第696話 おじさん念願の魔導武器を見つける


 火口の横穴の中である。

 そこはおびただしい数の結晶があった。

 

『主よ、結界を解いてはいかんぞ』


「その心は?」


『ここは先ほどと打って変わって気温が高い。主ならサウナのような状態だと言えばわかるか。』


「なるほど。承知しました。トリちゃん、他に注意すべきことはありませんか?」


『今のところは問題なさそうだが……まずその結晶体には触れん方がいい。我が先に解析してからだ』


 正直、おじさんは触ってみたかった。

 だがトリスメギストスが言うのならと、素直に言うことを聞く。

 

「マスター。この洞窟を進んだ先に大剣があります」


「承知しました。少しトリちゃんが解析するまで待ちましょうか」


 おじさんはその場に足をとめて、ぐるりと周囲を見る。

 洞窟は入口こそ、さほど大きくはないものの、その中は広くなっていた。

 

 高さは三メートルほどあるだろうか。

 横幅は五メートルくらい。

 

 あちこちから結晶体が突きでている。

 おじさんの背丈よりも大きいものも珍しくない。

 

『ふむ。主よ、ここにあるのは水晶のようだな。ただし、魔水晶と呼ばれるものだ』


「魔水晶ですか?」


『うむ。希に見つかるものなのだがな。魔力に反応する水晶なのだ。少し主の魔力を流してみるといい』


 トリスメギストスに言われて、おじさんが魔力を流してみる。

 すると透明な結晶体が輝きを放った。

 

 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。

 

 グラデーションしながら色が一定の間隔で変わっていく。

 おじさんは思った。

 ゲーミング水晶だ、と。

 

「なかなかきれいですわね」


『うむ。まぁそれだけなのだがな』


 くすり、と笑うおじさんだ。

 特になにもないのか、と。

 

「では、行きましょうか。ランニコール先導をお願いします」


「承知しました」


 恭しく礼の姿勢をとって、ランニコールが飛ぶ。

 おじさんも後を追うように飛んでいく。

 

 気分はまるでシューティングゲームだ。

 壁や床から突きでる結晶体に当たらないように飛んでいく。

 

 ムダに回転しながら変則的な機動をみせるおじさんだ。

 魔水晶に魔力を流し、点灯させながら進んで行く。

 

 レースゲームの最終コースにあったな、と。

 飛びながら思うおじさんであった。

 

 しばらく飛んでいると、今度は洞窟が下にむかう。

 穴に落ちるような感覚で、どんどんと進んでいくとそこは地底湖に繋がっていた。

 

 透明度の高い水をたたえた円形の地底湖だ。

 大きさは直径で十メートルくらい。

 あまり大きくはない。

 

 その地底湖のほぼ中央である。

 浮島のように岩が突きでていて、そこに大剣が刺さっていた。

 

 かなり年月が経過しているはずなのに、錆びたりしていない。

 朽ちてもいない。

 往年の切れ味をそのまま保っていそうである。

 

 おじさんが光球を放って周囲を照らしだす。

 

 というか、だ。

 その形状を見て、おじさんは確信した。

 やっぱりストーンロール氏は転生者だと。

 

 なぜなら、大剣というよりは大太刀だったのだから。

 大太刀と言えば、やはり太郎太刀が有名だろう。

 

 熱田神宮が所有するもので、朝倉家家臣の真柄直隆が使っていたとされるものだ。

 刀身は二メートルを超え、拵えを含めれば三メートルを超える。

 

 いわゆるロマン武器だと言えるだろう。

 そんな物を再現するような酔狂な人間は転生者しかいない。

 

 あれ? と思い直すおじさんだ。

 そういえば、おじさんの先祖はこの魔導武器で大立ち回りをしたと聞いている。

 

 なら、あの武器を使っていたのだろう。

 ……どうにもおじさんの先祖も大概だったようだ。

 

 さらに地底湖の壁である。

 ここは――なにかの儀式に使われていたのだろう。

 なにかしらの絵が描かれているのだから。

 

「トリちゃん!」


『あー主よ、これまた記録には残っておらんものだな。様式がこれまで見てきた遺跡のものとはちがう』


「トリちゃんでもわかりませんか。とりあえず記録しておいてくださいな」


『任された。ふむぅ……しかし、この状況だと大剣を持ち帰るかどうかも判断がつきにくいか』


「ですわね。なにかしら封印されているのなら、抜かない方がいいでしょうし。こういう場合は――」


 おじさん、少し前世を思いだす。

 

「たいていは何かしらの魔物だったり、火山の噴火をとめるような封印がされているものです」


 だいたいゲームの知識だけど。

 

『で、あるか』


 おじさんは案内をしてくれたランニコールに目をむけた。


「ランニコール、ご苦労様でした。よく見つけてくれましたわね」


「いえ、これしきのこと。いつでもご用命ください」


 ぺこりとお辞儀をするランニコールだ。

 

「では、トリちゃん。あの大剣の解析だけお願いしますわ」


『うむ……まぁあれは一見するだけで、魔導武器と特徴が一致する』

 

 なぬ、とおじさんは目を丸くする。

 魔導武器は日本刀だったのか、と。

 

『魔導武器にはいくつか形状があるのだが、最も希少で最も評価が高かったのが、あの片刃の剣なのだ』


「ですが……魔導武器以外では見かけませんわね」


『うむ。あの武器は作るのに特殊な技術が必要だったらしくてな。真似をしようとした鍛冶士たちもいたのだが、再現できなかったと当時のギルドの記録に残っておる』


「ほおん……随分と詳しいですわね」


『主よ、我は万象ノ文殿ヘブンズ・ライブラリーぞ。記録に残っておるものなら……ぬわぁ』


「どうしたのです? トリちゃ……」


 おじさんもちょっとビックリである。

 だって、地底湖の奥でおじさんたちを見ている何者かがいたから。


 顔の大きさだけなら、かなり大きい。

 それが天井を見あげるように、おじさんたちを見ていたのだ。

 

「覗き見とは許せません……な?」


 ランニコールが水中の何者かをぢっと見る。

 

「少し……確かめて参ります」


 おじさんが止める前に、水の中に入るランニコール。

 しばらくすると浮き上がってくる。

 

「マスター。あれはどうやら人の顔を模した彫り物です」


 水に入ったのに、一切濡れていない。

 どういう理屈なのかと思うおじさんだ。

 ただ、それよりも報告の方が気になる。


「巨大な人面岩ということですか」


 ふむぅとおじさんは考える。

 よくわからないが、ここは大切な場所だったのだろう。


 それはわからないでもない。

 神秘的な水晶の道を通り抜け、縦穴の先にあるのだから。

 

 なにか特別なものを感じてもおかしくはないだろう。

 だが――誰が、いったい何の目的で、という疑問が残る。

 

『主よ、あまり遅くなると御母堂が心配するはずだ。いったん引きあげよう』


「ですわね。戻りましょうか」


「では、小生が先に……」


 とランニコールが言いかけたところで、おじさんが手をあげてとめる。

 よく知った母親の魔力ならすぐにわかるからだ。

 

 左の人差し指と中指を額にあてて、目を閉じるおじさんである。

 

「見つけました! 帰りますわよ!」


 ランニコールとトリスメギストスを連れて、母親めがけて転移するおじさんであった。

 

 一方で鬼人族の里である。

 里の集会所近くで、盛大な炊き出しが行われていた。

 

 薄パンに肉や野菜をはさんで、ソースをかけたもの。

 いわゆるタコスが配られていたのだ。


 父親はとうもろしの粉から作られた酒、ドゥブロクを片手に母親たちと話をしていた。

 

「なるほどねぇ。それでリーちゃんの姿が見えないのか」


「リーちゃんのことだから大丈夫だとは思うけど」


 少し心配そうな表情になる母親であった。

 

「そうだね。まぁ無事で帰ってくるとは思うけどね」


 両親はおじさんの実力を知っている。

 それでもだ。

 やはり未知の場所に行くのなら、心配をして当然だろう。

 

 そこへ侍女長が声をかける。

 

「お館様、先ほどお嬢様が作られた料理を預かっておりますので、召し上がりますか?」


「ああ、それは楽しみだね。というか、どのくらい作っているんだい?」


「いちおう鬼人族の皆さんにもお配りして、とことづかっております」


「わかった。なら、長に話をとおしてから配ろうか」


 と、少し離れた場所にいる里長のもとに足をむける。

 

「ほう! それはそれは。ありがたい話ですじゃ」


 と、里長から鬼人族たちに経緯が説明された。

 行儀良くならぶ鬼人族たち。

 

 侍女と侍女長がおじさんから預かっていた料理を配っていく。

 

「御子様からの贈り物じゃ! ありがたくいただこうぞ!」


 里長の声で鬼人族たちが、おじさんの作った料理に口をつけた。

 ――直後。

 

「どぉんたあろおすうううう!」


 里長が叫ぶ。

 

「どんたろすったらどんたろす! どんたろすったらどんたろす!」


 鬼人族がその場で、声をあわせて踊りだすのであった。

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