第712話 おじさん闇の大精霊の件を落着させる
一段落ついたおじさんたちである。
光の大精霊であるアウローラは泣いて、嗚咽を漏らしていた。
が、ミヅハが気にするなと軽く笑う。
なぜ、アウローラがそんなことになっているのか。
おじさんはまったく想像の埒外であった。
『バベル、そちらはどうですか? 問題はありませんでしたか?』
ということで先に確認である。
『ハッ。問題はありません。蛇人族の里でも問題はなかったようです』
『ならばけっこうです。今から戻りますので』
『承知しました』
短い会話を終えて、おじさんは大精霊たちを見た。
アウローラ以外はあの果実を食べている。
「さて、お姉様方。わたくしは鬼人族の里に戻りますわ」
「なら、ヘカテイアを連れて行くといい」
ミヅハが端的に答える。
ヴァーユも同意のようだ。
「こちらの果実はアウローラお姉様の分ですわ」
と、ミヅハに果実を渡しておくおじさんだ。
「では、行きましょうか」
「リーちゃん、今回の件はお母様も喜んでおられると思うわ。いつも、ごめんね。ありがとう」
ヴァーユがおじさんをハグする。
あんまり褒められると、面はゆくなるおじさんだ。
「さぁ凱旋ですわ!」
闇の大精霊と炎帝龍ウラエウスを連れて帰るおじさんであった。
「おい、アウローラ。もうリーは行ったぞ」
ミヅハがアウローラに声をかける。
彼女は嗚咽をあげるのと、泣くのをピタリとやめた。
「まったく。リーにちゃんに会わせる顔がないからと嘘泣きまでして」
ヴァーユが苦笑を漏らしながら言う。
そんなヴァーユにむけて頬を膨らませるアウローラであった。
「トカリの実だ。リーが熟成させたものだから美味いぞ」
おじさんから預かっていた実をひとつ、ひょいと投げ渡すミヅハだ。
受け取って、すぐにかぶりつくアウローラ。
「……心づかいが泣けるわね」
ヴァーユの言葉に頷くミヅハであった。
「おいしーーーーい!」
と、大声をあげるアウローラであった。
一方で鬼人族の里である。
皆はまだ集会所に避難したままであった。
先ほどから断続的に地震が続いていた。
それがピタリと止まったからとて、安心できるはずもない。
地震なんて、里長ですらとんと経験がないものだから。
そこへおじさんが転移してきた。
姿を消しているバベルのもとに逆召喚でとんできたのだ。
隣には闇の大精霊。
そして、おじさんの腕に巻きついている龍。
鬼人族たちは闇の大精霊を見た瞬間に片膝をついた。
「オハル。永らく世話になりましたね」
「もったいないお言葉です」
「問題はすべて解決いたしました。我が妹のおかげで」
と、おじさんを見る闇の大精霊であるヘカテイアだ。
「初代トウジロウから続いた封印。その元凶は取り払われました。あなたたちも永の使命ご苦労様でした。これからは自由に生きるといいわ」
闇の大精霊がニコリと微笑む。
「お恐れながら大精霊様」
里長が声をかけた。
「なにかしら?」
「我らも御子様のご家族の助力を得て、これからは外での生活も考えておりました。ただ、我らは急に変わることはできませぬ。ですので、しばらくは変わらぬ生活を続けたいのです」
ふむ、と里長の話を聞いて、闇の大精霊は頷いた。
「これは誤解をさせてしまいましたか。私はべつに出て行けと言っているわけではありません。初代から続く使命はもう終わったと言いたいのです。ですから使命にとらわれることなく生きてほしいのですよ」
それと、と闇の大精霊は続ける。
「これから私のことはヘカテイアと」
ハハッと頭を下げる鬼人族たちであった。
「オハル。明日にでもまた闇の間にきてちょうだい」
「畏まりました」
「では、鬼人族たちの永らくの献身に対して、礼を。ありがとう」
そう言って姿を消すヘカテイアであった。
ただ、おじさんにだけは念話が聞こえる。
『私の妹、リー。あなたにも後日、お礼の品を』
『お気になさらず。わたくしはできることをしただけですから』
『ミヅハたちにも聞いて、贈り物を決めるわ』
と、ヘカテイアの気配が消えた。
さて、とおじさんはぐるりと周囲を見る。
「里長、そういうことですので心配はいりませんわ。恐らくは異変が起こることもないでしょう。ま、なにかあれば、わたくしに相談してくださいな」
「承知しました。御子様のご尽力に感謝を」
感謝を、と鬼人族たちが続いた。
「あ、それとですね。ヘカテイアお姉様からも許可をいただいたのですが、初代様の使っていた魔導武器。少しの間、お借りしてもよろしいですか?」
「初代様の武器? ああ……御子様のお好きになさるがいいのですじゃ」
「そうなのです?」
おじさんの言葉に大きく頷く里長である。
「そも山頂にある洞窟の奥なぞと言われても、ワシらにはどうにもできんのですじゃ。模造品とはいえ、我が家に伝わる武具があるので、そちらは御子様がお好きになさってくだされ」
いいのか、という意味をこめて、おじさんは他の鬼人族たちを見る。
全員が頷いているのを見て納得した。
必要かどうかは家族と相談だ。
「では、わたくしも今日のところは戻りますわね。明日、またお邪魔しますので」
そう告げて、おじさんはまたもや逆転移で帰るのであった。
「ただいま戻りましたわ」
王都の公爵家邸である。
サロンに転移したおじさんが頭を下げた。
両親がそろってくつろいでいる。
「おかえりなさい、リーちゃん」
近くにいた母親がおじさんをハグする。
「あら? その子は?」
「お父様、お母様、聞いてくださいな! この子はわたくしの子です!」
「なんだってええええええええ!」
大声をあげたのは父親である。
おじさんの言い方よ。
「お父様、お静かに。ウラエウスが起きてしまいますわ」
「う、ウラエウス……名前までつけてるのか」
母親はそんな父親を見て苦笑いである。
「話を聞かせてちょうだい」
その日の遅くまで、おじさんは両親に面白おかしく話をするのであった。
そして――おじさんの使い魔たちは集まっていた。
『……ということがあったわけだな』
外なる神々についての情報交換である。
「なるほど。ということはでおじゃる。筆頭殿は他にも外なる神々が姿を隠している可能性もある、と」
バベルがまとめる。
『うむ。そのとおりよ。今の主であれば敵ではないのだ。ただ、こちらの大精霊や神獣などを彼奴らが狙っているのも事実』
「では……我らも注意を払っておかねばなりませぬな」
ランニコールだ。
「外なる神々ねぇ……大主様に仇をなすなら潰すしかないわね」
ランニコールの妻カーネリアンが好戦的な笑みを見せる。
「というか、だ。こちらから殲滅しに行くのはどうだろう? そうすれば主殿に迷惑はかからない」
もっと好戦的なのが、バベルの妻リリートゥであった。
「それ、素敵!」
カーネリアンとリリートゥがハイタッチしている。
その姿を見て、頭を抱えるバベルとランニコールだ。
『待て待て。カーネリアンにリリートゥ。そなたらは主に任された仕事があるだろうに』
蛇人族の里のことだ。
「私ができることは見守ることだけ」
胸を張ってカーネリアンが答えた。
同じく! とリリートゥが大きく首肯する。
『だからと言って、外なる神々を滅ぼしにいくなど論外だ』
「あ゛あ゛ん!? 日和ってんじゃねえぞ!」
もはやヤンキーと化す二人である。
『馬鹿者どもめ! 主がそのようなことは望まんと言っておるのだ』
「だったら、こっちは待ってるだけかよ!」
リリートゥが叫んだ。
『他にも外なる神々がいるとは決まっておらんからな』
「クッ……面倒くせえ!」
その一言にバベルがキレた。
「リリートゥ。それは主殿の方針に否ということでおじゃるか?」
「う……あ、いや。そういうわけじゃ」
「まだ理解しておらんなんだのか。なら、麻呂が少し躾ける必要があるでおじゃるな!」
「あ゛あ゛ん!?」
バチバチと火花を飛ばす二人である。
深い息を吐きながら、トリスメギストスは残る魔神たちを見た。
『おまえたちは……』
と、声をかけようとして詰まる。
ランニコールとカーネリアンの二人も戦闘態勢に入っていたからだ。
おじさんの配下である太古の魔神たち。
どうにも血の気が多いようである。
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