第686話 おじさんが歩けばなにかが起こる


 明けて翌日のことである。

 目を覚ましたおじさんは、むふん、と鼻息を荒くした。

 満足していたのだ。

 

 今日も絶好調のおじさんだ。

 側付きの侍女とのルーティンにも力が入る。

 

 いや正確には力は抜けているのだ。

 だが技のキレがいつもよりも鋭い。

 相手をする侍女も大変である。

 

「お嬢様、今日も蛇人の里に行かれるのですよね?」


「そうですわ。というか、もう転移陣を刻んできましたから。あとはうちの地下にも刻んで結べば、蛇人の里とは行き来ができます」


 おじさんのサービス精神が炸裂した結果であった。

 侍女は勝手に結んでいいのか、と疑問に思う。

 

 が、おじさんのやることだ。

 なにかしらの考えがあってのことだろうと納得した。

 

 案の定、朝食の席でおじさんから聞いた父親は胃をさすっていた。

 母親は笑っている。

 

「抜け目がないわね」


 と、上機嫌だ。

 やっぱり似た者同士の母と娘なのであった。

 

「ねーさま、そにあもいっていい?」


「もう少し落ちついたら一緒に行きましょう」


 そうなのだ。

 今は蛇人たちの里もバタバタしているはずである。

 なので、お邪魔するのなら落ちついてからだ。

 

「ほんと! たのしみ!」


 妹も妹である。

 

 朝食の後だ。

 昨日と同じ面子で、蛇人の里を訪れるおじさんである。

 

「神子様。お待ちしておりました」


 マ・モザとグリヴ=オの二人だ。

 転移陣の前で待ち構えていたようである。

 二人の後ろには麻袋があった。

 

「こちらが御所望されていた生のヒーチェリでございます」


 グリヴ=オが麻袋をおじさんの前に持ってくる。


「ありがとう。とっても嬉しいですわ。ところで新しい住民はどうですか?」


「ええ、問題ありません。色々と戸惑いはあるでしょうが、既にこちらの生活に馴染んでいる者もおりますので」


 マ・モザが応える。

 少し時間が経ったことで、おじさんにも慣れたのだろう。


「それはよかったです」


 ニコリと微笑むおじさんだ。

 思っていたよりも、蛇人たちの適応力は高いようである。

 

「食料、その他で不足するものはありませんか?」


 昨日のことである。

 おじさんはダンジョンで物資を造っておいた。

 それを蛇人たちに渡したのである。

 

「今のところは何の問題もございません」


「そうですか。こちらの運営はカーネリアンとリリートゥに任せてありますので、なにかあれば二人に言ってくださいな」


 なにかと好戦的な女魔神たちだ。

 だが、やればできる子だとおじさんは信じている。


「そう言えば、あのお二人の姿がいつの間にか消えておりました。心配していたのですが」


 わずかに表情を変えるマ・モザだ。

 おじさんも少しだけ蛇人たちの顔が読めるようになっていた。


「問題ありません。あの二人であれば、あなたたちが呼べば姿を見せるでしょう。あなたたちは健やかに暮らせばそれでいいのです」


 ははーとおじさんに頭を下げる蛇人の二人であった。

 

「あ、そうですわ。あなたたちは魔導武器と呼ばれる武器を見かけたことはありませんか? 恐らくは大剣だと思うのですが」


 祖父母からの依頼である。

 ご先祖様が使っていたという魔導武器のことだ。


「……魔導武器ですか」


 首を捻る巫女のマ・モザだ。

 隣にいるグリヴ=オに視線をむける。

 

「……見かけたことはございません。我らは道具は使っても武器を使うことがありませんので」


「ふむ。まぁもしこの辺りで見かけたら教えてくださいな」


「畏まりました」


 これで用件は済ませたおじさんだ。

 使い魔に丸投げしてしまったが、他にもやることがあるのだ。

 さしあたっては鬼人族の里に行かないといけないのだから。


「お父様は蛇人たちになにかありますか?」


 唐突に話を振られた父親である。

 少しだけ考えて口を開く。


「私はアメスベルタ王国外務卿スランと言う。我ら王国は異人であるからといってキミたちを無理に従わせる気はない。もし交易を望むのなら、そのときに相談しようか」


 父親の言葉に顔を見合わせる蛇人の二人だ。

 恐らくは意味がわかっていない。

 外部との接触を断っていたのだから仕方ないことなのだろう。

 

「承知しました」


 とだけ短く返答するのであった。

 

「もうひとつだけ聞きたいことがあります」


 おじさんは蛇人の二人を見る。

 

「あなたたちは鬼人族の里を知っていますか?」


 その問いにも首を横に振る蛇人たちであった。

 自分たちの村だけで生活が完結していたのだ。

 

「オリツ、あなたも蛇人たちの里のことは知らなかったのですか?」


 鬼人族のオリツにも確認をとるおじさんである。

 オリツは大きく首を縦に振った。

 

「はい。私たちも霊山ライグァタムに住むのは鬼人族だけと思っていましたので。過去には別の種族が住んでいたかもしれませんが……その辺りは詳しくありませんので」


「ならば、鬼人族の里を目指しましょうか。この場所からだとわからないのですよね?」


「……そうですね。たぶん、私たち鬼人族の生活圏とはちがう場所のようですから」


 霊山ライグァタムは巨大だ。

 独立峰と言えど、例えば北側と南側では生活圏が被らないのだろう。

 

「では、どうしましょう?」


 おじさんの言葉は母親にむけられたものだ。

 母親の体調を気遣っているのである。

 

「そうね。少し歩きたい気分だわ。リーちゃん、あの川のほとりまで戻りましょうか」


「お父様もそれでよろしいですか?」


 おじさんの問いに首肯で応える父親だった。

 

「では、行きましょう。マ・モザ、グリヴ=オ、先ほども言いましたが、健やかに暮らしてくださいな。なにかあれば、わたくしの使い魔に言ってください」


 ハッと短く返答して、蛇人の二人はおじさんたちを見送るのであった。

 

 バベルにむかって逆召喚で転移するおじさんたち。

 騎士たちももう慣れたものである。

 

 ――お嬢様がやることだから。

 それで済ませるのだから訓練が行き届いている。

 

「オリツ、先導を頼みますわよ」


「お任せください」


 のんびりと山歩きをするおじさんたちだ。

 少し肌寒くなってきたとはいえ、実りの秋である。

 道中になっている果実などを見つけては、手にとるおじさんだ。

 

「あ! お嬢様、あちらにも果実がなっております」


 侍女である。

 ちょっと高いところにある枝に、小ぶりな瓢箪ひょうたんのような果実が連なっていた。

 

 たたっと走って、跳び上がって採取する侍女だ。

 くるりと回って地面に降りる。

 

「とってきましたー!」


 ニコニコと笑顔の侍女だ。

 なんだか今日は張り切っているような気がする。

 

「あら? これは……」


 おじさんの記憶で言えば、洋梨に近い。

 ただ洋梨はくすんだ黄緑色のような皮だったと記憶している。

 

 一方で侍女がとってきた果実。

 これは真っ赤に色づいている。

 飴がコーティングされているのかと思うほどツヤッツヤだ。

 

「あ! その果実は美味しいですよ!」


 地元民であるオリツが声をあげた。

 

「あんまり見かけない果実なのですが、鬼人族の間では人気の高い果実ですね。この辺りにもあったんですねえ」


 オリツの言葉に、両親と騎士たちも足をとめた。

 おじさんのお陰で、すっかりグルメになってしまったのだ。

 

「サイラカーヤ、もう少し探してきてくださいな」


「おまかせを!」


 侍女がすっ飛んでいく。

 やっぱり張り切っているようだ。

 

「オリツ、この実は皮を剥いて食べるといいのですか?」


「あ、収穫してすぐは美味しくないです。二・三日ほど置いてからでないと。あと鬼人族は皮ごと食べちゃいますけど、人によっては剥く方が好きかもしれません」


「ほう……追熟させないといけませんか」


 などと言いつつ、おじさんは錬成魔法を発動させる。

 天下無敵の錬成魔法だ。


 果実がぺかーと光って、濃厚な香気を放った。

 果実の皮が神社の鳥居みたいな、黄色混じりの朱に変わる。

 

 濃厚な甘みの中に、ほんのりと爽やかさを感じるいい匂いだ。

 それに目を丸くするオリツである。

 

「あ……それってまさか」


「ん? これで食べ頃ですか?」


 魔法で水をだしてきれいにする。

 流れるような動きで、果物を切り分けるおじさんだ。

 果汁がボトボトとこぼれた。

 

「ああ!」


 オリツが声をあげた。

 おじさんは首を傾げる。

 

 そのタイミングであった。

 

「お嬢さまああああ」


 侍女である。

 上空から降ってきて、しゅたっと着地する。

 

「見てください! こんなにたくさん!」


 両腕と胸を使って、果実を抱える侍女だ。

 

「えええええ!? 嘘でしょう!?」


 またもや大きな声をだすオリツであった。


 おじさんは平常運転である。

 きっとまたやらかしたことに気づいていないのだ。

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