第694話 おじさんは鬼人族の里でも信者を作りそう


 オリツの家の裏庭である。

 食事の準備に戻ってきたオコウが叫ぶ。


「なにこれ、なにこれ! 美味しすぎるんですけど!」


 彼女が口にしたのは、蜂蜜がたっぷり塗られたコーンブレッドだ。

 ザクっとした食感のホットケーキみたいなものである。


 バターがたっぷり。

 蜂蜜もたっぷり。

 

 確かに馴染みのある味なのだ。

 とうもうろこしの風味があるのだから。

 

 だけど、とんでもない甘味だ。

 それにバターという乳製品も初めて口にしたのである。

 

 とにかく美味しい。

 それを表現する語彙をオコウはもっていなかったのだ。

 

 そんなオコウを見て、おじさんはニコリと微笑む。

 やはり美味しい食事は人を幸せにするのだ。

 

 オコウの笑顔を見て、おじさんは確信した。

 この料理なら鬼人族にもうける、と。

 

「こっちも食べてみますか? 味が濃いので薄パンにはさんだ方が食べやすいかもしれませんわね」


 おじさんが差しだしたのはマカロニチーズだ。

 アメリカでは子どもから大人まで、皆が大好きな一品である。

 

 おじさんの言うとおりに薄パンにはさむオコウだ。

 それを食べて、またもや叫ぶ。

 

「にゃあああああああ! にゃあああああ!」


 オコウが猫になった。

 そんなことを思うおじさんである。

 

 さらに、おじさんはトドメとばかりに畳みかけた。

 フライドチキンである。

 

「どんたろすったらどんたろす! どんたろすったらどんたろす!」


 急に踊りだすオコウだ。

 なにごとかと思うおじさんたちである。

 

 苦笑しながら、オリツが言う。

 

「母上が申し訳ありません……あれは鬼人族に伝わる踊りなのです。こう喜びを表現するときに」


 これは転生者のよくないところがでている。

 どこかで間違って伝わったのかもしれないが。


 それでもなぁとおじさんは思った。 

 どうにもはっちゃけている転生者が多い、と。

 

 聖女しかり、マニャミイしかり、ヴァ・ルサーンしかり。

 あれ? 全員が聖女の関係者じゃないかと気づくおじさんだ。

 

 ひょっとして、鬼人族の初代というのも聖女の関係者?

 

 しっかり自分のことは棚に上げている。

 それが、おじさんのかわいいところだろう。

 

 落ちついたのか、オコウが席に座った。

 そして猛然と食べ始める。

 

 スープにコーンブレッド。

 タコスにチーズマカロニ、フライドチキンとフライドフィッシュ。

 どんどん食べる。

 

「は、母上……」


 大丈夫ですか、とオリツは言葉を続けられなかった。

 なぜなら自分にも同じことをした経験があるのだから。

 

 こんな料理があったのか、と。

 今までの食事はなんだったのか、と。

 

 否定ではないのだ。

 ただただ蒙を啓かれたという気分なのである。

 

「まぁ大目には作りましたけど、これは足りないかもしれませんわね」


 おじさんが呟くように言う。


「リーちゃん、私はもういいわ。お腹いっぱい」


 母親である。

 いつもならしないのに、下腹のあたりをさすっている。

 

「ミーマイカとサイラカーヤは……」


 二人も大満足といった感じである。

 というか唇がてっかてかに輝いていた。

 

「大変、美味しゅうございました。お嬢様」


「お嬢様、私、この揚げ物がとっても気に入りました!」


 ふむ、と納得するおじさんだ。

 

「では、料理長に作り方を伝授しておきましょうか」


「お願いします!」


 と、二人は同時に頭を下げるのであった。

 それに笑顔で応えるおじさんだ。


 オリツはと目をむけてみる。

 彼女もまだ食事中のようだ。

 

 かなりの勢いで食べている。

 オリツはチーズマカロニがお気に入りのようだ。

 

「オコウ! オリツ!」


 今度は男性の声であった。

 二人が戻ってこないので様子を見にきたのだろう。

 

「あ! 父上! こちらです! 裏庭です!」


 オコウのときと同じ流れであった。

 オリツの声に従って顔を覗かせる鬼人族の男性だ。

 

 二人よりもさらに大きな体躯。

 まさに鬼人という言葉がピッタリだと、おじさんは思った。

 

「え? 御子様?」


 挨拶をするおじさんである。

 オリツの父親はキタロウというそうだ。

 

 キタロウという名前もまた次の里長になる者が代々襲名している。

 この場でおじさんだけはわかっていた。

 

 きっと鬼の太郎と書くのだ、と。

 また転生者の悪いところがでている。


「キタロウさんもご一緒……」


 言いかけて、おじさんは見た。

 いや、見てしまった。

 

 オコウがシュバっと自分の皿を腕で囲うところを。

 そしてオリツが残っていたフライドチキンを、素早く自分の皿に移したところを。

 

 さらに、オコウはキタロウに対して笑顔をむけた。

 一切、目が笑っていなかったが。

 

 その表情は雄弁だった。

 おめーに食わせるメシはねえ、と。

 

「あ……え? おう……」


 娘と妻を見ていたのはキタロウも同じである。

 鬼らしい厳めしい顔つきだが、内心は優しいのだろう。

 

 二人を見て、ふと笑みをうかべたのだ。

 

「御子様、もう少し時間をあけて戻ってきます」


 気をつかって母親にもペコリと頭を下げるキタロウであった。

 すごすごと退散していく背を見るおじさんだ。

 

 つい、声をかけそうになってしまう。

 悲哀を感じてしまったから。

 

 でもグッと堪える。

 たぶん声をかけても、問題を大きくするだけだから。


「あなた、しばらく待っていてください、と父上に伝えてくださいな」


 里長であるトラジロウへの伝言だ。

 わかったと短く答えるキタロウなのであった。

 

「オリツ、オコウ」


 母親が口を開いた。

 公爵婦人の言葉に、二人の背が伸びる。

 

 二人は理解しているのだ。

 この場で逆らってはいけない人物が誰なのかを。

 

「それを食べたら、食事を作りに行ってきなさいな」


 二人は大きく首を縦に振るのであった。

 

「リーちゃん」


 今度はおじさんを見る母親だ。

 

「鬼人族の里と交易する準備をしておいた方がいいわよ」


「承知しました。となると、どこに設置するかですわね」


「そうねぇ。王都近郊……となるとどこがいいかしら」


 おじさんと母親が言っているのは転移陣の設置場所だ。

 公爵家領なら好きにできるが、王都となると考慮する必要がある。

 

「いえ、この際だから王都に領事館を作ってしまいましょうか」


 母親の提案だ。

 要するに鬼人族が出張して、滞在できる場所を作れということだ。


「なら、その領事館に刻んでしまいますか?」


 おじさんが母親の提案にのった。

 いずれ必要になるのなら、最初から作ってしまえばいい。


 ただ……王都には空き地がない。

 もう少し時期が早ければ、貴族街復興のどさくさに紛れることができたのだが。


「そうねぇ」


 と言いながら、母親は考える。

 鬼人族がいきなり町中に姿を見せるのはよろしくない。

 

 転移陣は便利だが、今のところ自由に設置できるという情報は伏せているからだ。

 

「スランが上手にやってくれるわ!」


「ですわね!」


 おじさんと母親は丸投げすることに決めたようである。

 侍女長は思う。

 また厄介な問題が増えた、と。

 

『マスター。少しお時間をちょうだいしてよろしいでしょうか』


 ランニコールである。

 おじさんに念話で通信が入った。


『かまいませんわ。なにかありましたの?』


『マスターが探しておられた魔導武器なのですが、大剣でよろしいでしょうか?』


『ええ。大剣であったと聞いています』


『ならば、恐らくはその武器であろうものを発見しました』


「本当ですの! どこにありますの?」


 興奮からつい、念話を忘れてしまうおじさんであった。

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