第718話 おじさんは硫黄泉の効能を確かめる
「あ゛あ゛~」
乳白色の湯につかると声がでてしまうおじさんである。
超絶美少女だけど仕方ないのだ。
おじさんの隣では母親も同じような声をだしていた。
父親もである。
常に
「このお湯の臭いは癖があるわね」
母親が乳白色のお湯を手ですくって言う。
「そうですわね。ちょっと臭いますが、肌にはいいのですわ」
「ほおん」
詳しくという目線を送る母親だ。
「お肌をきれいにしたり、血の巡りをよくしたり、あとは抗菌作用があったりしますわね」
「人によっては合わないということもありますが……」
まぁこの面子なら問題なさそうだと思うおじさんである。
「あと、あまり長風呂はしない方がいいかもしれませんわ。肌への浸透効果が高いので、湯あたりすることもありますので」
「……なるほどね」
「あ……そういえば」
おじさんが湯船の中心へと移動する。
そこには転移陣があるのだが、お湯と一緒に泥も移動してきていた。
「お母様、この泥なのですが温泉の成分がしみこんでいますの」
なので、とおじさんは自分の腕に泥を塗る。
「こうして泥を塗って乾燥させるまで待つと、お肌がきれいになりますのよ」
「なんですと! お嬢様! そのお話を詳しく!」
声をあげたのは侍女長であった。
その隣で侍女も興味深そうにしている。
「詳しくもなにも先ほど言ったとおりですわよ。まぁ腕に塗って問題がないようでしたら、お顔に塗ってみてもいいと思いますわ」
泥パックである。
おじさんを含めた女性陣が盛り上がり始めた。
それを見た父親は気配を消して湯船を出る。
このまま近くに居てもいいことはなさそうだからだ。
霊山ライグァタムの景観を見ることができるテラス席に移動する。
そこは足湯が使えるようになっている場所だ。
ぽかぽか、じんわりと温まってくるのがいい感じである。
水虫はもう治ったけど、足湯にははまっているのだ。
『きゅいきゅい』
と炎帝龍が父親のそばにやってくる。
おじさんを取られてしまったから相手をしてほしいのだろう。
天空龍とならぶ八大龍王が炎帝龍だ。
おとぎ話の中の存在だと思っていた父親である。
だが天空龍もいたのだから、炎帝龍がいてもおかしくない。
まぁ娘を母親だと思っているのはおかしいけれど。
おじさんのやることだ。
それもまた当然かと父親は思っている。
なにせ天空龍には求婚までされたのだから。
「ウラエウスはあんな風に育ってくれるなよ」
心からの言葉であった。
『きゅきゅい!』
顎の下をなでられながら、炎帝龍が父親に身体を寄せる。
人懐っこいのだ。
「スラン!」
母親である。
声がかかったので、そちらを見た。
瞬間、父親はぶふーと吹きだしてしまう。
だって、おじさんも母親も侍女も侍女長も。
顔に泥を塗って、よくわからないことになっていたのだから。
「な、なんだい? ぷくく」
泥パック四人衆を見て、笑いがとまらない父親である。
さもありなんと思うおじさんだ。
父親の気持ちはよくわかる。
「……久々にキレたわ。ちょっとオモテに行きましょうか!」
『ピャアア』
炎帝龍が驚いて、おじさんのところに避難してくる。
「いや、ちょっと待って。それはズルい。これは罠みたいなものじゃないか」
「誰が罠ですって?」
泥パックのまますごむ母親である。
「いや、そうじゃなくて! そうじゃなくて!」
脱兎のごとく逃げる父親だ。
テラス席なのだから、このまま外に逃げられる。
そう判断したのだ。
とう、と勢いよくジャンプして柵を跳び越える。
「あ、お父様、そっちは」
おじさんの声がむなしく響く。
だって、そこは透明だけども壁があるのだから。
幻の金属イシルディン製の壁が。
「ぶはぁあ!」
ビターンと壁にぶつかる父親である。
そのままずるりとテラス席に落ちた。
「んーどういうこと?」
母親も理解できなかったので、おじさんに聞く。
「ええと……あの柵のむこうは崖になっていて危ないのでイシルディンを使って壁を作っておいたのですわ」
完全に目を回している父親であった。
「ああ……あの見えない金属」
にやりと笑う母親だ。
「ふん。ちょっとお昼からの予定を聞きたかっただけなのに」
「治癒魔法をかけておきますわ」
と、魔法を発動させるおじさんであった。
適当なところで切り上げて、おじさんたちは温泉施設をでた。
ここは公爵家専用である。
いずれは国王たちも利用するだろうが。
王国の重鎮たちといきなり湯につかるのも気を遣うだろう。
そう考えて、おじさんは鬼人族用の浴場は別に作ったのである。
温泉施設をでたおじさんたち。
その耳に届いてきたのは、例のアレである。
「どんたろすったらどんたろす! どんたろすったらどんたろす!」
聞けば、鬼人族の里では湯につかる習慣はなかったそうだ。
初代は転生者で確定である。
ならば風呂のひとつやふたつはありそうだと思った。
ただ、ネックになったのは水と燃料である。
特に水の問題が大きい。
雨水をためるような施設まで里には作っているのだから。
湯を沸かして風呂とするには、さすがにちょっと厳しかったのだ。
ただトラジロウはサウナを作っていた。
これならば水と燃料について、さほど心配する必要がない。
なので鬼人族の里では風呂と言えば、サウナのことを指す。
オリツ以外は。
恐らくはトラジロウだって、温泉地は見つけていたはずである。
ただあのガスの濃度で諦めざるを得なかったのだ。
他にも鬼人族の里とは距離があるのも大きな要因になるだろう。
いかに、おじさんが規格外であるかという話だ。
「さて、昼食でも作りますか?」
おじさんが振り返る。
妙につやつやになった顔の母親と侍女、侍女長だ。
にんまりといった顔である。
もちろん、そんなことを思うおじさんの顔もつやつやだ。
「お嬢様、こちらの湯にも転移陣を?」
「すでに設置済みです。あちらにはトリちゃんとバベルがいますので、先ほどつなげたという連絡がありました」
いいぃいいいいやっっふうううううう!
侍女と侍女長がハイタッチをして喜ぶ。
よほどうれしいのだろう。
おじさんがタルタラッカに作った温泉地もあるのに。
「まぁ色々と選べるのはいいことですわね」
ニコリと微笑むおじさんであった。
おじさんの腕に巻きついている炎帝龍は寝ているようだ。
「お嬢様、本日の昼食なのですが嘘つきトカゲのお肉を使うのはどうでしょう?」
侍女からの提案である。
嘘つきトカゲ。
は虫類の肉はたんぱくだと聞く。
そう言えば、先ほどたくさんのトカゲ肉を手に入れたばかりだ。
ならば、それでいいか。
ああ、この近くでも嘘つきトカゲはよくでてくるのかもしれない。
「では、からっと揚げてしまいましょう!」
おじさんの中では唐揚げにすると決まったのだ。
一方で、公爵家用の浴場で湯船から水柱が立った。
それも七本。
その一本からにゅうと顔をだしたのが
「リーちゃああああん! お姉ちゃんですよう!」
勢いよくでてきたまではよかった。
だが、浴場には誰もいない。
シーンとしている。
「どぼちていないのううううううう!」
涙を落としながら悔しがる
「ユトゥルナ、リーはいないのかな?」
「見たらわかるでしょうが!」
こちらは
二人しておじさんに会いにきたのだ。
だが、空振りだったようである。
「わ、私はお姉ちゃんだぞう!」
「うっさい!」
ギャアギャアともめ始める二人の上級精霊であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます