第713話 おじさん不在のイトパルサから出発する者たち
マディたちは今、船上の人になっていた。
目的はもちろん真実の主に会うためである。
そう――おじさんのことだ。
正直に言えば、だ。
すでにイトパルサを出発した今でも、マディは気乗りしない。
というか、むしろ行きたくない。
ただ約束をしてしまった以上は、いかねばならない。
元はと言えば、ガイーアたちが冒険者としての仕事中に立ち寄った村で、ちょっとした仏心をだしたのが原因である。
結果、巨大な精霊獣と約束するハメになったのだ。
真実の主と引き合わせる、と。
その約束を信じて、精霊獣は引き上げていった。
今ではあの小さな漁村も魚が戻ってきているとの話である。
これで約束を破ったらどうなるのか。
そんなことは考えたくもない。
なので、このところ旅費稼ぎにいそしんでいたのである。
なんだかんだでイトパルサから王都に移動するまでは時間がかかる。
王国西部を横断するリ・エーダ川の河口に位置するのがイトパルサだ。
まずは船に乗って、とにかく東へ。
そこから中継地を経て、船を乗り換える。
まぁ色々と大変なのだ。
ただ僥倖だとも言えることがひとつだけあった。
ガイーアたちが冒険者になるきっかけをくれたコルリンダというエルフ。
ちょうどイトパルサに戻ってきたのである。
そこで偶然なのだが、マディたちは再会したのだ。
場を移して王都での出来事を聞くことができた。
その席でガイーアが思い切って聞いたのだ。
どうしてもカラセベド公爵家に行く用ができた、と。
できたら紹介してほしいというものである。
「詳しく話してみなさい」
コルリンダは面倒見がいいのかもしれない。
ガイーアたちの話を聞いて、一筆書いてくれたのである。
この手紙を王都のタウンハウスで、クロリンダに渡せと言うのだ。
どうやらコルリンダの妹だそうである。
この妹が今、おじさんに近い位置にいるとのことだ。
まぁそれは渡りに船であった。
もともと商業組合からの依頼で、おじさんちとは繋がりがあったコルリンダである。
だからダメ元でガイーアも聞いたのだ。
それが予想以上に話がうまく進んでしまった。
ここまでされたからには、もう四の五の言っていられない。
旅費を貯めた
「姐さん、そろそろ機嫌を直しちゃくれやせんかね?」
ギシギシと揺れる貨物船である。
これもガイーアたちの伝手で乗せてもらった。
魔物がでたときは討伐に協力するという条件付きの乗船だ。
本来は人を乗せて運ぶための船ではないので、船室も広くはない。
だが――旅費はかなりの節約になったのである。
「ふぅ……気軽に言ってくれるわね」
マディはおじさんに会いたくない。
だって、トラウマになっているのだから。
時間が空いた今だからこそ、少しは冷静になって振り返ることができる。
あのときは――嫉妬していたのだと思う。
小娘と侮っていたのに、本当は自分よりも遙か上の器量をもっていた。
そのことに嫉妬したのだ。
結果、冷静に物事を見ることができなくなった。
自分の物差しで図るな、とはおじさんの母親に言われたことである。
確かにそうだ。
その言は間違っていない。
だからこそ――どんな顔をして会えばいいというのだ。
しかも、今回は精霊獣と会ってくれというお願いをしなくてはならない。
また、マディの杞憂は別のところにもあった。
それは自分一人で公爵家邸へと訪ねなければいけないことだ。
さすがに公爵家邸に顔をだすには憚られるのだ。
まぁ世の中には勢いだけで訪れてしまう、冒険者見習いもいるのだが。
おじさんだから会ってもらえただけである。
本来の身分を考えるなら、門前払いされてもおかしくない。
もちろん、そんなことはマディの想像の埒外でもあった。
マディとて本来であれば、声をかけるのも恐れ多いという立場である。
商業組合長という身分、あるいは下級では貴族令嬢としての身分があれば、まだマシだっただろうけど。
ただ――コルリンダというエルフによって、ほぼ間違いなく会うためのアイテムを入手してしまった。
もう何度目かになるかわからないため息を吐く。
そして、マディは立ち上がった。
「気分でも変えましょう。甲板に行くわ」
「お供しやす」
マディの後ろに続く、
四人が甲板にあがると、灰色の空が広がっていた。
あまり天気はよくない。
吹きすさぶ風が肌寒い。
ばたつく髪の毛を手で押さえながら、マディが言う。
「今日の夕食はなんだったかしら?」
「また魚なのは間違いねえでしょうよ」
おじさんたちの船旅なら、そんなことはない。
が、マディたちはお客さんというよりも、一時雇いの冒険者だ。
そのため食料はだいたい運行の途中で釣れた魚になる。
他の食料も積んではいるが、さすがに毎食というわけにはいかないのだ。
「まぁもうしばらくの辛抱でさぁ。中継地点のレルタパウまで行けば陸にもあがれやすしね。それに交易都市だけあって、色々と食べられるでしょうよ」
それもそうね、と納得するマディであった。
「ここに居たのか、ガイーア」
声をかけてきたのは船長である。
口ひげを生やした屈強な男だ。
この商船に雇われているが、専属なので経験も豊富。
ガイーアとは賭場で知り合ったのだ。
「おう、船長。すまねえな」
「悪いが、また頼めるか。今年は河を上がってくる魔物が多いからか、中型の魔物も増えていてな」
「そりゃあしょうがねえ」
ボリボリと頭を掻いて、ガイーアが笑みを浮かべた。
なんだかんだで冒険者稼業も性に合っているのだろう。
マディが船上から魔法を撃ちこむ。
氷弾やら土弾が多い。
火は万が一の延焼が怖いので使わないのだ。
小男のマアッシュが自身の精霊獣を使って、水面を歩ける魔法をかける。
ガイーアとオールテガの二人が近接担当だ。
さほど時間もかからずに、中型の魔物を倒す
その鮮やかな手際に船長も思わず拍手をするのであった。
船上に戻ってきたガイーアに船長が告げる。
「最近、船乗りの間で噂になっているウナギを知ってるか?」
「いや……しらねえ。ってかウナギ? あんな泥臭いやつを食べるのか?」
「ばっか、おまえ。そりゃあもう過ぎた話だぜ」
聞き耳を立てていたマディが口を開いた。
「ウナギと言えば王都の方面だと甘辛い味付けで食べることがあるわね」
ああ、と船長も頷く。
「嬢ちゃんが言ってるのはあれだろ、昔ながらのってやつだ。それならオレっちも知ってる。何度か食いもしたしな。それがよ、オレっちが言ってるのはまたちげえんだよ」
ほおん、と思わず興味を抱くマディだ。
「なんでもカラセベド公爵家様の絡みって話だけどな」
その名を聞いて、表情を引きつらせるマディだ。
「へぇ……それって美味えのかい?」
「めちゃくちゃ美味いって評判だぜ。何でも王都方面じゃウナギが足りないなんて話もでてるそうだ。レルタパウなら情報くらいあるかもしれねえけど、おまえら王都に行くんだろ?」
船長に言葉にマディたちは頷いた。
「じゃあ、情報集めてきてくれよ。だったら帰りもタダで乗せてやるぜ。魔物退治はしてもらうがな」
ガハハハと豪快に笑って去って行く船長だ。
「ううーウナギか」
マディも王都で何度か食べたことがある。
そこらの川魚の料理よりはお高かった思い出があった。
でも味は値段以上の価値があったと思う。
「思い出したら食べたくなってきたわ」
じろりとマアッシュを見るマディだ。
「マアッシュ。精霊獣に言ってウナギをとってきてもらえない?」
首をかしげるマアッシュだ。
その後でガイーアの耳元でささやく。
「いちおう頼んでみるってよ、姐さん」
ガイーアの言葉に満足そうに頷くマディであった。
しばらくして、ガイーアの元に走ってくるマアッシュだ。
耳元でこそこそとつぶやく。
「あー姐さん、精霊獣が断ってきたそうだ」
「なんでよ! クソ。あの精霊獣のせいで王都まで行くハメになったんだからね! ちょっとは奉仕の心ってものがあってもいいんじゃないの!」
そんなことを叫ぶマディは、まったく気づいていなかった。
自分の背後から忍び寄る精霊獣に。
がぶり、と精霊獣がマディのふくらはぎにかみつく。
「あぎゃああああああ!」
「え? なに? 弾力がなくて古い鶏の肉みたいだ?」
マアッシュから精霊獣の言葉を通訳するガイーアだ。
「誰が古い鶏よ! 殺すわよ!」
精霊獣の言葉はマディにとってはいろんな意味で痛かったようである。
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