第697話 おじさんは期待を裏切らずやらかしていた


「どんたろすったらどんたろす! どんたろすったらどんたろす!」


 鬼人族たちは上半身は動かさず、奇妙なステップだけを踏んでいる。

 里にいる老いも若きも、男女も関係なく、全員でだ。

 

 大人数でやると、それなりの雰囲気がでるものである。

 一矢乱れぬステップとかけ声。

 おじさんの父親と母親は目を大きくするのであった。

 

 そのタイミングで戻ってきたおじさんである。

 

「……なにごとですの?」


 と、疑問を口にしてしまっても仕方ないだろう。

 

「お嬢様、おかえりなさいませ」


 侍女が駆け寄ってくる。

 

「ただいま戻りましたわ」


「お嬢様のお作りになったお料理を振る舞ったのです。その直後にああなりました」


「……そうですか」


 それ以上の言葉が見つからなかったおじさんだ。

 両親もおじさんの近くにくる。

 

「おかえり、リーちゃん」


 両親に対して、カーテシーで応えるおじさんだ。

 実に優雅な礼であった。

 

「ところで」


 と父親が口を開いた瞬間である。

 

「リーちゃん、話を聞かせてちょうだいな!」


 興味津々といった様子の母親が割りこんできた。

 苦笑しつつ、おじさんは話す。

 

 霊山ライグァタムの山頂付近の様子を。

 そこは岩と雪で閉ざされた世界であること、未知の植物をいくつか持ち帰ってきたことなどである。

 

 さらに火口の横穴にはゲーミング水晶があったこともだ。

 

「小さいのを持ち帰ってきましたの」


 掌サイズの魔水晶を見せるおじさんだ。

 危険性がないとわかったことで、しっかり小さいのを幾つか持ち帰っていたのである。

 

「へぇ、これが魔力を通すとキラキラ光るのね」


 父親と母親の手にひとつずつ。

 両親が魔力をこめると、グラデーションをする七色の光がでる。

 

「これは……きれいね」


 侍女や侍女長も目を丸くしている。

 

「装身具に使ってもいいかもしれませんわね」


 おじさんは使いたくないが。

 そういうのが好きだという人もいるだろう。


 特に貴族は珍しいものが好きだ。

 なので魔水晶という馴染みのない結晶なら高く売れるかもしれない。

 

「で、うちのご先祖様が使っていた魔導武器はあったのかい?」


 父親である。

 その目を見つつ、おじさんはしっかりと頷く。

 

「ええ、ありました。ですが……」


 言葉を濁す。

 どうにも何らかの儀式をしていたようである、と。

 そして引き抜くと何があるのかわからないので、そのままにしてきたと告げたのであった。

 

「なるほどねぇ……とってもそそられるわ!」


 母親が目を輝かせている。

 好奇心旺盛なところは、おじさんと同じだ。

 

「んー鬼人族たちはなにか知らないのかな」


 父親が口を開く。


「オリツには確認をとりましたが、あのときは魔導武器に心当たりがあるかどうかだけ聞きましたから」


「……となると、里長に聞いてみるのがいいかな」


 ちらりと視線をやる父親だ。

 なんだか輪になって踊りが続いている。

 その顔を見ると、少し目が血走っているようにも見えるから不思議だ。

 

「んー鬼人族たちが興奮しているようにも見えるね」


「リーちゃんのお料理が美味しかったのは理解できるのだけど」


 両親が顔を見合わせていた。

 はう、とおじさんが声をあげる。


「もしかして……」


 おじさんには心当たりがあった。

 きっとフライドチキンが原因だ、と。

 

「……リーちゃん?」


 父親はとっても嫌な予感がしていた。

 また娘がやらかしたのか、と。


「あの……鶏肉の揚げ物がありましたわよね?」


 ああ、とおじさん以外の面々が声をあげた。

 

「鬼人族の皆さんにお配りするのには量が足りなかったのです」


 ふむふむと耳を傾ける公爵家の人たち。

 

「で、余っていたヘビのお肉を使ったのです」


 ぶふーと父親がドゥブロクを吹いた。

 侍女たちは、あちゃあ、と目に手を当てている。

 

 おじさんとしては、ただ味が似ているから使っただけだ。

 若干だが、千年大蛇の方が弾力が強く、噛み応えがある。

 が、大きく味が異なるわけではないから。

 

「千年大蛇のお肉ならまだまだありますから……鬼人族なら身体も大きいですし、そんなに影響はでないと思ったのですが……トリちゃん、どうですか?」


 おじさんの傍らでふよふよと浮いている使い魔に聞く。


『うむ……恐らくは滋養強壮の類いのものを初めて口にしたのやもしれん。なので効果が出すぎてしまった、と。それに鬼人族の体格なら多く食べたであろうしな。ま、問題はない』


「……ってことは」


 その先は口にしない父親である。

 鬼人族の里でもベビーブームが起こるかもしれない。

 

『それと御尊父、その酒はそろそろやめておく方がいい。食べ合わせというものがあってな。酒精は薄いのだが、その酒とヘビ肉の相性的なもので、より効果がでているのかもしれんからな』


 ギン、と母親の目が鋭くなった。

 ハハハ……と軽く笑って、父親は誤魔化す。

 

 身体に変調はきたしていない……と思う。

 確かに軽く酔っている自覚はあるが、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 高地ではアルコールの酔いが回るのが早い。

 だからこそ酒精が低い酒があうのだ。

 

 が――。

 

「リーちゃん、まだ余って・・・・・いるのよね?」


 母親の無慈悲な一言が、おじさんに告げられた。

 今の父親に逃げ場はない。

 だから祈る。

 

 ――娘よ、空気を読んでおくれ、と。

 

 おじさんは父親の念をヒシヒシと感じていた。

 だけど嘘はつきたくない。

 

 だから折衷案として、母親に対して頷くにとどめたのである。

 

「そう!」


 実に嬉しそうな表情になる母親であった。

 反面で父親は深くうなだれていた。

 

「御子様じゃあああああ!」


 里長がおじさんを見つけて声をあげる。

 鬼人族たちが、おじさんを血走った目で見た。

 

「ありがとうございますううううう!」


 一斉に唱和されると迫力がある。

 おじさんはちょっと引いてしまった。

 

「トラジロウさん、ちょっとお聞きしたいことがありますの」


 それでも目的を忘れなかったおじさんである。

 里長に声をかけた。


「なんじゃろうか?」


 里長が歩みでる。

 それがきっかけで謎の踊りが終わった。

 

 皆がまた食事を続けている。

 ドゥブロクを飲みながら、おじさんの料理に舌鼓を打つのだ。

 

「実は……」


 と、おじさんは話す。

 両親に話したのと同じことを。

 それを黙って聞いていた里長である。

 

「ふむぅ……まさか、あの伝承は本当だったのですかのう」


 里長がふぅと息を吐いた。

 そして、おじさんを見て語りだすのだ。

 

「鬼人族の里にはいくつかの口伝がありましてな。その中でも里長にだけ伝えられるものがあるのですじゃ」


 ほう、と相づちを打つおじさんたちだ。

 

「御子様とそのご家族なら語っても精霊様が許してくださるじゃろうて。少し話が長くなるがよろしいじゃろうか?」


 公爵家の面々はコクンと頷いた。

 同時におじさんが指を弾いて、椅子とテーブルを魔法で作ってしまう。

 

 それを見て、侍女と侍女長が動く。

 自らの腰にある宝珠次元庫からお茶の用意だ。

 もはや阿吽の呼吸ともいえるほど、スムーズな連携だった。

 

「そもそも初代様がこの地に里を作られたのには、二つの理由があるのですじゃ。ひとつはこの地の恵みが豊かであったこと。それともうひとつが……封印を守るためと伝わっておるのです」


 封印と小さく呟くおじさんである。

 

「霊山ライグァタムの山頂。初代様は闇の大精霊様と力を合わせ、何者かを封印したという話が伝わっておるのじゃ」


 やっぱりである。

 あの大太刀に触らなくてよかった。

 

 もし抜いていたら、封印がとけることになってしまう。

 そんなことを思うおじさんだ。

 

「何者か、ですか」


 おじさんの言葉に頷く里長である。

 

「ただまぁ山頂へといたる道を進むのは容易ではないのですじゃ。初代様も闇の大精霊様の力を借りなければ、生きてたどり着けなかったという話もありますな」


 さらに里長が続ける。

 

「そうした事情もあって初代様以降で、封印の間にたどり着いた者はおらんのですじゃ。で、その口伝そのものが本当かどうか確かめようがなかった、ということですの」


 おじさんは結界を張って、空を飛んで行った。

 恐らくは歩いていくと大変なのだろう。

 

 聞きかじりの知識だが、雪に覆われた岩の裂け目など天然のトラップがあるそうだ。

 裂け目に落ちてしまうと、まず助からない。


 前世で聞いた話である。

 

「なればこそ平然と行き来ができる御子様の力がわかろうというものですじゃ」


 里長がウンウンと頷く。

 父親も母親も侍女たちも同様であった。


「では、闇の大精霊様の話というのは封印の件なのでしょうか」


 おじさんが里長に聞いてみる。

 だが、予想していたとおりに里長は首を横に振った。

 

「ひょっとすると可能性はあるかもしれませんのう。じゃが、迂闊なことは明言できませぬ。申し訳ないですの」


「承知しました。話は変わるのですが、里長にお願いがありますの」


 ほっほと笑う里長である。

 なんでも言ってみなさいという雰囲気だ。

 まるで孫娘と祖父だ。

 

「モロシコの粉とお野菜を少しわけてほしいのですわ」


 おじさん、まだ作りたい料理があったのだ。

 それを作らずして終わることはできない。


「むしろ、それは願ったりですじゃのう。御子様にはお礼としてお渡ししようと思っておったのですじゃ」


「なら、無理のない範囲でお願いしますわね」


「承知したのですじゃ」


「里長、ついでにあのお酒もいただけるとありがたいわ」


 母親である。

 ちゃっかりドゥブロクを要求するのであった。


「用意させましょうぞ」


 ニコリと微笑みあう母親と里長である。

 父親は……推して知るべしであろう。

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