第714話 おじさん不在のレルタパウで動くものたち


 レルタパウは王領の西部地域と中央地域をつなぐ交易都市だ。

 水運だけではなく、陸運の拠点ともなっている。

 王領に、いや王国にとってはなくてはならない都市のひとつだ。

 

 西部地域の基幹都市だとも言えるだろう。

 

 交易都市というだけあって、ものすごく賑やかだ。

 イトパルサも賑やかな都市である。

 だが、その規模がちがう。

 

 人の多さも、扱うものも、だ。

 

 そんなレルタパウの中をマディは歩いていた。

 後ろには暗黒三兄弟ジョガーたちを連れて。

 

 暗黒三兄弟ジョガーたちは完全にお上りさんである。

 イトパルサにきたときもそうだったが、今回はさらに圧倒されていた。

 

 ただし彼らは特殊な天与持ちである。

 それを使って気配を限りなく薄くしていた。

 

 姿を完全に隠せるほどの天与ではない。

 が、他人が目にしても気にならないといった程度には力が及ぶのだ。

 

 そうでなければ、初代ポカパマズと似たスタイルのオールテガは通報されているところだろう。

 

 オールテガだけではない。

 ガイーアやマアッシュだって、かなりパンチの効いた見た目なのだから。

 

「姐さん、姐さん」


 ガイーアが気になって声をかける。

 天与の素晴らしいところは話しても問題ないところだ。

 この辺りは姿隠しよりも優れている。

 

「なによ?」

 

「本当にこんなでっかい町のことを知ってるんですかい?」


「ばっか、あんた。私を誰だと思ってるのよ」


 マディは何度かレルタパウを訪れたことがある。

 初めて訪れたのは、王都の学園に通うためだ。

 

 マディは小身の貴族家出身である。

 一般的に地方の小身貴族は、己が属する公爵家領の学園へと進学するものだ。

 

 しかし、マディはその豊かな才能を幼少期から発揮していた。

 結果、寄親である伯爵家の援助を得て、王都学院へ進学ができたのである。

 

 そのためレルタパウには何度か足を運んだことがあるのだ。

 また、イトパルサの商業組合長時代にも、打ち合わせで訪れたことがある。

 

 なのでレルタパウのことは意外と知っているのだ。

 

「ま、とりあえず付いてきなさいな。まずは宿を確保するわ。その前に食事がいいかしら」


 と、言いながらふらりとするマディだ。

 数日の間、船に乗っていた感覚がまだ抜けないのである。

 

「おっと。大丈夫ですかい」


 ガイーアがフォローした。

 

「ええ、大丈夫。ありがとう」


「姐さん、でも本当に俺らみたいなのが宿に泊まれるんですかい?」


 ガイーアの心配はそこだった。

 彼らが三人で移動するときは、いつだって野宿だ。

 町の中に入っても最小限の買い物だけしかしない。

 

 基本的にはイトパルサでの滞在のように人目につかない暗がりで暮らす。

 

「問題ないわ。以前にも利用したのだけど、そこは貴族向けの宿でね。ちょっと高くつくけど、家を一軒まるごと借りることができるのよ」


「ほう……部屋じゃないんですね」


 マディが言うのは、いわゆるバンガロータイプの宿泊施設だ。

 集合住宅のようなホテルではない。


「あなたたちのお陰で船代が節約できたからね。それに……あなたたちだけ野宿なさいなんて、私には言えないわ」


 マディの言葉に思わず、瞳を潤わせる暗黒三兄弟ジョガーたちだ。

 心の広い、いいリーダーだ、と。

 

「あ、船代といやぁ姐さん。さっき船長が別れ際に言ってたんですがね。遠回りになりやすが、アルテ・ラテンまで行く船なら紹介してやるって。同じ条件で船代がタダに……」


「受けるに決まってるじゃないの! ちゃんと船長にはお礼を言っておくのよ!」


 即答するマディであった。

 本来ならレルタパウからなら、陸路で三日ほど移動して、そこからまた船と陸路で王都を目指すのである。

 

 アルテ・ラテンまで行くと遠回りになる。

 が、陸路は最低限ですむ。

 

 アルテ・ラテンからはハムマケロスへ。

 ハムマケロスから王都までは陸路で二・三日といったところだ。

 

 ちなみにアルテ・ラテンは赤髪の女傑であるフレメアの領地である。

 ハムマケロスは王領だ。

 おじさんの飛頭蛮伝説が残る地である。

 

 つまり、おじさんたちと同じ道筋をたどることになるのだ。

 

 どちらかと言えば、マディは船旅の方が楽だと思っている。

 陸路は歩くのが大変なのだ。

 だから、文字通り船長の提案は渡りに船であったのである。

 

 どうせ急ぐ旅ではない。

 船代もタダになると言うのなら、遠回りも気にならないのだ。

 

「ガイーアは船長のところに戻って受けるって伝えてきなさいな。他の奴らにとられるんじゃないわよ! マアッシュの精霊獣を連れて行きなさいな。そうしたら後から追いついてこれるでしょ」


「ガッテン! 行ってきやす!」


『きゅきゅきゅー』


 ガイーアが精霊獣を連れて、小走りできた道を戻っていく。

 

「じゃあ、行くわよ。もうすぐだから」


 ガイーアの背を見送って、マディたちは町の中を進んで行く。

 しばらく行って、何度か利用した宿を訪ねた。

 

「お久しぶりね、女将さん」


「あら、珍しいお客さんじゃない」


 などと挨拶代わりの世間話をするマディだ。

 しばらくして本題に入る。

 

「いつものところをお借りしたいんだけど」


「ちょっと待ってね。確認するから」


 と宿帳らしきものをペラペラとめくる女将さんだ。

 

「うん。ちょうど最後の一軒が空いてるわ。いつものところよりも少し狭いけど大丈夫かしら」


「問題ないわ」


 懐から宿代の入った小袋をだすマディだ。

 船代を節約できたのだから、このくらいは安いものである。

 

「とりあえず三日分ね。ひょっとしたら短くなるかもしれないけど」


「そのときは言ってちょうだい。食事はどうするの?」


「屋台で」


「うん。じゃあ、これが鍵。初めての場所だから案内するわね」


 流れるような会話で宿が決まったマディたちであった。

 女将さんと話した宿から徒歩五分ほどの場所に、一軒屋がある。

 こぢんまりとしているが、十分立派な家だ。

 

「はい、ここね。必要なものは一通りそろっているけど、足りなかったら言ってちょうだいな」


 礼を言ってわかれるマディたちだ。

 

 イトパルサの裏路地の奥にある拠点よりも数段立派な家である。

 久しぶりにゆっくりと寝れる。

 マディは寝台にダイブするのであった。

 

「ってことなんすよ」


 一軒家の中でリラックスするマディたちだ。

 ガイーアが軽食を食べながら報告している。

 

 軽食は屋台でマディが買ってきたものだ。

 ガイーアの帰りが遅かったためである。

 

「なるほど。アルテ・ラテンまでの船が出立するのが七日後か。顔見せもしてきたってことは、かなり暇ができるわね」


 焼いた肉にかぶりつくガイーアだ。

 指についた肉汁をペロリと舐める。

 そして安酒エールをグビリといってから口を開く。


「どうせなら冒険者組合にも顔をだしやす? 短期依頼を受けておくのも悪くねえと思いやすぜ」


「討伐依頼なら土地勘がなくても大丈夫かもしれないわね。まぁその辺りはあなたたちに任せるわ」


 マディはきっぱりと諦めたのだ。

 冒険者になることは。

 

 あの若い冒険者たちからの視線が忘れられない。

 居たたまれない気持ちになるのは、二度と御免である。


「明日にでも顔を見せてきやすよ」


「わかったわ。私はちょっと別行動をとらせてもらうわね」


「なにかあるんですかい?」


「ちょっと昔の知り合いのところにね」


「なるほど……じゃあ基本的に姐さんがここの鍵を管理してくだせえ」


 大きく頷くマディであった。

 さすがに疲れがでたのだろうか。

 マディたちは打ち合わせを終えると、素直に寝たのであった。

 

 明けて翌日のことである。

 

 昨日の屋台の残りで、一人朝食を済ませたマディだ。

 時刻は昼前といったところだろう。

 

 かなり眠っていたことになる。

 すでに暗黒三兄弟ジョガーたちは冒険者組合へと足を運んだらしい。

 

 レルタパウの道具街を進む。

 そこに小さな看板を掲げた店があった。

『妖精の涙』と書かれた魔導具店だ。


 その看板を見て、思わず舌打ちをするマディである。

 なにが涙だ、と。

 あの迷惑千万な妖精女王を思い出したのである。

 

 コンコンとドアを叩く。

 はーいと声がして、ドアが開いた。

 

「あらら、マディじゃない」


「久しぶりね、ヨランダ」


 王立学園時代の同期である。

 その同期の足に小さな女の子がしがみついていた。

 

「ママぁ、このおばさん、だあれ?」


「誰がおばさんじゃごるぁ!」


 びええええん、と女の子の鳴き声が響く。

 子ども相手にも容赦のないマディなのであった。

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