第678話 おじさん何者かに拉致される
聖女の従兄であるヴァ・ルサーンは言った。
この世界の各地には石碑がある、と。
その石碑が示す場所こそが霊山ライグァタムだった。
なんとも心が踊るおじさんだ。
おじさんこういう都市伝説みたいなものが大好物である。
だからバベルには密かに命をくだしていたのだ。
霊山ライグァタムにある石碑を見つけてほしい、と。
結果――今である。
逆召喚を使った転移をしたおじさんたち一行だ。
その目の前に石碑はあった。
石碑というのは正確ではないかもしれない。
なにせ、おじさんの目の前にあるのは環状列石だったのだから。
その中央部分にオベリスクがあった。
オベリスクとは一枚の岩から切りだした四角錐の柱のことだ。
形としては、こちらに近い。
が――オベリスクではなくモノリスの方だろうか。
モノリスは一枚岩を意味する言葉だ。
自然にある物と人工物の二つがある。
つまりモノリスの中に、オベリスクが含まれるのだ。
どちらかと言えば人工物であるオベリスクのようである。
ただ人工物にしては、形が整っていない。
ざらざらとしたその表面には、なにがしかの文字のようなものが刻まれていた。
「ほわぁ……」
おじさんはこうした遺物を見るのは二度目だ。
一度目はコルネリウスとタオティエの居る階段状ピラミッドである。
「ほう……初めて見るかたちの遺跡だねぇ」
「なにかの儀式でもしていたのかしら」
両親ともに興味深く見ている。
ふらふらと歩みを進め、オベリスクの前に立つおじさんだ。
そっとその表面に手で触れてみる。
文字らしきなにか。
それとは別の彫刻もなされている。
人の顔らしきものと、その周囲に動物のようななにか。
おじさんの記憶では太陽の石に近い。
アステカ帝国の遺物だ。
「……いったいなんなのでしょう」
父親と母親の二人も、おじさんの側にいる。
二人もまたオベリスクに触れて、興味深そうにしていた。
こういうときには便利な使い魔がいるおじさんだ。
「トリちゃん! きてくださいな」
「うむ、心得ておるよ。この石碑……かなり古い物であるな。前期魔導帝国の時代よりもさらに古い」
「ほう。それは超古代文明とでもいうものかな」
父親である。
問いと言うよりは確認に近いだろう。
「御尊父殿の言葉は言い得て妙であるな。そう、超古代の文明だな。タオティエたちの遺跡もかなり古いものあるが、また様式がちがっている」
「様式がちがう?」
母親がトリスメギストスの言葉に疑問を抱く。
なぜ様式がちがうと判別できるのだ、と。
「御母堂、我は主から命をうけて、タオティエたちの遺跡にあった絵図や文字らしきものすべてを解析しておるのだよ。未だ解析は終わっておらんが、明らかにちがうと言えるな」
「ほおん……解析が終わったら情報を共有してくれるのかしらん?」
「そこは主次第であるな。まぁ主なら余程のことがなければ、否はないだろうが」
使い魔の言葉に頷くおじさんだ。
その様子を見て、両親も頷く。
「なるほどね。では、トリちゃんの所感を聞かせてちょうだいな」
母親が話を再開させる。
「うむ。先にこの文字らしきものなのだが、これは先史時代に見られるものに近いな。象形文字と言えばいいかな。ようは絵図を元にした文字だと考えていい」
おじさんも納得する。
古い時代の漢字がそうだ。
ほとんど絵のようなものが原型だとされている。
「タオティエたちの遺跡にも似たようなものはあったが、明らかに刻まれている形がちがっている。だから様式がちがうと断定した」
ふむ、とおじさんも納得できる。
「で、だ。この人の顔のようなものであるが、恐らくは月神だと推測できる。太古の文明では月神が多く信仰されていたと前期魔導帝国の歴史書に書かれてあってだな」
トリスメギストスの分析に、公爵家の三人は耳を傾けていた。
そこへ恐る恐るといった形で、オリツが手をあげる。
「あのお……」
「む。なんだ、鬼人族の娘よ」
オリツにむかって、トリスメギストスが言葉を飛ばす。
「話の邪魔をしてしまって申し訳ありません。ただ、この石碑と似た物が里にありまして……」
申し訳ないと思っているのだろう。
だんだんと声が小さくなっていくオリツだ。
「なに!? それはどういうものだ?」
「ええと……先ほど申し上げた転移陣です。ウルテイア湖に繋がっている……」
「ってことは、これも転移陣?」
母親が声をあげた。
今、環状列石の内側にいるのは公爵家の三人のみ。
騎士や侍女、オリツたちは外側にいる。
「出た方がよさそうだね」
父親が言う。
その言葉に従って、三人が足を動かしたときであった。
環状列石が淡い緑色の光を放つ。
一瞬でドーム状の覆いができあがった。
「主!」
使い魔がおじさんに声をかけた。
「トリちゃんはそのままで。転移陣からなにかが転移してきた場合、敵対するのではなく、まずは事情を確認してくださいな」
落ちついているおじさんだ。
転移する先になにがあるのかはわからない。
もしこの場に自分がいなければ、パニックになっただろう。
だが――一緒に転移できるのなら、どうとでもできる自信がある。
むしろ転移の発動に時間がかかっているな、とまで思うのだ。
「承知した。主よ、念話ですぐに無事をしらせてほしい」
トリスメギストスにビッと親指を立てたおじさん。
そして姿を消したのであった。
「トリスメギストス殿、お嬢様は御無事なのでしょう?」
側付きの侍女である。
彼女はおじさんを信頼しているが、心配なものは心配だ。
なので確認をとったのである。
「十中八九は問題ない」
トリスメギストスの言葉が終わらないうちに、再度転移陣が淡い緑色の光を放った。
オベリスクの前。
そこにいたのは三人の蛇人であった。
コブラのような頭に人の身体をしている。
簡素ながらも布の服を身につけた蛇人だ。
瞬間的に侍女と侍女長が反応して構えをとる。
遅れて、騎士たちも抜剣した。
「待て!」
トリスメギストスの大音声だ。
「そこな蛇人よ。我々は危害を加えるつもりはない。騎士たちよ、剣を仕舞え。侍女殿たちも、だ。我が主の言葉であるぞ」
おじさんの言葉だというのが効いたのだろう。
矛を収める騎士と侍女たちだ。
「言葉はわかるか? わかるのなら事情を確認したい」
トリスメギストスの前に、三人のうち真ん中の蛇人が進みでる。
「我らにも危害を加えるつもりはないのだ。この転移陣にいた三人も無事だ。我らにもよんどころない事情があってのこと。その説明をしにきた」
「ふむ……聞かせてくれるか?」
蛇人たちも環状列石の外にでる。
そして、トリスメギストスに詳しい話をするのであった。
一方でおじさんたちだ。
転移した先にいたのは蛇人たちである。
こちらは二人の蛇人がいた。
ただ先ほどの二人よりも上等な服を身につけている。
さらに、転移陣の前で跪いていたのだ。
「どういうことなのでしょう?」
状況を見たおじさんが首を捻る。
「蛇人ということかな」
父親だ。
「敵意はなさそうだけど」
母親が言葉を継ぐ。
「まぁ事情がありそうですし、聞いてみましょう」
おじさんは暢気だった。
三人は揃って環状列石の外へ。
環状列石は野外ではなく、室内にあった。
いや室内という言葉は適当ではないだろう。
なんせ岩窟の中といった感じだったからだ。
岩壁には灯り用であろう松明がある。
「恐れ入ります、神子様。まずはお詫びを申し上げます」
頭を下げているので、どちらが喋ったのかわからない。
ただ、その言葉はおじさんに向けられているようだ。
ふむ、とおじさんが一歩前にでる。
「事情を話してくれますか?」
おじさんたちもトリスメギストスと同様に蛇人たちから話を聞くことになったのであった。
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