第693話 おじさんは鬼人族の里でも無双する
さて、とおじさんは材料を取りだして思う。
なにを作ろうか、と。
とうもうろこしの粉を使って作るのは決めている。
そのつけ合わせにどうするのか、だ。
侍女とオリツの二人が、期待に満ちた目でおじさんを見る。
もともとはちょっとした甘味を作ろうと思っていたのだ。
なので、話が大きくなってしまった今、ちょっと迷っていた。
「オリツ、鬼人族の里ではどんなものを食べますの?」
先に確認しておく。
「先ほどの薄パンを主食にして、お肉を食べることが多いです。あとはこちらの野菜をよく使います」
と、見せられたのはトマトとアボカドに似た野菜であった。
それと豆。
調味料はシンプルで塩と唐辛子を使うことが多いそうだ。
なるほど、とおじさんは頷いた。
これで方向性が決まったからである。
メキシコ料理を中心にしよう、と。
実はおじさんも好きな料理である。
暑い地域特有ともいえる、スパイスが効いた料理。
エキゾチックでありながらも、意外と口になじむのだ。
「では、こうしましょうか」
オリツには薄パンであるトルティーヤを焼いてもらう。
そして侍女には指示をだしてスープ作りを任せる。
唐辛子とトマトをベースにしたシンプルなスープだ。
その上にトッピングとして、アボカドとトルティーヤを砕いたものを使う。
味のベースになるのはチキンだ。
おじさんの宝珠次元庫には、様々な食材を入れてある。
トリを丸ごと一羽、寸胴鍋で煮ていく。
さて、とおじさんは主食作りだ。
今回はコーンブレッドを作っていくおじさんだ。
アメリカの南部料理で有名なメニューである。
ブレッドと聞くと、食パンをイメージするかもしれない。
が、無発酵で作ることもあって、どちらかと言えばパンよりもホットケーキに近い食べ物だ。
これに蜂蜜やジャムなどをつけて食べようと思っていたのだ。
甘味とはそういうことである。
実際には甘味としてだけではなく、主食のパン代わりに食べられることも多い。
チーズマカロニとコーンブレッドは定番だと言えるだろう。
そこで、はたと気づくおじさんだ。
手持ちの材料を使えば、マカロニが作れる。
さらにチーズソースを作ることも可能だ。
つまりチーズマカロニは再現できる。
ならば作ってみるか、と思うおじさんだ。
久しぶりに食べたくなったのである。
前世では何度かマカロニチーズは作ったことがあるのだ。
お手軽でチーズの濃厚な味が後をひく美味しさ。
それが、おじさんのやる気に火を点けてしまう。
はいやーと錬成魔法を発動させてマカロニを作る。
それを茹でるための道具もすべて魔法で用意してしまう。
ただ場所が足りない。
ならば、と厨房から外にでるおじさんだ。
そこは裏庭とも言える場所であった。
広くはないが調理をするには十分なスペースだ。
裏庭に魔法で調理台やらを、一瞬で作ってしまうおじさんである。
ついで雨除け、風避けの結界を張ってしまう。
そこから、おじさんの無双が始まった。
コーンブレッドを焼くための道具。
それを焼くための調理台。
それに加えて、メインとなる主菜である。
おじさんは今回、フライドチキンを作ろうとした。
アメリカの南部料理で最もポピュラーだからだ。
前世では某有名店の味を再現するという動画を見たこともある。
おじさん、フライドチキンが好きだったのだ。
ただ問題がひとつ。
チキンが足りなかったのである。
多くの人に振る舞うだけの量がない。
となると――。
おじさんは一計を案じて、調理に入っていく。
天下無敵の錬成魔法を自在に操るおじさんに死角はなかった。
「お嬢様、スープの味を見ていただいて……」
侍女が絶句する。
おじさんが裏庭を魔改造していたからだ。
ならぶ調理台と調理器具。
さらには外で食事をするための椅子とテーブルまである。
「うん。いいですわね。あとはお肉をとりだして、ほぐしてからスープの中に戻しておいてくださいな」
侍女の手から木皿を受けとり、きちんと味見をしたおじさんだ。
「畏まりました」
侍女が厨房へと戻って行く。
代わるようにオリツが裏庭に顔をだして固まってしまう。
超絶美少女が、ふんふんと鼻歌を歌いながら調理をしていたから。
そして様変わりしてしまった裏庭。
「ええと……うん」
なにもかもを飲みこんで、オリツは笑った。
そうなのだ。
こうなると思っていたのだから、と。
「オリツ、ちょうどいいところにきました。少し味を見てくださいな。鬼人族の舌にあうかわかりませんので」
おじさんがニコッと微笑む。
その笑顔が眩しすぎて、目を細めるオリツであった。
「……美味しい」
少し味見をしたオリツは、表情が緩むのを止められなかった。
公爵家でいただいた料理と遜色のない完成度の高さである。
どれもこれも美味しい。
「では、お母様たちをこちらへお連れしてくださいな」
「承知しました」
おじさんができあがった料理を盛りつけする。
テーブルには魔法を使って運んでしまった。
「ふわあ、リーちゃんスゴいわ!」
母親である。
テーブルに並べられた食事を見て驚いたのだ。
見たことがない料理がならんでいたのだから。
主菜にはフライドチキン。
他にも白身の魚をチキンと同じ粉であげたフライドフィッシュが、きれいに盛りつけられている。
侍女に任せておいた具だくさんのスープ。
その上にはアボカドとチーズをトッピングしてある。
そしてコーンブレッド。
こちらは主食として食べてもいい。
あるいは、おじさんが用意した蜂蜜やジャムを塗ってもいいだろう。
オリツが焼いてくれた薄パンことトルティーヤもある。
こちらはオリツが気を利かせて、はさむための具材を作っていたようだ。
おじさんの記憶でいうタコスである。
「これがリーちゃんの言っていた甘味なのね」
真っ先にそこから手をつける母親だ。
蜂蜜をたっぷりと塗って、パクリといく。
ざくっとした食感に近い。
とうもうろこしの香りと甘みが抜けていく。
そこに蜂蜜の甘さが足される。
母親も大満足という表情だ。
「こちらのお料理は少し味が濃いので、薄パンにはさんで食べるのもいいでしょう。オリツ、こちらの具材の説明を」
おじさんに話を振られて、オリツが説明する。
「こちらに野菜とお肉があるので、お好きなだけはさんで食べていただくといいです。あとこちらの調味料をかけて……」
指定されたお皿に入っていたのは、チリソースのような見た目だ。
そこからは侍女たちも卓を囲んで食事が始まった。
フライドチキンに手を伸ばすオリツ。
とまらないようである。
「この揚げ物のお肉もいいわね!」
母親も気に入ったようだ。
「私はこちらの魚が美味しゅうございます!」
侍女長である。
侍女はジャムをつけたコーンブレッドを頬張っていた。
「あら? 誰も居ないのかしら? とっても良い香りがするのに」
そこへ声が聞こえてきた。
「あ! 母上! 母上! 裏庭です!」
オリツが声をあげた。
姿を見せたのは、オリツと似た容姿の女性である。
オリツよりもさらに背が高い。
「え? あ? 御子様?」
とまどってしまっても当然だろう。
「お邪魔しておりますわ、オリツのお母様でよろしいのですか?」
おじさんが手をとめて、ニッコリと笑う。
その笑顔に言葉が詰まってしまうオリツの母親であった。
「え……あ、はい。オコウと申します」
ぺこりと頭を下げるオリツの母親である。
「こちらはわたくしのお母様と侍女たちですわ。もしよろしければ、ご一緒しませんか?」
よくわからない。
なにが起こっているのか、まったくわからない。
オコウは完全に混乱していた。
食事の準備をしに戻ってきたのだ。
家の中はとてもいい匂いに満ちていた。
娘であるオリツの声に誘われて裏庭へ足をむける。
すると裏庭が様変わりしていて、見たこともない料理が並んでいた。
その中心にいたのは、ニコニコしたおじさんである。
なんとか挨拶だけはしたものの、まるで状況が飲みこめない。
娘のオリツがなにか言っている。
ただ、その言葉が意味をなして頭に入ってこないのだ。
気がつけば、オリツに手を引かれ、椅子に座らされていた。
そして、見たこともない黄金色のなにかがかかったパンを口に含む。
「あまああああああい! 甘いよ、甘すぎるよおおおお!」
絶叫するオコウであった。
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