第677話 おじさんいつものようにすんなりと目的地に行かない


 霊山ライグァタム。

 ラケーリヌ家の領地にある山である。

 

 山脈にある山ではなく、独立峰だ。

 要するに富士山のような山だということになる。


 裾野の北と東は森だ。

 西と南は大きな湖に囲まれている。

 

 ただ、大きい。

 六合目くらいだろうか。

 そこから雲がかかっていて、頂上までは見えない。

 

 三百年ほど前までは神殿から禁足地に指定されていた。

 神からの啓示があったらしい。

 その後、それが解除された。

 

 だからと言って、かんたんに入山することはできない。

 そもそも森を抜けるのも大変なのだから。

 

 さらに森を抜けた先には検問所がある。

 許可がないとそこから先に進むことができない。

 

 おじさんたちは少し離れた場所にある高台にいた。

 馬車は宝珠次元庫の中である。

 おじさん含め、公爵家関係者が六人で護衛騎士が十人だ。

 

 当然だが、おじさんの逆転移で転移したわけである。

 霊山ライグァタムの威容を眺めていたのだ。

 

「ううーん。良い眺めねえ」


「お母様、あちらの湖はなんというのですか?」


「確かケレブ=ウルテア湖だったかしら」


 おじさんは地元民であるオリツに目をむけた。

 オリツは小さく首を縦に振る。

 

「私たちの間ではウルテイア湖と呼ばれていますね。このウルテイアですが、古い言葉で水の精霊を意味するそうです」


「ほおん。水の精霊ですか」


 おじさん、ちょっぴり嫌な予感がする。

 なにかと出しゃばりなお姉ちゃんを思いだしたからだ。

 

「ケレブは確か前期魔導帝国時代では、偉大なるという意味で使われていたそうですから。なら大精霊を意味するのかもしれませんわね」


 おじさんの言葉に頷く父親と母親である。

 二人、いやおじさんも含めて博識なのだ。

 

「さて、もう少し時間をかけてゆっくりしてもいいですが……行ってしまいますか?」


「そうだね。景色を見るのなら帰りでもいい。まずは用を済ませてしまおうか」


 父親の言葉に頷くおじさんだ。

 さっさと転移を発動してしまう。


 目指すは検問所の少し手前の森だ。

 既にバベルが移動している。

 

 ぱちんと指を弾くと、一瞬でその場にいた者の姿がかき消える。

 一行は森の中に転移していたのであった。

 

「リーちゃん」


 母親がおじさんに言う。


「どうかしましたか?」


「魔物の気配がないわね」


「はい。わたくしの使い魔が気を利かせてくれたのでしょう」


「ほおん。お礼を言っておいて。面倒なことをせずにすんだ、と」


「承知しました」


 と言うか、バベルは姿を消しているが近くにいる。

 ばっちり母親の声も拾っていたのだった。

 

「お館様、先触れをだしておきます」


 護衛騎士隊長のゴトハルトだ。

 副長のシクステンはごねたが留守番役である。

 

「ああ、頼むよ」


 父親の言葉に従って、二名の騎士が駆けだす。

 

「さて、ちょっとお召し物を変えておきましょうか」


 父親は男性貴族の服、おじさんと母親はドレス姿だ。

 さすがにこのままで山登りは無理である。

 まぁできないことはないが不自然極まりない。

 

 おじさんが換装の魔法を使って服を取り替える。

 動きやすいジャージにスニーカーだ。

 

 こんな姿なのに威厳がある父親と母親である。

 どういうことなのだろう、とおじさんは首を傾げた。

 まぁおじさんもジャージ姿なのに、超絶似合っているのだが。

 

 ジャージの胸にワンポイントで公爵家の紋章が入っている。

 背中にも大きく入れようかと思ったが、とりやめたのだ。

 あまりにもヤンキーっぽくなるから。

 

 オリツと侍女たちも同じ格好だ。

 ただし素材と色がちがう。

 

「ゴトハルト、あなたたちはどうしますか?」


 軽装ではあるが革の鎧を身につけている。

 さすがに山登りはキツいんじゃと思ったおじさんだ。

 

「いえ、我々はこのままで。いつ何時、魔物が襲ってくるかわかりませんので。お嬢様のお心遣いに感謝いたします」


 さすがに言葉が足りなかったと思うおじさんだ。

 自分のやらかしに気づいて苦笑した。

 

「ああ、ちがうのです。騎士たちのために戦闘用の服を新調しておいたのです」


 おじさんの内職その二であった。

 記憶にある軍隊の戦闘服を真似て作ったのだ。

 丈夫な素材で。

 

 コンバットブーツに戦闘服。

 迷彩柄のものである。

 

 この上にベスト型のボディーアーマーをつける形だ。

 さらに手袋と手甲を合わせたものもセットである。

 あと、帽子。

 

「……新調? でございますか?」


「ああ、ゴトハルト。試しにキミだけ服を換えてもらうといい」


 父親から許可がでたということで、おじさんが魔法を使う。

 一瞬でおじさんの用意した服に替わるゴトハルトだ。

 

「おお! これは軽い。それに動きやすいですな」


 さっそく身体を動かしているゴトハルトだ。

 支障がないか試しているのだろう。


 これで銃火器ではなく、大剣を装備しているのだ。

 ちょっとイメージとはちがうが格好いいとおじさんは思う。

 

「気に入りましたか?」

 

「はい。とても良いものだと思います。お嬢様、ありがとうございます」

 

 護衛騎士たちは思った。

 隊長だけずるい、と。

 

 だが軍とはそういうものだ。

 上の立場の者は優遇される。

 

 だから下の立場の者はがんばれるのだ。

 いつか自分も、と。

 

「リーちゃん、今はゴトハルトだけよ」


 母親の言葉の意味を理解して、おじさんは頷いた。

 程なくして先触れに走った二人の騎士たちが帰ってくる。


 ゴトハルトの姿を見て、驚く騎士たち。

 おじさんたちを見て、二度ビックリするのだった。

 

「宰相閣下から通達があったようです。許可証の確認をする必要はありますが、すぐにお通りいただけると」


「ご苦労。では行こうか」


 父親を先頭に検問所へと移動するおじさんたちだ。

 先ほどの言葉のとおり、あっさりと検問所を通過した。

 

「宰相閣下も気を回してくれたようだね。飛空便を使って、先に触れだけをだしておいてくれたみたいだ」


 さて、どうするか。

 転移をするか、山を登るか。

 

 あるいは飛行魔法を使うか。

 ちなみにこのくらいの人数なら十分に飛ばせるおじさんだ。

 

 

「しばらく山歩きと行こうか。せっかくリーが服を作ってくれたんだしね。オリツ、案内を頼むよ」


 地元民のオリツが今度は先頭になる。

 

「そう言えば、オリツは王都にくるまでに検問所をとおったのですか

?」


 ふとしたことが気になったおじさんだ。

 

「いえ、検問所はとおっておりません。実は鬼人族の里から外に抜けるための転移陣がありまして」


「ほう。転移陣があるのですか」


「はい。先ほどのウルテイア湖の近くにでるのです。そこから王都を目指しました」


「では、そちらから行った方がよかったのかもしれませんわね」


 おじさんにむかって頭を下げるオリツだ。


「いちおう鬼人族しか使えないと聞いています。ですので先ほどはお伝えしませんでした」


「そういう事情があるのなら仕方ありませんね」


「ちなみに麓から登ると、どのくらいの時間がかかるのです?」


 オリツは顎に指をあてて考える。

 頭の中で色々と計算しているのだろう。

 

「……この速さで登るとなると明日の朝になるかもしれません」


 そうですか、と頷くおじさんだ。

 そして父親と母親の二人に視線をむけた。

 どうしますか、という意味で。

 

「ヴェロニカ、体調はどうだい?」


「問題ないわ。身体を動かしたいし昼くらいまでは山登りしましょうか。その後は魔法を使えばいいわ」


 母親の言葉で方針は決定した。

 会話をしながら、ゆっくりと山道を歩くおじさんたちだ。

 道という立派なものではないけれど。

 

 緑が豊かだ。

 近くには川も流れているのだろう。

 水のせせらぎも聞こえてくる。

 

「では、この辺りで休憩にしよう」


 父親から号令がかかった。


 道から外れて、川縁へ。

 小川があった。

 清らかな水が流れている。

 

「ここはいいわね」


 侍女長と侍女の二人が河原の木陰にテーブルと椅子をセットした。

 騎士たちは警戒に立つ。

 

「いい景色ですわ」


 おじさんは母親と父親に清浄化の魔法を使う。

 もちろん自分にも。

 

「こういう身体の動かし方もいいもんだね」


 父親だ。

 いつもは王城と公爵家の間しか動かない。

 空いた時間で身体を動かしてはいるが、やはり外にでるのとはちがうものだ。

 

 三人でホッコリしながら、お茶を飲む。

 良い感じである。

 オリツは顔なじみの騎士たちと話していた。

 

『主殿、よろしいかな』


 バベルだ。

 おじさんとは別行動をしていたのだ。

 密命を受けて。

 

『先ほどから石碑は幾つか見かけるのだが……ちと特殊なものを見つけてしまったようでおじゃる』


『ほう……それはどのようなものなのです?』


『うむ……主殿が自ら見た方がよろしかろう』


『承知しました。少し待っていてくださいな』


 使い魔との通信を切るおじさんだ。

 そして――両親を見て言う。

 

「お父様、お母様。ちょっと特殊な石碑があるようですの。行ってきてよろしいですか?」


「……石碑? いつの時代の?」


 母親がおじさんを見た。


「さて、そこまではまだ判明していませんので確かめに」


「面白そうね。皆で行きましょうか!」


 乗り気な母親に苦笑する父親であった。

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