第688話 おじさんはやっぱりおじさんである
「それは嘘つきですわね!」
「そうなのです!」
おじさんたちの会話が耳に入ってきた騎士は思う。
それはあなただけだから、と。
物理に強いと評判の魔物は、本当に物理に強いのだ。
常人が殴れば、殴った手の方がダメになる。
下手に武器を使うと、武器の方が壊れるのだ。
そんな鋼トカゲを殴って爆散させるとか。
聞かなかったことにしよう。
そう決意するのであった。
「さっき素材と言いましたわね?」
「ええ。嘘つきトカゲの鱗が素材ですわ。でも、あんなに脆いのに素材って言われてもという話です」
「そうですわねぇ……」
おじさんの顔色を読む侍女が提案する。
「ちょっと素材を持ってきましょうか」
「お願いしますわ」
侍女が小走りで騎士たちのもとへ。
ゴトハルトに何事かを話して、鋼トカゲを丸ごと持ってくる。
重いっていう話はどこにいったのだろう。
当然だが若い騎士は、その姿を見て目をむいていた。
侍女は軽々と持っているのだから。
おじさんの前にどさりと鋼トカゲを置く侍女だ。
「お嬢様、こちらです。あ、この一匹はお嬢様のお好きなようにして構わないと隊長殿から許可をもらっていますので」
ふむ、とおじさんは膝を折って、鋼トカゲの前でしゃがんだ。
はらりと落ちてくる髪を耳の横へ。
「かちかちですけど」
そっと指先で触れてみるおじさんだ。
頭の天辺から、尻尾の先までゴツゴツとした鱗で覆われている。
いや見た目は鱗というよりも、金属の塊がくっついているような。
デコボコとした見た目だ。
「ああ――これは脆いですわね」
おじさんが指で突いたのだ。
その細く、白い指がボコリと鱗を貫いてしまう。
「でしょう?」
侍女の言葉にウンウンと頷くおじさんであった。
「リーちゃん。その素材は使い方がちがうのよ」
おじさんたちを見守っていた母親である。
母親は魔道具の専門家だ。
素材関連にも深い知識を持っているのだろう。
「はにゃ?」
と、可愛らしい声をだすおじさんであった。
母親が近づいてくる。
「ミーマイカ、ちょっと素材を切り取ってちょうだい」
侍女長がナイフを片手に素材を少しだけ切り取る。
それを受けとった母親は満足そうだ。
「うん、いい倒し方をしているわね。素材の変質もほぼない」
母親が素材を見てから、おじさんに言う。
「いい? リーちゃん、見てなさい」
母親が魔力をこめていく。
すると鋼トカゲの素材が黄土色に近かった色が、赤く色づいた。
「この状態で――」
母親が火の魔力に変える。
魔法になる以前の魔力の状態だ。
魔力の操作が巧くなければできない芸当である。
母親の火の魔力を素材が吸収していく。
すると色がさらに変わり、銀色へ。
「うん。久しぶりにやったけどいい感じね。ここでさらに――」
母親がまた魔力の質を変える。
今度は水の魔力だ。
さらに素材が色を変えて、黒っぽくなっていく。
「よし、と。これで最後に――」
最後に魔力そのものを素材に吸収させる母親だ。
するとペカーと輝いて、黒混じりの銀色へと変わる。
「まぁこんなものでしょう」
にこりと微笑んでから、ふぅと息を吐く母親であった。
「お母様、これは?」
「これはね、
おお、と声をあげるおじさんだった。
だってファンタジーを代表する金属なのだから。
それは興奮だってする。
いや、そもそもの話である。
おじさんは天空龍の鱗だのなんだのと伝説級の素材ばかりを扱っていたわけだ。
「わたくし、てっきり鉱石で採れるものだと思っていましたわ」
おじさんが目を輝かせて、母親の手にある
そんなおじさんに手の平サイズのミスリルを渡す母親だ。
「そうね。もちろん鉱石でも採れるのよ。むしろそっちの方が一般的ね。さっきやってみせたのだって、熟練の腕を持つ魔導師でしないとできないものだし」
母親が語っている。
その言葉を耳にしながら、おじさんはマジマジと
「お母様!」
やってみたいとおじさんの目が語っている。
なので母親は快く頷いた。
「え?」
声をあげたのは父親だった。
だっておじさん、トカゲ丸ごといったから。
最初は手の平サイズから始めると思っていたのだ。
「なるほど。面白いですわね!」
ふふふ、と笑うおじさんだ。
母親は黙って見ている。
一度見せたのなら、十分だからだ。
「ここで火の魔力に変えるのですわね」
鋼トカゲが丸ごと色を変えていく。
おじさんには魔力が見えるのだ。
故に、完璧なタイミングで魔力を操作する。
そして――最終段階に至って、おじさんは言った。
「お母様! これ、もう一段階上がありますわよ!」
自分でやってみればわかる。
この素材にはまだ上があるという確信があったのだ。
「なんですって! どういうこと、リーちゃん!」
「ちょっと見ていてくださいませ。ここ、このタイミングですわ!」
今度は風の魔力に変質させて、吸収させていく。
さらにおじさんは魔力を変質させる。
最後に土の魔力だ。
「え? 嘘でしょ?」
母親から声が漏れた。
なぜ、このことに気づかなかったのだろう。
そんな自分に腹が立つ。
「ふふ……そうですか、これで仕上げでいいのですね」
まるで素材と対話するかのようなおじさんだ。
そして、ぺかーとトカゲが光った。
その光が収まったときである。
トカゲが消えていた。
「え? えええ!?」
今度は侍女が声をあげる。
だって、目の前で素材が消えてしまったのだから。
父親と母親も顔を見合わせている。
侍女長や騎士たちも同じだ。
なにが起こったのだ、と。
「大丈夫ですわ! ここにちゃんと素材は残ったままです」
おじさんの手が透明ななにかに触れる。
ちゃんとした金属の感触だ。
「あら? 本当ね!」
興味津々の母親もおじさんの隣で素材に触れてみる。
父親は母親の対面で触っていた。
「うわ、見えないのに、ちゃんとある!」
「トリちゃん!」
こういうときはトリスメギストスの出番だ。
『またぞろ、なにかやらかすとは思っていたが……』
「やらかしていませんわ!」
トリスメギストスの言葉に反論するおじさんだ。
だって、上があると思ったからやっただけである。
そしたら思惑どおり上があったのだ。
『それはイシルディンという。
「聞いたことありませんわね」
『うむ。かつて存在していたとされる
か……かっこいい、とおじさんは思った。
『金属としては軽く、魔力の伝導性も高い。まぁ
んーと考えるおじさんだ。
例えば、この金属でマントのようなものを作ったら?
マントを着ている人間は姿を消せるのでは、と。
もちろん姿隠しの魔法はある。
が、あれもある程度は熟練した魔導師でないと使えない。
さらにウドゥナチャたちが使う陰魔法は言うまでもないだろう。
あれはかなり特殊な魔法だ。
ひょっとして、かなり有効なものが作れるのではと思う。
「ゴトハルト!」
母親が叫んだ。
自分もやる気である。
だって、上があると見せられたのだから。
一方で父親は思う。
これはマズい流れだと。
ヴェロニカの性格だと、できるようになるまでやる。
ひとつ釘を刺そうかと思ったときだった。
「畏まりました! 今すぐお持ちします!」
ゴトハルトが母親に返答してしまう。
若い騎士が三人がかりで、母親の前に鋼トカゲを持ってくるのを見て、父親は今日のうちに鬼人族の里に行くのを諦めた。
『御母堂』
と、トリスメギストスが声をかける。
『
「……異常ってその言い草はないですわ!」
『いや……主よ。そもそも素材を変質させて、
むぅと黙るおじさんだ。
父親にとってトリスメギストスは救世主だったようである。
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