第689話 おじさん鬼人族の里に到着する
霊山ライグァタムの山中である。
その獣道のような道中で立ち止まっているおじさん一行だ。
『主よ、そのイシルディンはとりあえず収納しておくといい。後で加工については相談すればいいからな』
確かにトリスメギストスの言うとおりである。
おじさんは素直に宝珠次元庫に収納してしまう。
『御母堂よ、あとで資料を渡そうではないか』
「……わかったわ」
母親の扱いも巧くなっているトリスメギストスだ。
『うむ。騎士たちは……既に撤収の準備を整えているようだな』
「ヴェロニカ、リー。今は鬼人族の里へむかおう」
ここぞとばかりに念押しする父親だ。
さすがに心得ている。
というか、だ。
山歩きしているだけなのになぁと思う父親だ。
なぜか伝説と呼ばれる果物を見つける娘。
なぜか
あれ? どっちも娘が原因だ。
ニコニコと母親と話している。
そんな娘を見て、父親は考えた。
もうこれは運命みたいなものだ、と。
「スラン! もう鬼人族の里まで転移しちゃいましょう」
母親が父親にむかって言う。
「え? いいのかい?」
山歩きはもう良いのかと思う父親だ。
むしろ、そっちの方がよかったりする。
また歩いていたら、なにかしらが起こるからだ。
これはもう可能性ではない。
確定したことだと、父親は思っている。
「オリツに確認したら、まだまだかかるそうなのよ。さすがにもう飽きてきちゃったわ!」
という母親の鶴の一声であった。
バベルを喚んで、鬼人族の里の近くにまで移動してもらう。
どこかホッとした顔をしていたのは気のせいだと思うことにするおじさんであった。
逆召喚を使って、転移してしまう。
鬼人族の里から少し離れた場所に転移するおじさんだ。
そこは鬱蒼とした森ではなかった。
岩がゴロゴロとする広場である。
おじさんの目に飛びこんできたのは青空と雲だ。
しかも視界の下に雲がある。
雲海というやつだ。
これは、と思わず唸ってしまうおじさんだ。
かなり標高が高い場所なのだろう。
「スゴいわね。初めて見たわ」
母親の隣で父親も頷いている。
騎士や侍女たちも同じだ。
「体調が悪くなった者はいませんか?」
おじさんは確認をとっておく。
高山病の心配をしたのだ。
身体を慣らしつつ登ってきたわけではない。
一気に転移したのだから。
なにかしら不調が起こっても仕方ないと思ったのである。
だが、それは杞憂だったようだ。
もともとここの住人だったオリツは元より、騎士たちですら体調の異変を訴えた者はいなかった。
「いいですか、もし体調に異変を感じたらすぐに言うのですよ。これは鍛えているとか、いないとかそういう類いのものではありませんので」
おじさんの言葉に首肯する騎士たちであった。
「お母様は……大丈夫そうですわね」
「問題ないわ。もしなにかあったらリーちゃんに言うわ」
そうしてくださいな、と微笑むおじさんだった。
父親が周囲を見て、確認をとっている。
「では、行こうか。オリツ、案内を頼む」
「承知しました」
オリツが先導して歩いていく。
さすがに鬼人族の里が近いだけあって、道らしきものがある。
それだけで随分と歩きやすい。
少し歩くと、石作りの門が見えてきた。
ぐるりと外周を囲むような木の柵も見える。
見張りの者がこちらに気づいたようだ。
その見張りにむかって、オリツがブンブンと手を振った。
「先に伝えて参ります」
と、オリツが門にむかって走る。
久しぶりになる帰省だ。
どことなく弾むような足取りのオリツを、微笑ましく見るおじさんであった。
「では、しばらく待機しようか」
山道は細い。
なので邪魔にならない場所に移動する一行である。
「んーそもそもなんで鬼人族の里にきたんだっけ?」
母親が問う。
ここまで色々あったのだ。
頭から抜けてしまっても仕方ないだろう。
「そもそもは鬼人族が信仰する闇の大精霊様の話でしたわね」
おじさんが返答する。
そこに父親が付け加えた。
「鬼人族の里との交渉はどうかわからないけど、あとは義父上と義母上に頼まれていた魔導武器の件もあるね」
「すっかり忘れていたわ。しばらくは楽しめそうね!」
お母様ったらと笑うおじさんである。
そんな話をしていると、オリツが戻ってきた。
「里長に許可をもらいましたので、どうぞこちらへ。ご案内させていただきます」
オリツについていくおじさん一行である。
鬼人族の門番たちを見た。
大きい。
身長が優に二メートルを超えていると思う。
ついでに筋骨隆々とした身体つきだ。
「ようこそ、我らが里へ」
顔つきは厳ついが、愛想はいいようである。
ぎこちなさを感じるが笑みまでうかべる姿に、好印象を抱くおじさんであった。
門を超えて集落の中へ。
鬼人族の里の様子は、おじさんの予想外であった。
地形的に石や木などを使った家だと思っていたのである。
だが、そこにあったのは白い壁をした家々。
漆喰が使われていたのだ。
漆喰を作るには石灰が必要になる。
となると、現在でこそ山だけど昔は海だったのだろう。
いや、魔法のある世界のことだから前世と同じではない可能性もある。
「なんだか可愛らしい作りの家ね」
そう。
見た目が可愛らしいのだ。
家の形が円錐形なのである。
とんがり帽子の屋根に円筒状の家がならんでいるのだ。
可愛らしいと表現してもおかしくないだろう。
「ふむ……集落の中に人がいない。なら集まっているのかな」
父親はまた別の視点で景観を見ていたようである。
「あ、はい。すみません。里長の意向で門番以外の村人が集まっています。ええと……もう少し集落を進んだ先に、大きな岩室がありまして。そこが集会所になっているんです」
オリツの言葉どおりに進んでいくと、大きな岩のドームが見えてきた。
そのドームの前に鬼人族が集まっている。
「里長! 御子様をお連れしました。御子様のご両親と従者の方々もです!」
オリツが言う里長は白髪の鬼人であった。
身長は周囲の鬼人よりも低いが、それでも二メートルほどあるだろう。
おじさんが驚いたのは、彼らの服装である。
和服でいう着流しのような格好をしていたのだ。
着流しは羽織や袴を着用しないスタイルだと考えていい。
色使いや柄はちがうが、男女ともに似たような格好である。
そして――かすかに漂うこの匂い。
おじさんが気づかないわけがないのだ。
「オリツ、温泉がありますの?」
「ええ、ございます。少し集落からは外れるのですが、温泉場があります」
「いいわね! あとで入りたいわ!」
「ですわね!」
おじさんと母親の意見が一致した。
ただ――それよりも今は鬼人族の方が気になる父親だ。
「お初にお目にかかります、御子様。そのご家族の方々。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。御足労感謝いたしますぞ」
見た目よりも声が高い。
が、矍鑠さを示すような明瞭な口調だった。
おじさんが口を開きかけたところを、父親が手で制す。
「私はカラセベド公爵家の当主であるスラン=ロック・カラセベド=クェワ。こちらは妻のヴェロニカと、娘のリー」
「おお、公爵閣下ですか」
呵々と大笑する鬼人族の老人だ。
「名乗りが遅くなりましたな。私は里長をしております、トラジロウと申します」
んーと目を細めるおじさんである。
やっぱり鬼人族の里は転生者が関わってそうだ、と。
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