第709話 おじさんと外なる神との戦いは決着する


 歪な球体の表面に無数の触手が生えた外なる神。

 妖麗なる怨霊神ヴ=トである。

 

 形は果物のランブータンに近い。

 触手がウネウネと動いているが。

 

 その触手に取り囲まれてしまったおじさんである。

 だが、触手の壁から光が漏れていた。

 

 取りも直さず、おじさんが無事である証拠だ。

 

「いいいえやああああ!」


 おじさんの声とともに光が拡散する。

 同時に囲んでいた触手がすべて焼き切れた。

 ボロボロと消し炭になって、地に落ちていく触手だ。

 

 光り輝く鎧に身を包んだ超絶美少女が姿を見せた。

 

「やってくれましたわね! 次はこちらの番です!」


 とはいえ、おじさんはノーダメージである。

 ただ雰囲気で言ってみただけだ。

 

「させるか!」


 さらに触手が増えて、おじさんを四方八方から狙う。

 が、おじさんにも神の鎖があるのだ。

 

「アンちゃん!」


 アンドロメダの鎖が顕現して触手を迎え撃った。

 先ほど触手を焼き払った光を放つ鎖だ。

 

 触手をことごとく打ち破っていく。

 

「ちぃっ!」


 ド派手な舌打ちをする外なる神のヴ=トだ。

 

「それしか攻撃方法がありませんの?」


 おじさんは無意識のうちに煽っていた。

 

「なめるな!」


 ヴ=トの表面にある内臓のような器官がうごめく。

 直後、おじさんに向かって黒い風の刃が放たれた。

 

「今さら、このような魔法など!」


 おじさんが腕を横に薙いだ。

 瞬間、黄金に輝く風の刃が出現する。

 

 ヴ=トの放った黒い風の刃を貫き、壊す。

 さらにヴ=トの触手と本体を切り裂く。

 

 黒い血液のようなものがヴ=トから流れる。

 

「いい気になるなよ!」


 黒い炎を身にまとるヴ=トだ。

 その数メートルはあろう巨体をおじさんにむかって突進させてくる。

 

「工夫がありませんわね」


 そうなのだ。

 一撃の威力は高いのかもしれない。

 だが、工夫がないのである。

 

 いや、そも神の一撃を防ぐということが異常なのだ。

 おじさんは事もなげに行なっているが、そもそもそういうことである。

 つまり神は攻撃に工夫などせずともいいのだ。

 

「アンちゃん! やっておしまいなさい!」


 神鎖がヴ=トをがんじがらめにしてしまった。

 燃えていようがなんだろうが関係ない。

 

「ぎゃああああああ!」


 悲鳴にも工夫がないと思うおじさんだ。

 ぶちっといくアンドロメダの鎖である。

 

 細切れになったヴ=トの残骸が落ちていく。

 が――さすがに外なる神というだけのことはある。

 

 黒い血液のような液体が残骸を包んで、一瞬で再生した。

 

「ふははは! 神は不死! 神を殺せると思うな!」


「あんまり強い言葉を使わない方がいいですわよ」


 おじさんは思う。

 炎帝龍の本体と核が邪魔だ。

 残しておかなければならないのだから、広範囲の魔法は使えない。

 

 ならば――。


「トリちゃん、制御を任せますわよ。狙いはヴ=トのみに絞ってくださいな」


『承知!』


「エ・チュ=ド・ズーゼ! 虚海に潜む無限の波紋よ、我が前に広がる次元の壁を貫き砕け!」


 次元の彼方にでも押しこめる。

 本来なら消し飛ばしておきたいところだが、贅沢は言っていられない。

 なので、リリートゥをわからせるときに使った魔法を使うことにしたのだ。

 

「ロダド! アジュガ! フスカヤ!」


 おじさんの銀髪がぶわぁと広がっていく。


「三賢の言霊をもて封をとかん! 真なる宝珠、泥濘の石蛇、黒棺の王者!」


 広大で果てのない魔力がバチチチと音を立てた。

 おじさんの背後にある空間が割れる。


「我が手に宿る力、虚ろなる全てを消し去る光背の螺旋よ、今ここに解き放たれん!」


「ちょ、ちょっと待ったあああああ!」


 妖麗なる怨霊神ヴ=トが叫ぶ。

 おじさんの魔法がとてつもないことを理解したからだ。


 神として生まれてきて初めての感情を抱く。

 それは恐怖だ。

 

 総身が怖気だち、逃げようとしても身体が動かない。

 

「いっきますわよう!」


「待ったあああ、我の負けでいい! この世界からは退散する! だから! だからああああ!」


 おじさんの両腕になにやら輝く螺旋が巻きついている。

 

「もう遅いのですわ。お姉様の時間を理不尽に奪ったその報い、受けるがいいのです!」


『主、この方向で撃つのはマズい!』


無限時空崩壊ケインティ・フォリア!】

 

 トリガーワードとともにおじさんの腕から次元を貫通する光が放たれる。

 それは一瞬にして外なる神を飲みこんだ。

 

「…………うぼああああああ」


 外なる神の一柱であるヴ=トがさらさらと砂のようになって、一粒残らず消えていく。

 さらに、おじさんの魔法は闇の間の床を穿っていく。

 

 トリスメギストスの制止も遅かったのである。

 

『主、今すぐに魔法をとめよ!』


「承知しています!」


 と、魔法の発動を無理やり抑えこむおじさんであった。

 

『ふぅ……なんとかなったか』


 それでも、だ。

 さらに地下へと続く穴が穿たれていた。

 深く、暗く、底が見えないほどに。

 

「気になるようなら埋めておけばいいのです!」


 おじさんがパチンと指を鳴らす。

 ゴゴゴと地鳴りがして、穴が埋まっていく。

 

『……なんとも言えんな』

 

 今回の被害は最小限ですんだと言えるだろう。

 言ってもいいのだろう。

 たぶん。

 

 そんなことを思う、トリスメギストスであった。

 

「トリちゃん! 当初の予定どおり外なる神は倒しましたわ!」


『うむ……さすが主である』


 と、言っておくトリスメギストスだ。

 言いたいことはいくらでもある。

 が、ここでへそを曲げられても仕方ない。

 

『では、炎帝龍をどうにかするか』


「ですわね! トリちゃん、本来の炎帝龍とはどのような姿ですの?」


『ああ……姿そのものは天空龍と変わらんよ。ただ鱗の色がちがっていてな。炎帝龍というだけあって、深みのある渋い赤色をしている』


「んーこんな感じですか?」


 おじさんはさっそくと言わんばかりに、炎帝龍の本体にむけて錬成魔法を発動する。

 

 溶岩と火成岩で作られた本体だ。

 禍々しさのある姿が、天空龍と似た形へと錬成される。

 鱗の色は明るい臙脂色といったところだろうか。

 

『だいたいこんなものでよかろう。なかなか渋みのあるいい色であるな』


「でしょう」


 ふんす、と鼻息を荒くするおじさんだ。

 

『では、主よ』


 トリスメギストスの言葉の途中で、大精霊たちが降りてきた。

 

「リー!」


 水の大精霊であるミヅハだ。

 光の大精霊アウローラを背負ったままである。

 

「リーちゃん!」


 風の大精霊ヴァーユと闇の大精霊もいる。

 

「外なる神は次元の彼方にぶっ飛ばしましたわ!」


 ニコリと微笑むおじさんである。

 その笑顔を見て、大精霊たちも笑顔になるのであった。

 

「では、今少し離れていてくださいませ。これから炎帝龍を復活させます!」


『主よ、まだ少し外なる神の残滓が残っておるな』


 炎帝龍の核を見てつぶやくトリスメギストスだ。


「問題ありません。こちらでもしっかり把握しています」


『うむ。ならばいつもどおりでいこう』


【魂魄剥離!】


 炎帝龍の核から、外なる神であるヴ=トの残滓を取り除くおじさんだ。

 取り除いた残滓は鎧からでる聖光で消え去った。

 

「トリちゃん、一気にいきますわよ!」


『心得ておる』


【魂魄断鎖!】


 トリガーワードがおじさんの口から紡がれる。

 積層型の立体魔法陣が一瞬で組み上がった。

 

【天位結界!】

 

 結界を張って、炎帝龍の核と錬成した本体を包んでしまう。

 

「トリちゃん、準備はいいですか?」


『任せておけ!』


「はあああああ!」


 おじさんの口から、改良された祝詞が紡がれていく。

 今回は宝具ではなく、錬成した龍の本体へと転生させる祝福の儀式である。

 

【龍身転生!】


 ぺかーと光を放つ炎帝龍とその核である。


 おじさんの魔力に神威が混じった。

 神聖なる魔力が炎帝龍を包みこみ、さらに輝きを増す。

 

 光が収束した結果だ。

 そこにいたのは一メートルほどの小さな龍だった。

 

 鱗の色や姿かたちが、そのままミニチュアになっている。

 

「トリちゃん?」


 まさか失敗したのかと思うおじさんだ。

 手応えはあった。

 

 建国王を転生させたときと同等以上の。

 だから失敗だとは思わないが、万が一のことがある。


『主よ、問題ない。転生の魔法は成功している』


「では、なぜ?」


『恐らくは転生の影響であろうな。魂魄と肉体がなじむまでは、今しばらくあの姿であろう』


 今はすぅすぅと眠っているようである。

 ちっちゃい龍はかわいい。

 おじさんは思わず、しゃがんでその頭をなでていた。

 

「リー、すまないな。ありがとう」


 ミヅハがおじさんをねぎらった。

 闇の大精霊は感極まっているのだろうか。

 声を出せないでいた。

 

「どういたしまして、ですわ!」


 満面の笑みを浮かべるおじさんであった。

 

「ねぇ……ちょっとこっちきなさいよ、トリスメギストス」


 ヴァーユである。

 少し離れた場所にいる大精霊のもとまで飛んでいく。

 

「……どういうこと?」

 

『どういうこととは?』


「しらばっくれないでちょうだい! リーちゃんのあの魔法よ」


 答えをわざとはぐらかしたトリスメギストスに激高するヴァーユだ。


『うむ……転生の秘法であるな。まぁ主ならまちがったことには使わんよ』


「そういうことじゃなくて。あれって神の御業でしょうが!」


『主は愛し子でしょうが!』


 もう説明するのが面倒になったトリスメギストスであった。

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