第683話 おじさんちょっぴり後悔する


 引き続き女神の空間である。

 おじさんの使い魔たちも賑やかになったものだ。

 

 どちらかと言えば、バベルとランニコールは落ちついた人格である。

 そのため賑やかになるのは、限られたケースでだけであった。

 

 だが――そこにカーネリアンという新顔が入ったのだ。

 ランニコールの妹にして妻。

 そして最古のヤンデレである。

 

『主よ、少し確認したいのだがな』


 トリスメギストスである。

 おじさんたちの話を聞いていて、思うところがあったのだ。

 

『主よ、先ほどからラマシュトゥだったか? バベルの妻を喚ぶと言っておるが、あの魔法陣は召喚する者を限定できないはずだが』


「確かにトリちゃんの言うとおりですわ。ですが――次は彼女がくると思うのです」


『ふむ……勘か』


「勘というよりは確信ですわね。だって、バベルの奥方様も癖が強そうじゃないですか?」


 ああ――と妙に納得してしまうトリスメギストスである。

 確か好敵手だと言っていたか、と思いだしたのだ。

 

 トリスメギストスの感覚で言えば、よくわからない。

 好敵手で妻。


『うむ――ツンデレというやつかな?』


 それがトリスメギストスの結論であった。


「さぁ? わたくしはよく知りませんので。そこまではなんとも」


 おじさんもよくわからないのだ。

 なので言葉を濁しておく。

 

「大主様!」


「ええい、やめろと言うておるだろうが」


 カーネリアンにかぶせるように言うバベルだ。

 その表情が物語っていた。

 

 妻であるラマシュトゥを喚ぶのに否定的であることを。

 

「カカカ。バベル殿、もう諦めた方がいい」


 ランニコールが再び、バベルと肩を組む。

 ニヤニヤとしながら。

 だが、目だけは笑っていない。


「ランニコールまで何を言うのでおじゃる!」


 バベルだけが必死であった。


『おうおう。揉めておるわ』


 完全に他人事のトリスメギストスは高みの見物だ。

 

「まぁ楽しそうにしているのならいいのです」


 魔法や拳が飛んだりしないのなら、おじさんは黙認するのだ。

 

「とは言え、あれはずっと続きそうですわね」


『うむ。――もう喚んでしまうか』


「いえ、トリちゃんに確認しておきたいこともあります。お茶にしましょう」


 おじさんはソファのある場所に移動する。

 引き寄せの魔法を使って茶器を用意して、流れるような動作でお茶を淹れた。

 

『確認しておきたいこととはなんだ?』


 おじさんがお茶を含む姿を見て、トリスメギストスが言う。

 

「ひとつは先ほど蛇人の里で見たヒーチェリのこと。それと魔導武器のことですわね」


『ああ――ヒーチェリか。うむ。豆そのものを食べることもできるが、あまりおすすめはせんな。やはり蛇人たちのように飲用するのがよかろう』


「です、か。栽培の条件についてはどうですか?」


『かなり特殊な植物だと言えるだろうな。恐らくはこのライグァタムの環境でないと栽培は難しいかもしれん』


 その辺は前世とは同じではないようだ。

 おじさんも少し考える。


「ダンジョンで栽培することは難しいですか?」


『ダンジョンでも栽培はできる。が、この環境を再現する必要があるからな。高地で寒暖の差が大きいというのが重要だな』


 恐らくは可能である。

 おじさんの魔力によるごり押しがあれば。

 

 うむぅと頭を捻るおじさんだ。

 どうするべきか。

 

 ダンジョンであれば、完璧に気候を調整できる。

 が、コルネリウスの負担が大きくなりそうだ。

 

 今でも果樹園を任せているのだから。

 それに厄介な女王がいなくなったとはいえ、妖精の里もダンジョンだ。

 

 タオティエの様子も気になるので、顔をだしてみようと心のメモに書きこむおじさんであった。

 

「トリちゃんは蛇人の里とダンジョンを繋いでしまうのをどう思いますか?」


『そうであるな。蛇人たちにとっても外部とのつながりができるのは悪くないと思うぞ。ただそれを望むかは知らんがな』


 おじさんは思う。

 前世でのコーヒーと言えば、だ。

 

 赤道直下から南北緯三十度以内でないと育たなかった。

 俗に言うコーヒーベルトである。


 さらに高地と低地では同じ豆でも味がちがったのだ。

 有名な産地に山の名前がつくのは、高地で栽培されたものが高品質だとされたからである。

 

「では、蛇人たちの里で大規模農業でもやりますか。ヒーチェリについては売りに出す気はありませんが……」


 完全に嗜好品なのだ。

 だから、おじさんは自分や必要とする者たちが楽しめればいいと考えている。

 

 ヒーチェリを使って商売をすることは考えていないのだ。


『主よ、大まかな方向性だけ決めておけばいい。細かいことは後でよかろう。まずは蛇人の里を復興させてからの話だ』


「ですわね」


 おじさんとトリスメギストスの話が一区切りついたところで、カーネリアンが進み出てきた。


「大主様! お手を煩わせてしまいますが、ラマシュトゥを喚んでいただけないでしょうか?」


 見れば、バベルとランニコールは、がっちり組み合っている。

 プロレスでいうロックアップの形だ。

 

「はははは。潔くないですぞ」


「だまりや!」


 まったく。

 面倒なと思うおじさんだ。

 ただまぁ……喚んだ方がいいのだろう。

 

 なにせ、あちらからこちらへとは勝手にこれないのだから。

 一人残される寂しさをおじさんは知っている。

 

再誕の祝福デヴィル・リバース!】


 ということで、魔法を発動させるおじさんであった。

 

「げええ! 主殿! 殺生な!」


 バベルが叫ぶも、既に遅かった。

 魔法陣が輝き、新たな魔神が姿を見せる。

 

 目つきの鋭い美人さんだ。

 カーネリアンも猛々しく美しいが、またちょっと方向性がちがう。

 どちらかと言えば、秘書といった感じだろうか。

 

 朱の内袴に白のひとえに濃紺のうちき

 ひとえは上着、うちきは上着の上に羽織るもの。

 要は公家の女房姿である。

 

「……やはりこの魔力で正解だったようね」


 その秘書系美人さんが、カッとバベルを睨む。

 ランニコールはそそくさとその場を離れた。

 

「ようやく見つけました、――様!」


 もう何を言っても遅い。

 なので、バベルもまた召喚された魔神を見る。


「麻呂の今の名前はバベルという。あちらでの名は使えんぞ」


「神の門の名をいただいたというのですか? あなたが?」


「おもしろかろう」


 かかか、と笑うバベルであった。

 

「悪霊の王たる者が……なんたること!」


「――! やめておきなさい!」


 カーネリアンが割って入る。

 自らと同じ愚を犯させるわけにはいかないから。

 

「あなたもこちらへ来ていたのですか」


 冷静なようでいて、言葉の端々から不穏なものを滲ませている。


「ええ、つい先ほどね。私は……」


「ふん! 口ほどにもない!」


 カーネリアンの言葉を切って捨てる魔神であった。

 その言葉に反応するヤンデレだ。


「あ゙あ゙ん? 畳むぞ、こら!」


「やってみるがいい!」


 おじさんは思う。

 なんでこんなに血の気が多いのだ、と。

 

 このままではヤンキー漫画になってしまう。

 そんなことを考えながら、おじさんは口を開いた。

 

「トリちゃん、神とはあのような者が多いのですか?」


『うむ。まぁ我の口からはなんとも言えんな』


 なんとも苦々しい口調になるトリスメギストスだ。

 

「マスターの御前ぞ、二人とも静かにせよ」


 ランニコールが割って入る。

 が――二柱の女魔神に睨まれた。

 

「これはもうダメかもしれませんわね」


 おじさん、自分が召喚魔法を使ったことを後悔するのであった。

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