第687話 おじさんの果物はとってもいいものなのかい?
霊山ライグァタムの山中である。
獣道のような場所ではあるが、おじさんたちは立ち止まっていた。
「お父様、お母様。おひとついかがですか?」
おじさんが先ほど切った赤い洋梨を差しだす。
それをつまんでみる両親である。
「あら? 美味しいわね」
「うん、これはいい」
父親と母親も笑顔になる美味しさだ。
おじさんもひとつ食べてみる。
ねっとりとした果肉が舌の上でとろけていく。
糖度が高く、甘い。
果汁もたっぷりだ。
その上で鮮烈な香気が鼻を抜けていく。
味わいは王蜜水桃に近い。
が、また別物である。
慣熟マンゴー、王蜜水桃に続く当たりの果物だ。
おじさんはそんなことを思っていた。
「いいですわね! とってもいい果物です!」
おじさんの笑顔で、騎士たちもゴクリと唾を呑む。
とても美味しそうだからである。
ひょいひょいとつまむ両親だ。
おじさんもつまんでいると、あっという間になくなった。
水の魔法で手を洗うおじさん。
こういうところはお嬢様なのだ。
どこかの蛮族なら、必ず手についた果汁を舐めていただろう。
「いいものを見つけてくれました、サイラカーヤにはお礼を言いますわ」
はい、ととってもいい笑顔になる侍女であった。
「では、たくさんあるのです。皆も食べるといいでしょう」
おじさんが錬成魔法を使って、追熟をしてしまう。
先ほどと同様に色を変える赤い洋梨。
それを侍女長たちが切り分けていく。
「あ、あの!」
オリツが手を挙げて発言する。
「どうかしましたか?」
おじさんは、こてんと首を傾げる。
「あの! 恐らくですが今、お嬢様が錬成した果物は……」
「果物は?」
「鬼人族に伝わる伝説のものかと思います! 古くは神にお供えしていたという伝説の!」
ぶふーと驚いて噴きだす騎士がいた。
けほけほと噎せている。
そんな果物を食べた?
嘘だろ?
という思いでいっぱいである。
逆に侍女は頬張っていた。
美味しかったからだ。
オリツの話など聞いちゃいない。
「ふむ……どういうことでしょう? ふつうに時間経過で追熟したものは、このように色を変えたりしないのですか?」
おじさんの問いに首肯するオリツだ。
「少し色がくすむような感じにはなるのです。ですが、ここまで色が変わったりはしません。あと、美味しさが私の知るものと段違いです!」
「……ふつうのものを食べたことがないので、わたくしにはわかりませんわね。サイラカーヤ、まだありましたか?」
「ふあい……」
もぐもぐゴックンと音を立てて飲みこむ侍女だ。
「……抱えられる分だけとってきましたから。鬼人族の里に手土産にするならもう少しとってきましょうか?」
「ですわね。お願いします」
「承知しました」
頭を下げてから、スッと姿を消す侍女であった。
おじさんは回りを見る。
手を伸ばそうか、迷っている騎士たちがいた。
苦笑をうかべて、おじさんは言う。
「もう切り分けてしまっているのです。食べてしまいなさいな」
ゴーサインがでた。
騎士たちは、父親を見て確認をとる。
父親も頷く。
「では、御言葉に甘えまして」
隊長のゴトハルトが先陣をきって食べるのであった。
「オリツ、せっかくですから、あなたも食べなさい」
は、はい……ととまどいながらも手を伸ばすオリツであった。
「……この果物も果樹園で栽培できたらいいですわね」
などと、またとんでもないことを言う。
「リーちゃん、是非ともその話は進めてちょうだい」
やっぱり母親もおじさんと同じなのである。
「ま、まぁそんな大事な果樹なら、いちおう鬼人族の了解を得た方がいいかもしれないね」
釘を刺すことにならないだろう。
そう理解していても、父親はいちおう言っておく。
「ですわね! 最悪は
「その意気よ! リーちゃん!」
いえーいとハイタッチをする母と娘であった。
「お嬢様、戻りましたー」
侍女が先ほどと同じく、空から振ってくる。
またもや腕にたくさんの赤い洋梨が抱えられていた。
それを宝珠次元庫に仕舞うおじさんだ。
「……群生地でもあるのでしょうか。あんなにたくさん取れる場所があるなんて……」
オリツが驚くのも無理はない。
希少だからこそ、鬼人族の里でも人気なのだから。
「さて、サイラカーヤも戻ってきましたし行きますか。オリツ、お願いします!」
オリツを先頭に隊列を組むおじさんたちである。
両親とおじさんは真ん中だ。
前後に騎士たちが護衛につく。
「お嬢様、さきほどの果物は美味しゅうございました」
「ですわね。また見かけない果物があったら採取しましょう」
おじさんと侍女は平常運転だ。
そう――これがいつもどおりなのである。
娘たちの不穏な会話を聞きながら、両親は苦笑いをうかべていた。
多少の山登りで疲れるおじさんたちではない。
談笑しながら、山歩きを楽しんでいる様子である。
たまに果物をとってきたりと、奔放ではあるが。
ただ、そろそろ陽が高くなっている。
お昼くらいだろう。
「ゴトハルト!」
おじさんだ。
実はさっきから式神の小鳥を飛ばして偵察していたのである。
「前方に魔物の群れがいますわよ」
おじさんに頭を下げるゴトハルトだ。
「……聞いたな! 物見に出ろ!」
若手の騎士が二人、駆けていく。
「オリツ、あなたは待機です」
飛びだそうか、うずうずしている様子である。
なので、おじさんが先に声をかけた。
オリツの実力は知っている。
だが、その実力も騎士たちと比べれば低いのだ。
身体能力のごり押しだけではダメなのである。
恐らく、この辺りの魔物には負けない自信があるのだろう。
だから一人で里をでているのだ。
「いいですか。見ることもまた修行ですよ」
おじさんの言葉に頷くオリツであった。
おじさんちにお世話になって幾日か。
そのほとんどを騎士たちと一緒に過ごした。
一緒に訓練をさせてもらうことで、自分に足りないものも見えてきていたのである。
「よろしい。ということで、お母様は魔法を解除してくださいな」
「もう! リーちゃんには隠せないわね!」
しれっと魔法を使う準備をしていた母親である。
高度な魔力の隠蔽がなされていたが、おじさんには通じなかった。
母親の魔法にまったく気づいていなかった父親である。
が、わかってましたよ的な顔だ。
「確認しました! 鋼トカゲの群れです!」
鋼トカゲ。
背中の部分が金属質の鱗に覆われている魔物だ。
大きさは尻尾まで含めて、二メートルほど。
「お館様、我らにお任せください」
ゴトハルトの言葉に頷く父親だった。
確認をとってから、命をくだす。
「物理は牽制のみにとどめよ! 魔法で対処するぞ!」
おう、と騎士たちから声があがった。
鋼トカゲはその鱗のせいで体重がある。
なので、鈍重で素早くはないのだ。
ただし舌を伸ばのすのと、毒液を吐くのが厄介である。
逆に言えば、この二つに注意すればいいのだ。
ある意味で対処しやすい魔物だと言える。
ほどなくして騎士たちが鋼トカゲを殲滅した。
怪我人もなかったようだ。
オリツは、その鮮やかな手際に感心していた。
やはり魔法も必要か、と。
少し離れた場所で侍女がおじさんに言う。
「あれは嘘つきトカゲ!」
「嘘つき?」
「物理に強いとか言うから殴ったんです! そしたら素材ごと身体が飛び散って怒られました! だから嘘つきトカゲなんです!」
侍女の言葉にニッコリ笑うおじさんであった。
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