。

 

 ああ、この香りである。

 ちょっとナッツ系の香ばしさも感じる。

 

 ポットからカップに移して一口。

 

 ほどよい酸味と苦み、まろやかな口当たりと深いコク。

 キリマンジャロとそっくりであった。

 

 ほう、と息を吐くおじさんだ。

 

「皆も飲んでみなさいな。とっても美味しいですわよ。ただ最初はお砂糖かミルクを入れた方がいいでしょう」


「お嬢様はなにも入れてませんよね?」


 侍女に対して頷いて見せるおじさんだ。

 

「まぁわたくしはこういう味も苦手ではないですから」


 おじさんは基本的にブラック派だ。

 たまにミルクを入れることがあるくらい。

 

 この場には側付きの侍女以外にも、数人の使用人たちがいる。

 

 ひとりひとりに手ずから注いでやるおじさんだ。

 侍女たちは、ほわぁとなっている。

 

 こういうご褒美があるのも、おじさんちならではかもしれない。

 

「お茶請けはなにかありましたか?」


「はい! ご用意してあります!」


 侍女の一人が宝珠次元庫からバスケットをだす。

 そこには一口サイズのタルトと甘味系のパイが入っていた。

 

「いいですわね。今日はここの皆でお茶にしましょう」


 コーヒーだけど。

 と、心中でツッコむおじさんであった。

 

「……お嬢様、この飲み物は苦いですわ」


 側付きの侍女だ。

 おじさんの真似をしたのだろう。

 盛大に顔をしかめている。

 

「だから言ったでしょうに。お砂糖かミルクを入れなさいな」


 今度はおじさんの言うとおりに、両方入れる侍女だ。

 お砂糖はたっぷり。

 

「ほわぁ。これはいいですわね。昨日いただいたのとは別物ですわ」


「でしょう。本来はこの味と香りを楽しむものなのです」


 おじさんもにっこりである。

 デカフェはコーヒーではない。

 あれはコーヒーに似た別の飲み物だとおじさんは思っている。

 

 ただし昨日飲んだものは悪くなかった。

 久しぶりに飲んだコーヒー風の飲み物は、予想を超えていたと言える。

 

 だが前世では当たりだと思うデカフェはなかったのだ。

 それはそれで仕方がない。


「そういえばお嬢様、先日聞いた笑い話があるのですが」


 侍女の一人が言う。

 最初は緊張していたけれど、少し落ち着いてきたのだろう。

 わいわいと話をする流れで、口を開いたのだ。

 

「聞かせてくれますか?」


 はい、といい返事を返す侍女である。

 

「私、王都の出身ですので、先日のお休みの日に実家に顔を見せに行ったのですわ」


「ご家族は息災でしたか?」


「はい! おかげさまで元気にしておりました。そのときに母親から聞いた話なのですが」


 と、侍女は語った。


 その侍女の妹は卒業後、学園で働いているそうだ。

 今は二年生を担当する講師の補助をしているとのことである。

 で、最近になって生徒の間で流行っている言葉があるとのことだ。

 

 それは、せやかてくどー。

 

 不思議な言葉だなと思って、生徒に聞いてみたのだ。

 すると、先生しらないの、と。

 女のさしすせそのひとつなのよ、と言われたのだ。

 

 侍女の妹は女のさしすせそを知っている。

 ただ、そこにせやかてくどーという言葉はないのだ。

 

 で、聞いてみると、せにあたる言葉らしい。

 それは古代言語のひとつだと。

 

 もうこの辺りから、侍女たちの間でクスクスと笑いが漏れている。

 他の皆は知っているのだ。

 女のさしすせそがなにかを。

 

 おじさんは……笑い話どころではない。

 思わず、頬がピクピクと動いてしまう。

 

 だって、せやかてくどーはおじさん発なのだから。

 

「で、妹は生徒にこう言ったそうですわ。私の知っている女のさしすせそとはちがうわね、と」


 ふんふん、と側付きの侍女は興味津々である。

 きっと彼女は女のさしすせそを知らないのだ。

 

「さすがです、しらなかったですわ、すごいです、そうなのです、と他の四つは同じだったのですが……」


 そこでためる侍女だ。

 またクスクスと笑いが漏れた。

 

「せはセンスがありますわね、でしょう?」


 どかん、と大爆笑である。

 おじさんと側付きの侍女以外。

 

 ちなみに側付きの侍女は、なるほど、と頷いている。

 

「あら? 面白くありませんでしたか?」


 侍女に聞かれて、おじさんは言った。

 

「せやかてくどー」


 侍女たちはまたもや笑うのであった。

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