第703話 おじさんはまたもや新しい遊びを開発してしまう
おじさんたちは人のいないビーチにいた。
白い砂浜にちょっと雲はあるが青い空。
透明度が高く、波の穏やかな海。
おじさんたちは釣りを堪能した。
いや、しすぎたといえるかもしれない。
だって、めちゃくちゃ釣ったから。
ただ、一人。
ぶんむくれている者がいた。
アミラである。
アミラはせっかちなのか。
かかったと判断した瞬間、釣り竿を勢いよく振り上げてしまう。
そのタイミングが早すぎたのである。
おじさんが妹にしたように後ろから操ろうにも、アミラが自分の判断で竿を振り上げるのだ。
「ぐぬぬ……」
「少し落ちつきなさい、アミラ」
と、おじさんが魔言を使う。
言霊で縛る禁呪だ。
それで少し落ちついたのだろう。
アミラがおじさんを見た。
その頭を撫でてやるおじさんである。
「いいですか。ゆっくりです。ゆっくりでいいのです」
言い聞かせながら、餌をつけ直して竿をたらす。
すぐに当たりがきた。
「まだですよ。まだ。今はお魚がアミラの餌をつついていますから、パクっときたときに……今ですわ!」
おじさんの合図とともにアミラが竿を振り上げる。
釣れた。
小さい魚だ。
お腹の側は白。
背面は草っぽい緑に白の斑点模様。
「ん! 食べれる?」
「……この魚は」
おじさんが続けようとしたとき、プクッと魚が膨れる。
「あはははは。おもしろーい」
妹が無邪気に笑う。
ふくらんだ魚が愛嬌のある見た目になったからだ。
「ねーさま?」
アミラがおじさんを見あげる。
「アミラ、このお魚は毒がありますの。ですので食べられませんわ。逃がしてあげましょう」
「……仕方ない。でもコツはわかった!」
もう少し釣りを楽しむとしよう。
アミラのために。
そんなことを思うおじさんであった。
数分の後、アミラが叫んだ。
「また! またお前か! きいいい!」
クサフグ。
それは釣り人の天敵である。
まさか、こちらの世界にもいたなんて。
なぜかアミラの竿によくかかったのだ。
完全にアミラがふて腐れてしまった。
それはもう仕方ないだろう。
自然を相手にするのが釣りなのだから。
気分を変えるために、おじさんは浜へと筏を動かした。
浜に残っていた使用人たちは、岩のある磯まで移動していたらしい。
貝や小型のカニなどを見つけていた。
「そにあも!」
小さな貝やカニなら素手でも獲れる。
そちらに気が向いたのだろう。
弟妹たちのことは、使用人にお願いするおじさんであった。
さて、と。
浜に戻ってきたおじさんは、ちょっと思っていた。
水流を操作する魔法。
これって砂浜でもできるのでは、と。
思いついたら、やりたくなるおじさんだ。
パチンと指を弾いて、砂からボードを作ってしまう。
サーフボードというよりは、スノーボードに近いサイズだ。
足をのせて、魔法でボードに固定してしまう。
「リーちゃん?」
おじさんに声をかける父親だ。
なにをしようとしているのか、わからなかったから。
おじさんの乗るボードが加速した。
そのまま砂浜を滑っていく。
風になびく、おじさんの青みがかった銀髪。
シュプールを残して、滑走していくおじさんだ。
これはかなり気持ちいい。
調子にのったおじさんは、さらに魔法を操ってジャンプ台を作った。
その上を滑って、華麗に宙を舞った。
「いいいいやっっふううぅううですわあああ!」
空中でクルクルと回転して着地する。
そのまま砂浜を滑走して、おじさんは
「お父様とお母様もやってみませんか?」
少し顔を上気させているおじさんだ。
楽しかったのである。
「いいわね!」
母親が指を弾いて、ボードを作ってしまう。
しっかりと片足を固定して、おじさん同様に砂浜を滑走する。
最初はゆっくりだったが、すぐにコツを掴んだのだろう。
スイスイと滑っていく母親だ。
そのままおじさんの作ったジャンプ台へ。
おじさん同様に着地までしっかり決める。
「楽しいわ!」
笑顔で砂浜を滑走する母親。
それに負けじと父親も魔法を使って滑走する。
わかっていたことだが、両親も高スペックだ。
この程度なら、いともたやすく真似してしまう。
「サイラカーヤ!」
おじさんは侍女にも声をかけた。
絶対に好きそうだと思ったからである。
お許しがでたので侍女も魔法を使う。
放出するような魔法は苦手な侍女である。
ただこの手の身体に近い場所で使う魔法は得意なのだ。
侍女もかんたんにコツを掴んで、浜を滑走していく。
浜は広い。
なので数人が滑っても問題ないのだ。
皆が思い思いに楽しむ中、おじさんはぢっと岩山のひとつを見ていた。
なにか気配がするのだ。
「ランニコール! 少しあの岩山を見てきてくださいませんか?」
おじさんは湾の入口近くにある岩山を指さした。
『承知しました』
姿を消して待機していたランニコールである。
そのまま岩山へと移動して、見つけてしまった。
『マスター。この岩山には魔物がいます。処理してもかまいませんか?』
「ふむ……どのような魔物なのでしょうか?」
『一言でいえば、カニですな』
きたーーとなるおじさんだ。
小さなカニもいいものだが、やはり醍醐味といえば大きなカニである。
イトパルサでは扱っていなかったのだが……ここにいたのか。
「承知しました。わたくしが処理します」
言うやいなや、おじさんは逆召喚でランニコールのもとへと転移した。
おじさんが目にしたのは巨大なガザミに似たカニである。
ワタリガニのことだ。
大きさはおよそ二メートルくらいだろうか。
とにかく大きい。
岩山の木々の中、数匹ががさごそと動いている。
おじさんは迷わずに魔法を使った。
指を弾いて、急速でガザミたちを冷凍してしまう。
氷の魔法は大の得意なのだ。
むしろ苦手な属性がないというのがおじさんではあるのだが。
完全に動きをとめたガザミの前に行く。
「ランニコール、ちょっとひっくり返してくれませんか?」
おじさんの言葉の意味がわからず、一瞬だが返答に詰まるランニコールだ。
「オスとメスを見分けたいのです」
それになんの意味がという疑問はわくが、ランニコールは冷凍されたカニを裏返した。
「このお腹の部分、ここをフンドシというのですが形がちがうでしょう?」
ランニコールはおじさんが指さす箇所を見た。
確かに形がちがう。
どちらも三角形に近いが、一方はより尖っている。
もう一方は緩やかな三角形だ。
「こっちがオス、こっちがメスですわね」
尖っている方をオス、緩やかな方をメスとするおじさんだ。
「時期にもよるのですが夏ならオスのほうが美味しいのです。冬ならメスですわね」
今の時期なら、どちらでしょう?
と首をかしげるおじさんであった。
いずれにしても五匹のカニを仕留めたのだ。
オスが二匹、メスが三匹。
それを手早く宝珠次元庫に収納するおじさんだ。
「さぁ今日はカニを堪能しますわよ!」
おじさんワタリガニが大好きである。
色々と食べ方はあるが、やはり一押しは蒸し蟹だ。
旨味が凝縮して、濃厚な味わいが楽しめる。
ランニコールとともにおじさんは浜に戻った。
「リーちゃん、どこに行ってたの?」
母親である。
軽く汗をかくくらいには、サンドボードを楽しんでいたようだ。
「ああ、あちらの岩山に魔物がいましたので仕留めてきました」
こともなげに言うおじさんだ。
それに対して、母親もなにも言わない。
おじさんならなんの問題もないと思っているからである。
「むふふ……お母様、今日の昼食は楽しみにしていてくださいな!」
自信たっぷりにおじさんが言う。
その根拠はなに、などと野暮なことを聞く母親ではない。
ニコッと微笑んで言う。
「楽しみだわ!」
それで十分であった。
宝珠次元庫から、カニをだすおじさんだ。
その大きさに息を呑んでしまう使用人たちである。
「お、お嬢様。こちらの魔物を調理されるのですか?」
「ええ、まぁ場所がないので魔法でやってしまいましょう」
おじさんが指を弾いて巨大な水球を作った。
その中にカニを一匹放りこむ。
水球の中で強烈な水流が巻き起こって、カニがきれいに洗われていく。
きれいになったところで、次に酒と塩を使って下味をつける。
蒸し器もおじさんが魔法で急造してしまう。
次々と魔法が発動して、あれこれと調理が進んでいく。
その手際の鮮やかさに、思わず使用人たちも目を奪われていた。
甲羅の部分を下にして蒸し器にセット。
そのまま魔法で加熱していくおじさんである。
調理を開始して、二十分ほどだろうか。
「そろそろ頃合いですわね」
と、おじさんが蒸し器のフタを開けた。
そこには鮮やかな朱色になったワタリガニである。
甲羅を下にして、フンドシを外し、脚を外す。
そうすれば濃厚なカニ味噌のスープが殻にたまっているのだ。
ここに身をほぐして盛り付けていく。
巨大なカニだけに魔法を併用しながらだが、実に食べごたえがありそうだ。
カニ酢もほしいところだが、今は仕方あるまい。
塩で食べることにする、おじさんだ。
ただ、あまりにも良い香りがするので、おじさん以外の全員の目が釘付けだった。
そんな中、少し気まずいなと思いながら、おじさんは味を確かめた。
「美味しいですわああああ!」
思わず、叫んでしまうほどの美味であった。
巨大ワタリガニ。
その美味しさによって乱獲される未来があるかもしれない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます