第685話 おじさんについて行くのも大変だ


 蛇人の里にある四阿あずまやである。

 おじさんを見つめる両親。

 跪く蛇人たち。

 

 我が娘ながら、なかなか堂に入っていると思う両親である。

 

「では、バベルとランニコール。あなたたちは我が家の者たちをここに連れてきてくださいな」


 ハッと短く返事をして二人が姿を消す。

 

「マ・モザ、あなたを蛇人の里の長とします。グリヴ=オは補佐です。よろしいですわね?」


 まだ気を失っているマ・モザの代わりに、グリヴ=オが了承の意を示した。


「では、グリヴ=オ。あなたは新しい蛇人たちに里を案内してくださいな。食料その他の物資については心配する必要はありません」


「……畏まりました。マ・モザはどういたしましょう?」


「マ・モザには、わたくしについてきてもらいます」


 パチンと指を鳴らすおじさんだ。

 治癒魔法を発動して、マ・モザを気つけする。

 

「はう! あ、神子様」


「マ・モザ、あなたはヒーチェリの栽培にも詳しいですわね?」


「大丈夫です」


 その返答にニコリと笑うおじさんであった。

 

「カーネリアン、リリートゥの二人も村の構造を把握しておいてくださいな」


 矢継ぎ早に指示を飛ばすおじさんだ。

 好戦的な二人だが、おじさんには素直なようである。

 

「では、グリヴ=オ。蛇人たちを案内してくださいな」


 その言葉に跪いていた蛇人たちが立ち上がった。

 グリヴ=オの案内に従って、村の中へと歩いていく。

 

「お父様、お母様、わたくしちょっと失礼してダンジョンに行きますわね」


「うん。無理はしないようにね」


 父親が言う。

 その言葉に横で母親も頷いていた。

 

「では、行きますわよ!」


 マ・モザを伴って、コルネリウスのダンジョンに転移するおじさんだ。

 

 ふふ、と笑う母親である。

 

「リーちゃんってば、せっかちね」


「まぁできることはやらないと気がすまないんだろうね。小さい頃からそうだったじゃないか」


「そうね」


 と会話をする両親である。

 そこへ侍女や騎士たちが転移してきた。


 バベルとランニコールが連れてきたのだ。

 キョロキョロと辺りを見て、侍女が言った。

 

「お嬢様の姿が見えませんね」


「ああ、リーちゃんならいつもどおりだよ」


 父親の言葉で、色々と察する侍女であった。


「奥様、体調は?」


 侍女長は母親の様子を確認している。

 

「問題ないわ。ああ、喉が渇いたからお茶の用意をしてちょうだい」


「畏まりました」


 こちらはこちらでいつもどおり。

 それがおじさんの家族なのである。

 

 一方でおじさんだ。

 

「おおー。リーちゃんだおおお!」


 タオティエである。

 転移したおじさんを見つけて突進してくる。

 

「ひい!」


 マ・モザがその恐るべき突進を見て悲鳴をあげた。

 だが、タオティエをあっさりといなすおじさんである。

 

「タオちゃん、お久しぶりですわね」


「そうだお! タオちゃん、寂しかったお!」


 ぐりぐりとおじさんの身体に顔をこすりつけるタオティエだ。

 そんなタオティエの頭をなでてやるおじさん。

 

「タオちゃん、コーちゃんはどこにいるのです?」


「お? コーちゃんな!」


 にぱあと笑うタオティエである。

 

「しらないお!」


 まぁそんなもんだ。

 おじさんはタオティエと手を繋ぐ。

 

「じゃあ、コーちゃんのところに行きましょうか」


 既にコルネリウスの魔力は掴んでいる。

 妖精の里に行っているようだ。

 

 なにか問題でもあったのだろうか。

 まぁいいか、とおじさんはタオティエとマ・モザを連れて、転移するのであった。

 

『マスター! お久しぶりでございます!』


 ふよふよと飛んでくるコルネリウスだ。

 翼のある蛇であるケツァルコアトルの化身である。

 

「コーちゃん、お久しぶりですわね!」


“おー! 女王だー”

“女王がきたぞー”

“お菓子の女王だー”

“ちょっとあーしらのこと放っておきすぎ”

“うきゃあああああ”


 妖精たちだ。

 相変わらず騒がしい。

 

「ちょっと待ってくださいね、コーちゃん」


 断ってから、おじさんは宣言する。

 

「お菓子を持ってきました! さぁどうぞ!」


 宝珠次元庫からお菓子をだすおじさんだ。

 大量に。

 

 まっさきにタオティエが飛びこむ。

 そこに妖精たちが群がった。

 

 黙らせるのなら、これがいちばんなのである。

 

「さて、これで静かになりましたね。コーちゃんはなにか妖精の里に用があったのですか?」


『ラバテクスがたまったので、女王を呼んでほしいと言われて様子を見にきました』


「なるほど。揉めごとではなくてよかったですわ。では、後でラバテクスをもらっていきましょうか」


『まぁ揉めごとの原因はだいたい元女王でしたから』


 蛇なのに苦笑するコルネリウスであった。


「さて、わたくしの隣にいるのは蛇人の巫女であるマ・モザです」


 目まぐるしく変わる風景についていくのがやっとのマ・モザだ。

 ペコリとコルネリウスに頭を下げる。

 

 おじさんは計画をコルネリウスに話す。

 ヒーチェリ量産計画である。

 

 これによって蛇人の里が外部との繋がりをもち、欲しい物資を手に入れられるようにしたいのだ。


『承知しました。私にはさほど負担はありませんので、高地の環境を再現してみましょう。むしろそちらに興味があります』


 パタパタと羽を小刻みに動かすコルネリウスだ。

 ダンジョンマスターとして能力を十全に発揮できる。

 そんな機会を求めていたのだろう。

 

 おじさんはがっつりと魔力を供給していく。

 それに身を震わせるコルネリウスだ。


『では、新しく作ってしまいましょう!』


 コルネリウスもノリノリであった。


「リーちゃん!」


 タオティエだ。

 おじさんの腰にしがみついてくる。

 

「タオちゃんもリーちゃんの魔力がほしいお!」


「いいですわよ。お好きなだけどうぞ!」


 おじさんがタオティエに魔力を供給してやる。

 大食らいのタオティエなのだから魔力ですむなら安いものだ。

 

 まぁそんなことを言えるのも、おじさんくらいのものだけど。

 

「ふおおお! ふおおお!」


 タオティエが興奮している。

 興奮して、ぶーと鼻血を吹いて倒れるのであった。


「タオちゃん!?」


『マスター。大丈夫です。ちょっと食べ過ぎただけですから』


 見れば、実に幸せそうな顔で気を失っているタオティエであった。

 

 ちなみに、さっきからちゃっかり魔力を吸っているものもいる。

 聖樹だ。

 そのことに気づいていながらも、何も言わないおじさんであった。

 

 聖樹の幹が太くなり、葉も生き生きと生い茂る。

 もはや魔力の底が抜けたというのも比喩ではなくなってきたようだ。

 

「では、行きましょうか」


 コルネリウスが作った新しい階層へと移動するおじさんたち。

 高地の環境を整えていく。

 

 マ・モザに確認を取りながら、おじさんは細かく調整していく。

 それに応えるコルネリウスも楽しそうだ。

 

「神子様、最後は育ててみないとわかりませんが、かなりいい土地になったと思います。ヒーチェリを育てるのが楽しみです」


 マ・モザもニッコリだ。

 蛇人なので表情はよくわからないが。

 声が楽しそうである。

 

「ダンジョンなので、いつも勝手がちがうかもしれませんがよろしくお願いしますわね」


 では、とおじさんが階層の一角に転移陣を刻んだ。

 

「この転移陣で蛇人の里と結んでしまいますわね。ヒーチェリ以外にも育てることができる作物と言えば、トウモロコシやじゃがいもがありますわね」


『その作物ならダンジョンの素材として用意できます!』


「ふむ。ではこちらも育ててみるといいかもしれませんわね。マ・モザたちに任せますわ」


 コルネリウスから種芋と種子を受けとるマ・モザであった。

 

「あの……育て方がわかりません。もう私が産まれた頃には、ほぼ作物を育てていませんでしたので。ヒーチェリは儀式にも使うので育てていましたが……」


 マ・モザの返答におじさんがニヤリと笑う。


「そういうときは出番です! トリちゃん!」


 おじさんに死角はなかった。

 情報という意味なら、トリスメギストスに並ぶ者はいない。

 

『まぁ……我に聞くのはまちがっていないのだがな』


 情報を記載した紙をおじさんに渡す使い魔であった。

 

『主よ、一区切りついたのなら戻った方がいい。御母堂と御尊父がお待ちだからな。そろそろ陽も暮れるぞ』


「ああ、そんな時間なのですか? なら戻りましょうか。コーちゃん、また明日きますので」


『畏まりました』


 そんなこんなで嵐のように去っていくおじさんたち。

 蛇人の里でもパパッと転移陣を刻んでしまう。

 

「お父様、お母様、お待たせしました。帰りましょう!」


「え!?」


 と声をあげる両親だ。

 蛇人の里の一角にでも泊まるかと思っていたのである。

 

「一度、お屋敷に戻りましょう。また転移で戻ってくればいいのですから」


 おじさんの提案に逡巡する父親だ。


「……そうしようか。リーちゃん、魔力に問題は?」


「一切ありませんわ!」


 若干だが、頬を引き攣らせる両親であった。

 今日はずっと魔法を使いっぱなしだ。

 それなのにけろりとしている。


「じゃあ、帰りましょうか」


 のほほんと言う母親であった。

 今日は気晴らしができてよかったと思っている。


 しかも霊山ライグァタムにある蛇人の村という遺跡レベルの風景まで見られたのだから。

 

 お屋敷に戻ったおじさんは大満足だった。

 前世から培ったワーカホリックは、なかなか抜けそうにない。

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