第695話 おじさんは色んなものを発見してしまう


 ガタッと音を立てて、席から立つおじさんだ。

 お行儀のいい完璧な御令嬢なのに珍しい。

 

 そんな姿を見れば、母親や侍女たちは察してしまう。

 なにかあったのだ、と。

 

「本当ですの! どこにありますの?」


 おじさんが興奮している。

 その文言を聞いて、母親はピンときた。

 魔導武器のことだと。

 

「なるほど。承知しました。では、すぐにそちらにむかいます」


 念話のことをすっかり忘れて、口にだしている。

 少しだけ頬を上気させたおじさんが母親を見た。

 

「お母様! ランニコールが魔導武器らしきものを見つけたそうですの!」


 好奇心がとめられないといった感じのおじさんである。

 そんな娘を微笑ましく見ながら、母親が告げた。


「どの辺りで見つかったのかしら?」


「山頂付近とのことですわ! お母様はどうなさ……行かない方がいいかもしれませんわね」


 興奮していても、そこは気の回るおじさんだ。

 恐らくこの鬼人族の里も、かなり標高が高いはずである。

 

 さらに山頂までとなると、だ。

 麓からでは雲がかかっていて、どのくらい高いのかもわかっていないのである。

 

 おじさんは思う。

 前世では偶にエベレストで人が亡くなったと報道されていた。

 

 富士山と同じように考えてはいけないのだ。

 高さで言えば、エベレストは倍以上あるのだから。

 

 加えて、ここは異世界。

 ひょっとすると一万メートルを超える高さかもしれないのだ。

 

 ならば――連れて行くのは危険である。

 今回は侍女も連れて行く気がないおじさんだ。

 

 自分一人ならどうとでもできる自信がある。

 が――未知の領域で他人の命まで保証することはできない。

 

「……危険なのかしら?」


 母親はおじさんを真っ直ぐ見ながら言う。

 

「そうですわね。恐らく……環境がかなり厳しいと思います。赤ちゃんのことを考えると、無理はしない方がいいかと」


 おじさんもぢっと母親を見る。

 真剣な表情になった娘を見て、母親は“ほう”と息を吐く。


「わかったわ。リーちゃんのいうとおりにする」


 お手上げと言わんばかりに、小さく手をあげる母親だった。

 おじさんは侍女にも顔をむける。


「承知しました。ここでお待ちしております」


 侍女もあっさりと退く。

 おじさんがダメというなら本当にダメだと理解しているからだ。

 

「では、わたくしは行ってまいります」


「リーちゃん、気をつけるのよ」


 母親にむかってビッと親指を立てて、姿を消すおじさんであった。

 ふぅともう一度だけ息を吐く母親である。

 

「オリツ、霊山ライグァタムの山頂はそんなに危険なの?」


 母親の言葉にオリツは首肯した。

 

「私たちも山頂には近づくことがありませんから。里から一時間ほど登るだけでも、世界が変わるくらい危険です」


 オリツの言葉にオコウも頷いている。


「ほおん。仕方ないわね……まぁ鬼人族の里とも交流が持てるなら、いつかは機会があるでしょう」


「奥様、お茶でもお淹れしましょうか」


 場の空気を変えるため、あえて聞く侍女長であった。

 


 一方でおじさんである。

 逆召喚で転移した瞬間であった。


 さむっ! と身震いするおじさんである。

 今回はジャージという動きやすい姿だ。

 

 さすがに防寒の機能まではつけていない。

 一瞬で結界を張るおじさんであった。


 びゅうと音が鳴るほどに風が強い。

 そして、雪だ。

 

 辺り一面に雪が積もっている。

 ただ現状としては、晴天だと言ってもいいだろう。

 

 山の斜面にぽっかりとできた猫の額ほどの平地。

 そこに立つランニコールだ。

 

「寒いですわね」

 

「これは失礼いたしました。マスターが人の子であることを忘れておった小生の責任です。罰はなんなりと」


「かまいません。ランニコールは寒くありませんのね?」


 おじさんの質問に苦笑するランニコールである。


「……我らは使い魔ですので」


 ちょっと言葉を濁すランニコールだ。

 ただおじさんも追求する気はなかったから流してしまう。


「ここより少し登った場所に魔導武器らしきものがございます」


「ご苦労様ですわ。さて、さっそく魔導武器をと行きたいところなのですが、少しだけ待ってくださいな」


 と、同時にトリスメギストスを喚ぶおじさんだ。

 

『……霊山ライグァタムの山頂付近か。ほぼ文献が残っておらん場所であるな』


「トリちゃん、この辺りに希少な薬草とかそういうのはありませんか?」


『うむ。先ほども言ったが、恐らく霊山ライグァタムの山頂付近にまで登ってきた者がおらんのだ。つまりほぼなにも文献がない』


 え? と返すおじさんである。

 

「では、なぜ魔導武器が山頂付近にありますの?」


『恐らくは人の手では行われたことではない』


「なら、いったい誰が?」


『さて、我には予想もつかんな。ただ、主よ。後学のためにも周囲を軽く探索してみようではないか。先ほど主が言ったように、希少な植物が生えているかもしれんからな』


「ランニコールもよろしいですか?」


 望みのままに、と丁寧にお辞儀するランニコールであった。

 

「では、まずはこの場所からです!」


 おじさんがパチンと指を鳴らす。

 両の足から魔法を発動して雪に干渉するおじさんだ。

 

 一瞬にして雪が上空に舞い上がる。

 風に巻かれて、塊ではなくサラサラとしたパウダー状に変わった。

 陽の光に照らされ、キラキラと光る。

 

『ほう! これは美しいな』


 思わずトリスメギストスが声をあげてしまうほどである。

 おじさんはと言えば、そちらには興味がなかったようだ。

 

 剥きだしになった地面、というか岩の上をしゃがんで見ている。

 

「あ! トリちゃん! 見てくださいな!」


 おじさんが指さす先には植物が生えていた。

 岩を突き破るようにして葉があるのだ。

 

『おお! いきなり発見であるな。うむ……しばし待たれよ』


 トリスメギストスが植物を鑑定する。

 

『ふむぅ……毒性はないようだな。触っても問題はない。ただ……うむ。色々と役立ちそうな植物であるな。主よ、その植物は球根が育つものだ。引き抜いてみてくれるかな』


 こくんと頷くおじさんだ。

 ただ岩の亀裂から葉っぱの部分が生えている。

 

 ならば、と魔法を使って岩を砕いてしまうおじさんだ。

 砂状にしたところで、葉っぱを掴んで引っこ抜く。

 

 ただ、かなり抵抗がある。

 

「ふぎぎぎぎ」


 ぎゅっと力をこめたところで葉っぱがちぎれてしまった。

 すてんと後ろに転んでしまうおじさんだ。

 

『ぬわはははは! 主でもそのような失敗をするのだな!』


 まだ笑うトリスメギストスだ。

 

『筆頭殿……それ以上は』


 ランニコールがなだめるも、柳に風のトリスメギストスであった。


「…………」


 おじさんは小さく息を吐いた。

 そして、指をパチンと鳴らす。

 

 魔法を使ったのだ。

 土に干渉して、植物を引っこ抜こうとする。

 が――魔法を使って理解した。

 

 でかい。

 予想をこえて球根が大きいのである。

 

 加えて、いくつも連なっている。

 芋のようなものかと考えたおじさんだ。

 

 ずずず、とおじさんが砂状にした地面から植物が姿を現した。

 カボチャくらいはありそうな大きさである。


 表面の色は赤紫だ。

 ドクドクと脈打つような太いひげ根が生えている。

 

 色は違うがカブのような形状かなとおじさんは思った。

 ただ――球根が一個、二個、三個と次々にでてくるのだ。

 

 最終的に全部で八個の球根がとれた。

 

「トリちゃん、なんだかスゴい植物ですわね」


 宙にふよふよと浮いている八個の球根。

 ひげ根で繋がっているので、ぶらぶらとしている状態だ。

 

『主よ、ひとまずは我に預けてくれるか。詳しく調べておこう。なにせ未知の植物であるからな、まずは解析してからだ』


「そうですわね。では、トリちゃんに渡しておきましょう」


『うむ。たしかに』


 と、トリスメギストスが収納してしまう。

 どこかへ送ったのだろう。

 

『マスター、あちらにも別の植物があります』


 ランニコールは周囲を調べてきたようだ。

 その言葉に従って、おじさんはいくつかの植物を採取した。

 

 タコ型の宇宙人みたいな形をした黄色の花。

 薄桜色をした小さな実。

 緑と茶色の斑点模様がある背の低い樹木。

 

 こんな高地でも探せば植物はあるものだと感心するおじさんであった。

 

「では、そろそろ行きましょうか」


 魔導武器のことである。

 案内いたします、とバベルが宙を飛ぶ。

 

 おじさんも飛行魔法を使う。

 トリスメギストスはおじさんの腕に抱えられていた。

 

 おじさんが最初に転移した場所から、さらに山頂へと登っていく。

 岩肌が剥きだしの部分と雪が積もった部分が入り交じる景色だ。

 

 霊山ライグァタム。

 その山頂には火口があった。

 

 ただ、噴煙はない。

 またマグマが見えるということもなかった。

 

 火山ではあるのだが、現在は活動していないのだろう。

 そんなことを考えるおじさんだ。

 

「マスター。あの火口の中に横穴があります」


 ほう、とワクワクするおじさんだ。

 まるでゲームみたいだとは口にはださない。

 

 飛んで火口の中に降りていく。

 その途中に、ランニコールがいうようにぽっかりと穴が口をあけていた。

 

『ランニコールよ、よくこのような洞窟に入ったものだな』


「マスターの命令は絶対ですので」


 そこへ、おじさんが光球を放った。

 横穴の中が一気に明るくなって、おじさんは息を呑む。

 

 灯りで照らされたその洞窟は、巨大な結晶で埋め尽くされていたからだ。

 

 恐らくは水晶。

 おじさんの背丈を優に超える結晶がゴロゴロ生えている。

 それが光球に照らされて、幻想的な世界を作りだしていたのだ。

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