第706話 おじさん闇の大精霊から真相を語られる


 大穴の底で、ついに闇の大精霊と出会ったおじさんだ。

 案内人のオハルは少し離れた場所に下がっている。

 

「はじめましてですわね。お姉様」


 おじさんがニコリと微笑みかける。


「ええ……愛しい妹。はじめまして」


 落ち着いた低めの声である。

 ラジオのディスクジョッキーみたいだと、おじさんは思った。

 

 互いに互いを見る。

 少しの無言であった。

 

 ただ空気は重くない。

 

「この出会いを喜びたいところですが……」


 闇の大精霊が申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「そうも言っていられないのです。あなたには迷惑をかけてしまいますが」


「わたくしにできることであれば、なんなりと。そのために参りましたので」


 おじさんは平常運転である。

 

「では……本題に入りましょう。そも里の成り立ちは聞きましたか?」


「初代様がこの地に里を開いたくらいのことは」


 その返答に、ほうと息を吐く闇の大精霊だ。

 

「詳細は省きますが、トウジロウ・・・・・と私は……」


 ちょっと待った、とおじさんがストップをかける。

 

「今、トウジロウと仰いましたか? 初代様の名です」


「ええ、トウジロウと言いました」


 なるほど、とおじさんは得心した。

 

 現在、鬼人族の里ではトラジロウが初代の名として、代々襲名している。

 フーテンの方かと思っていたが、そうではないようだ。

 

 里長の家で見た甲冑。

 あれは三日月の兜飾りがついていた。

 

 独眼竜とトラジロウがつながらなかったのだが、そこか、と。

 トウジロウは独眼竜の名だ。

 

 それがどこかのタイミングでトラジロウに変わったのだろう。

 

「話の腰を折ってしまいまして、申し訳ありません。今はトラジロウと伝わっているようですから」


 おじさんの言葉に、軽く笑う大精霊である。

 初めての笑いだ。

 

「ああ、それね。それはトウジロウのいたずらなの」


「え?」


「トウジロウは言ってたわ。間違って伝わったとか思っただろ? 残念でしたーって」


 ふふふ、と楽しそうに笑う大精霊だ。

 

「一本とられましたわね」


 おじさんも笑った。

 どうやら初代様はお茶目な人だったらしい。

 

「そいつは信用できるとも言ってたわよ」


「……なら、初代様の言葉を嘘にしてはいけませんわね」


 あはは、と明るい声で笑う闇の大精霊。

 その姿を見て、巫女のオハルは驚いていた。

 

 自分が先代から巫女を引き継いでから、一度も闇の大精霊は笑わなかった。

 時折、悲しそうな笑みをうかべることはあったが。

 

 楽しそうにすることはなかったのだ。

 ――だから、心の底から驚いた。

 

「では、本題に入るわ。私とトウジロウの二人はね、このライグァタムに龍を封印したのよ」


 龍といえば、おじさんの中では天空龍だ。

 あの至極残念な神獣様である。

 

「ほう」


 と、声をだして続きをと目線で送る。

 

「戦えば、勝てる。倒すこともできる。だけど炎帝龍を倒してしまうのはマズいの。ここ霊山ライグァタム、いえ。他の火山も噴火する危険性があるから」


「炎帝龍はなぜそのようなことを? 元は神獣でしょうに」


「もともと炎帝龍はあなたの言うように神獣だったのだけど……外なる神々の手によって墜ちてしまったの」


 おじさんは整理する。

 闇に墜ちた炎帝龍を倒すことは可能だ。

 ただ倒してしまえば、火山が噴火してしまう。

 

 そうなると、この世界の様相は一変するだろう。

 なので初代と闇の大精霊は封印するしかなかった。

 

 ただ……闇の大精霊の口ぶりでは、もう封印しておくのもギリギリなのだろう。

 

 そこで、おじさんを頼った。

 恐らくは他の大精霊から話を聞いたはずだ。

 

「承知しました。では、わたくしがどうにかいたしましょう」


 トリちゃんと使い魔を喚ぶおじさんだ。

 いつだって頼りになる使い魔なのである。

 

『話は聞かせてもらった』


「どうすればいいのです?」


 できない、という答えは端から頭にないおじさんだ。

 

『主には転生魔法があるではないか』


「ああ。一度倒してしまってから、悪い影響を取り除けばいいのですね」


『そのとおりだ。だが外なる神々とも戦うことになるぞ』


「でしょうね」


『でしょうねって主よ、そんな気楽なものではないぞ』


 おじさんは知っている。

 

 今の闇の大精霊はブラック社畜と同じ状態だ。

 

 このままではダメだとわかっている。

 でも、為す術がない。

 つまり、じり貧なのである。

 

 それでも自らの使命だと、命を削りながらもがんばっているのだ。

 

 長い長い時間ずっと。

 

 どんなにつらいことだろう。

 報われないとわかっていても、そうせざるを得ないのだから。

 

 おじさんは知っている。

 そのつらさを。

 誰にも助けてもらえなかったから。

 

 世を呪い、生を憎んだ。

 もう二度と生まれたくないと思うほどに。

 

 だから救うのだ。

 理不尽な不幸から、闇の大精霊を。

 

 だから応えるのだ。

 献身に応えずして、なんのための神の愛し子なのだ。

 

 報われて当然の者が報われない、そんなのは嘘だ。

 

 外なる神々?

 関係ない。

 どうでもいい。

 ぶっ飛ばす。

 

 がんばった闇の大精霊は報われないといけないのだ。

 生きていることを楽しむために。

 

「オハル!」


 おじさんは後ろで控えている巫女の名を呼ぶ。

 はい、といい返事が返っていた。

 

「今すぐ里に戻り、集会所に避難を。里長が鳥居のところにいますので、拾っていきなさい」


「……畏まりましたっ」


 有無を言わせぬ強い口調に、オハルが即座に動いた。

 続いて、おじさんは姿を消しているバベルに声をかける。


『バベル! 鬼人族と蛇人族の里を守ってくださいな。任せていいですか?』


『承知!』


『手が足りなければ、仲間を呼びなさい』


『ハッ』


 短い返答の後にバベルの気配が消える。

 さらにおじさんは呼びかけを続けた。


『ミヅハお姉様! ヴァーユお姉様! アウローラお姉様!』


 知っている大精霊たちを喚んだのだ。

 颶風が渦巻き、水が逆巻き、光があふれる。

 

 おじさんの前に三人の大精霊が姿を見せた。

 

「お姉様方、結界をお願いしますわ」

 

「リー」


 と、水の大精霊であるミヅハがおじさんに声をかける。

 

「頼んでいいか?」


「もちろんです!」


 いい笑顔で応えるおじさんだ。

 その表情には迷いがない。

 

「リーちゃんに押しつけちゃってごめんね」


 風の大精霊ヴァーユが、頭を下げた。

 

「どうということはないのです、お姉様」


 光の大精霊アウローラは、おじさんに抱きついた。

 その耳元でそっとささやく。

 

「任せたわ」


 その一言に、おじさんはしっかりと頷いた。

 

「お姉様……いいのですか」


 闇の大精霊である。


「すまなかったな。妹よ。私たちでは役に立てなかったから」


 ぎりっと歯をかみしめるミヅハだ。

 

「いえ、そんな。私が言い出したことですから」


 闇の大精霊も目を伏せた。


「ふがいない姉を許してくれ、とは言わない。でも、もう大丈夫だ」


 ミヅハがおじさんをちらりと見る。

 

「我ら姉妹で最も頼りになる妹がいてくれるのだから」


 水・風・光の大精霊が頷いた。


「リー、準備はいいか?」


「いつでもどうぞ」


「封印を解け。あとは我らでなんとかしてやる!」


 ありがとう……と闇の大精霊は涙を落とす。

 その涙を拭ってやるおじさんだ。

 

「さぁ! やりますわよ! お姉様方!」


 闇の大精霊にも声をかける。

 

「お姉様の永き献身も終わりですわ。今日、この場でまとめて終わらせます!」


 その力強い言葉に、思わず笑ってしまう闇の大精霊であった。

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