第682話 おじさん思わぬ事態にちょっと慌てる
女神の空間が白一色に染まった。
おじさんの腕に巻きついていた螺旋が放った光によって。
その螺旋が無数の花びらへと変わっていく。
前に突きだしたおじさんの両腕から、二重の螺旋を描いて魔神へと襲いかかった。
もはや観念したかのように魔神がうなだれる。
そこへ割って入ったのはランニコールであった。
「兄様?」
全力で魔法防御を展開するランニコールだ。
しかし、おじさんの禁呪の前には何の意味もなかった。
「兄様!」
驚く魔神である。
「な!?」
驚いたのはおじさんだって同じだ。
マズいと判断して、咄嗟に両腕を真上に。
ランニコールをかすめて、禁呪は上空へと進路を変えた。
「ランニコール!」
おじさんが叫んだ。
「申し訳ございません。マスター」
ほんの少しだけ触れただけで、ランニコールの両腕は消えていた。
そのランニコールの足にすがり、ボロボロと泣く魔神だ。
「なにを謝るのです。早く治癒をしませんと」
そこでおじさんは思いだす。
欠損を治癒する場合は現物が必要だと。
現物がなければ治せないのだ。
そう――薄毛の薬を作るときにトリスメギストスが言っていた。
だが、同時に解決策も思いだす。
その場合は時を戻す魔法を使うのだ、と。
こちらもおじさんは習得済みである。
ただし人に使うのは初めてだ。
「既にお気づきでしょうが、これなるは小生の妹にして妻なのです。マスターへの無礼を、そしてバベル殿にも無体を働いたこと、代わって謝罪いたします」
深く、深く腰を折って頭を下げるランニコールだ。
「もうそんなことはいいのです。トリちゃん!」
トリスメギストスが姿を見せた。
『ふん。やはりこうなったか』
状況を見て、おおよそのことを察したトリスメギストスだ。
「トリちゃん。それよりもランニコールの腕を治癒します。魔神であるのなら時戻しの魔法も!」
『ああ――主よ。時戻しの魔法などという危険性の高いものを使わなくてもいいのだ。ランニコールは主の使い魔であるからな』
「どういうことですの?」
どうにも気が動転しているおじさんだ。
割って入ってきたとはいえ、自分の使い魔を傷つけてしまったのだから。
『うむ。使い魔、それもランニコールは高位の魔神である故な、相応の魔力を供給してやれば後は自力で回復できるのだ』
「そうなのですか?」
おじさんはランニコールにも問う。
「筆頭殿の仰るとおりです」
ランニコールは頭を下げたままだ。
おじさんに対して、同僚に対して、申し訳が立たないのである。
「よかった! ならば、魔力を供給しましょう」
頭を下げたままのランニコールの肩に触れるおじさんだ。
そして魔力視を使いながら、魔力の供給を開始する。
いつもは自然と行っていることだ。
それを意識するだけでも、魔力の供給量が段違いにあがった。
「むお……これは」
ランニコールが顔をあげた。
超絶美少女を見る。
おじさんは真剣な表情であった。
口を挟めそうにない。
『ランニコール。主の魔力はもはや底なしである。気にせず受けとるがいい』
「い、いや筆頭殿。ち、ちがう。この魔力は……」
ランニコールの腕が一気に再生した。
だが、おじさんは必死になっていて気づいていない。
とめどなくあふれる魔力の源泉に触れたランニコール。
今でこそ悪魔として貶められているが、元は主神であったのだ。
その頃の姿を取り戻すほどに、おじさんの魔力はえげつなかった。
「マスター。もう十分でございます」
ランニコールの声で我に返るおじさんだ。
「ふぅ……うん。無事なようで何よりです」
ニコリと微笑むおじさんであった。
その笑顔にランニコールは自然と頭を下げた。
『まったく。主は魔力だけなら、そこいらの神など相手にならんな』
「トリちゃん、わたくしは神と……」
戦おうとは思いません、と言いそうになったおじさんだ。
だが――ついさっきまでのことを思って口を
『なんだと言うのかな? ぶわははは』
勝ち誇るトリスメギストスだ。
なんだかイラッときたおじさんである。
「マスター!」
気づけば、ランニコールが跪いていた。
その隣には件の魔神もいる。
「急にどうしたのです?」
「小生の妹も使い魔にしてやっていただけないでしょうか」
ランニコールの願いはわかる。
使い魔にして腕を治してやりたいのだろう。
魔神の。
「かまいませんが……使い魔になることを了承するのですか?」
前半はランニコールに、後半は魔神に問うおじさんだ。
「――! 答えなさい。偉大なるマスターに忠誠を誓うのか」
ランニコールも魔神に問う。
魔神は顔をあげて、ランニコールを見た。
「兄様。私は……私は腕を治してもらうために使い魔になるのではありません。大主様を認めたからです」
魔神がおじさんに向き直った。
そして深々と頭を下げる。
「大主様の御業に感服いたしました。私はこれより大主様の手足となりて働きましょう。私に名を頂戴できましょうや」
「ふむ」
おじさんは頭を捻る。
またもや名づけだ。
「では、カーネリアンというのはどうでしょう?」
これは重要な埋葬品だったはずだ。
「カーネリアン……」
魔神がおじさんを見て、初めて微笑んだ。
「我が名はカーネリアン。大主様との契約の証とする!」
ビカーと光る魔神だ。
同時に、おじさんから魔力が供給されていく。
失った両の腕も完全に元通りだ。
『主よ、念のために確認しておくが魔力に問題はないか?』
「まったくありませんわ」
『ならばよし! 改めて言っておこうか。我は主の使い魔筆頭トリスメギストス。主のために励むのだぞ、カーネリアン』
筆頭マウントを取りに行くトリスメギストスであった。
「では、カーネリアンに蛇人たちの村の復興を任せます。ランニコールは調整役ですわね」
「畏まりました」
二人が揃って頭を下げる。
随分と素直になったようだ。
「バベル!」
おじさんがもう一人の使い魔も呼ぶ。
姿を見せるバベルだが、しっかり肩の傷は治っているようだ。
一安心するおじさんである。
「ふむ……主殿はあのじゃじゃ馬も手懐けたのか」
「ああん?」
じゃじゃ馬と呼ばれて、ご機嫌斜めになるカーネリアンである。
が、ランニコールが叱責した。
「カーネリアン。バベル殿もまた我らの仲間だ。その好戦的な一面は控えよ」
「……兄様がそう仰るのなら」
さすがに苦笑いをするおじさんであった。
ところで、と話を切り替える。
「バベル、あなたにも妻がいるのですか? いるのならこの機会に喚んでもかまいませんが」
おじさん、バベルの妻については知らなかった。
だから確認してみたのである。
「ああ――麻呂の妻でおじゃるか」
歯切れがよくないバベルだ。
「いるでしょうに! ラマシュトゥという妻が」
カーネリアンから告げ口するように言う。
ラマシュトゥ? と首を傾げるおじさんだ。
ああ――こちらに喚ばれていないから名前が言えるのか。
「ラマシュトゥはバベル殿の配偶者であり、好敵手といった存在なのです」
ランニコールがおじさんに解説した。
「好敵手? よくわかりませんわね」
おじさんが首を傾げる。
そこへバベルが重い口を開いた。
「主殿は魔神信仰をご存じでおじゃるか? 麻呂は悪霊の王。そしてラマシュトゥは病魔の悪霊でおじゃるな。つまり立場としては麻呂の方が上になる」
ああ、と納得するおじさんだ。
要するに御霊信仰のようなものだと思ったのである。
恐らく悪霊の王であるバベルを祀ることにより、部下となる悪霊たちを防ぐといった意味あいだろう。
「どうしますか? わたくしはどちらでもかまいませんが?」
「大主様。是非とも喚んでいただきたいです。あの子も寂しそうにしておりましたから」
カーネリアンの言葉に目を大きくするバベルだ。
「ハハハっ! バベル殿! 逃がしませんぞ!」
バベルと肩をがっちり組むランニコールだ。
そこにはお前も道連れだという断固たる決意があったそうである。
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