第704話 おじさんの作る料理に弱い公爵家の人たち


 ワタリガニ。

 カニの中でも、おじさんが好きな部類に入る。

 

 ズワイガニ、タバラガニ、ハナサキガニ、ケガニ。

 四大カニと呼ばれるものは、高くて手がでなかったこともある。

 

 その点、ワタリガニは手頃な価格で手に入った。

 なのでシーズンになると食べることができたのだ。

 

 お子様組も戻ってきて、目を丸くしている。

 カニの大きさにではない。

 その強烈な食欲を誘う香りにだ。

 

「ねーさま。たべていいの?」

 

 妹がおじさんに抱きついて、見上げてくる。

 その頭をひとなでして、しっかりと頷いてみせた。

 

「じゃあ、私たちもいただこうか」


 父親が音頭を取る。

 未知の食材なのだ。

 

 ここはまず父親がと手を伸ばす。

 既におじさんが味見をしたあとなのだが。

 

 それでも勇気をもって、巨大なカニの甲羅に盛られた身に手を伸ばす。

 

「お父様、最初はそのままで。味が足りないようでしたら塩をまぶしてくださいませ」


 おじさんの言葉に頷いて父親は、ほぐされたカニの身を口にいれる。

 芳醇な香りと凝縮された旨味が口に広がる。

 

 しみじみと思った。

 美味い、と。

 

「これは……いいね。うん、とってもいい!」


 ニッコリと笑顔になる父親だ。

 もう次の手を伸ばしているあたり、本当に気に入ったのだろう。

 

 侍女がササッと動く。

 小皿に盛られたカニの身を取り分けたのだ。

 

 母親、おじさん、弟、アミラ、妹へと配っていく。

 

 無言だ。

 公爵家の面々が無言でカニを食べている。

 手がとまらないのだ。

 

 そんな中、おじさんだけが手をとめた。

 身が減ったからだ。

 

「お父様、ここからがお楽しみですわよ」


 そう。

 たっぷりとカニ味噌と茹で汁を含んだ身がでてくる。

 

 濃緑色の見た目なので、少しグロテスクだ。

 だが、その見た目に反して味は美味い。

 磯臭さや生臭さは感じないのだ。

 

 身よりもカニの旨味が濃厚になったような味なのだから。

 おじさんの前世でも好き嫌いが分かれたものだが、見た目からイメージする味とはまるでちがうのだ。

 

「こちらもどうぞ」


 ついでに長粒種から作ったお酒もだすおじさんだ。

 そこまでされては父親も手を出さざるを得ない。

 

 少し躊躇したものの口に身を運ぶ。

 

「はあああぁあああ……」


 うっとりとするような声をだす父親であった。

 カニ味噌付きの身はとても美味しかったのだ。

 さらにお酒ともよく合う。

 

 これはもう新しい扉を開いたも同じである。

 

「リーちゃん……」


 母親が実に羨ましそうに見る。

 お酒が飲みたいのだろう。

 

「ダメですわ。お母様のお腹には赤ちゃんがいるのですから」


 ぐぬぬ、となる母親だ。

 だが、おじさんの言うことは正しい。

 

 だから――我慢する。

 するけど……隣で美味しそうな顔になっている父親にイラッときた。

 

「ふんっ!」


 腹立ちまぎれだったのだろう。

 お子様組には見えないように、母親が父親の足を踏みつけた。

 

「あいっっ!」


 隣にいる母親を見て、父親はそっと目を伏せた。

 それでも杯を置こうとはしなかったのだ。

 

 確かに悪いとは思うが、カニ味噌の誘惑には勝てなかったのである。

 

 蒸したカニは美味い。

 シンプルだ。

 

 ただカニというのは他にもいくつか料理がある。

 まだ一匹分を食べただけだ。

 

 というか巨大なカニなので量が多いから、まだ余っている。

 侍女たちも食べれば、きれいさっぱりなくなるだろう。

 

 そこで、おじさんは母親にむかって言う。

 

「お母様、では少しだけお待ちくださいな」


 おじさんはデザートを作ろうと思っていた。

 さて、と頭を捻る。

 

「そうですわね!」


 素材をだして、サクッと錬成魔法を発動させる。

 料理人にも指示をだして、できあがったのがパフェだ。

 

 ちゃんと、あの長いスプーンと器も錬成しているところがこだわりである。

 

 おじさんはパフェが好きだ。

 大好きである。

 

 サクサクとしたコーンフレーク。

 その上にのったアイスクリーム。

 果物。

 焼き菓子。

 そして、チョコレートソース。

 

「はわぁ……」


 すぐ近くで調理をするおじさんを見ていた母親である。

 できあがっていくパフェに目を奪われていた。

 

 妹も弟もアミラもだ。

 今やカニに夢中なのは父親だけであった。

 

「お召し上がりくださいませ」


 父親には後でいいだろう。

 いや、お酒を飲んでいるしいらないかもしれない。

 ただ、用意だけはしておくおじさんだった。

 

 ほう、と息を漏らしながら食べる母親だ。


 ニコニコしながら家族の喜ぶ様子を見るおじさん。

 やっぱり食は人を幸せにするのだ。

 

「さて、あなたたちも食事をしてくださいな」


 使用人たちにも声をかけるおじさんだ。

 

 まだまだカニはある。

 好きなだけ食べればいい。

 

 なんだかんだで浜にきてよかった。

 風に吹かれながら、そんなことを思う。

 

 カニという土産も手に入った。

 チャーハンにグラタン。

 カニの味噌汁というのもいいだろう。

 

 アジに似た小魚もたくさん釣れた。

 他にも魚介類がたくさんある。

 

 これは夕食にしようと考えるおじさんであった。

 

 満足のいくまで食事をした公爵家の面々である。

 さすがに元気に動ける体力はなかったようだ。

 

 おじさんが作った寝そべる椅子に座り、ゆったりとしている。

 特に弟妹たちははしゃぎすぎたのか、お昼寝タイムだ。


 おじさんは読書をしていた。

 ゆるりとした時間が過ぎていく。

 

『主殿、主殿』


 そこへバベルから念話が入った。

 気づけば既に太陽が大きく傾いている。

 

『ああ、こんな時間でしたのね。そちらの様子はどうですか?』

 

『里長の読みどおりでおじゃる。先ほどまでの荒天が嘘のように晴れておるよ』


『承知しました。では、わたくしも準備をして向かいます。鬼人族の里に被害はありませんでしたか?』


『そちらも問題なしでおじゃるな』


 ホッと一安心のおじさんであった。


『では準備が整いしだい、そちらに参ります』


 ということで、だ。

 おじさんは帰ることにした。

 まだ妹はぐっすりと寝ている。

 

 アミラと弟は浜で遊んでいるようだ。

 

「お父様、お母様。バベルから連絡がありました」


「そう……名残惜しいけど仕方ないわね。戻りましょう」


 母親が立ち上がる。

 父親は酒に酔っているのだろう。

 顔が赤い。

 

「うん。今日はいい休日だった」


 心の底からの言葉だろう。

 

 おじさんの言葉を聞いた使用人たちは、いっせいに動いていた。

 手早く片付けて帰る準備が整う。

 

 おじさんがぱちんと指を鳴らした。

 時間を巻き戻すように、椅子や四阿あずまやが砂に戻る。

 

 妹はおじさんが抱っこだ。

 ランニコールは既に屋敷に帰っているので、転移で戻るのであった。

 

「さて、わたくしはこのまま」


 と言いかけたところで、侍女長が待ったをかける。

 

「お嬢様、先に湯を使われて身ぎれいにした方がよろしいかと」


 それもそうか、と思うおじさんだ。

 あまり気にしてはいないが、大精霊である。

 

 信仰の対象にもなっているのだ。

 ならば禊という意味でも身ぎれいにした方がいい。

 

 侍女を伴って、屋敷にある浴場へとむかうおじさんであった。

 

「さぁ改めて、行ってまいりますわ!」


 父親と母親に告げるおじさんだ。

 お風呂上がりのおじさんはツヤツヤになっている。

 

 髪の毛もばっちりキまっていた。

 服装は動きやすいものをチョイスしている。

 故にジャージだ。

 

「リーちゃん、気をつけるのよ」


 母親である。

 父親も口を開く。


「大丈夫だとは思うけど、なにがあるかわからないからね」


 両親の言葉に頷いて、おじさんは微笑む。

 そして――鬼人族の里へと転移するのであった。

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