第676話 おじさんは霊山ライグァタムにむかう
ピンボール。
今や懐かしのゲームである。
おじさんの中でもレトロなゲームだという思いだ。
台の最下部にあるレバーで落ちてきたボールを弾く。
ただ台には釘が打ってあるから、ボールが跳ねるのだ。
もちろんレバーで弾けない場所もあるので、なかなか上手くいかないのが現実である。
ただそんなゲームでも、こちらの世界では最新の遊びになる。
特にパチンコ的な演出が射幸心を煽るようだ。
大当たりをだした母親は、子どものようにはしゃいでいる。
「かーさま! すごい!」
妹を抱きあげて、その場でクルクルと回る母親だ。
かなり嬉しいのだろう。
おじさんと喜び方が似ている。
「まだまだいくわよ!」
一方でケルシーだ。
いちばん端っこの台の前で、むくれていた。
なぜなら早々にボールがなくなってしまったから。
「ぐぬぬぬ!」
点数……3点
称号……虫けら
おじさんの魔法演出が結果を表示した。
「ぬわああああ! ぬわああああ!」
ケルシーが怒った。
地団駄を踏む。
そんなケルシーを見て、ぷくくく、と後ろで笑うクロリンダだ。
虫けらって……と呟いている。
『続けるなら銅貨を三枚いれてください』
魔法で演出された画面が表示を変えた。
「クロリンダ!」
ケルシーが目を輝かせた。
おじさんはストッパーの意味でこの機能を導入した。
お金を稼ごうとは思っていない。
ただ、お金がなくなればやめるだろう、と。
だがよくよく考えてみれば、ここは公爵家である。
お金に困るようなことはないのだ。
特に最近では右肩あがりで収入は伸びている。
「はいはい」
クロリンダが銅貨を三枚、筐体の穴に入れた。
『再開します』
と表示されて、五個のボールが補充される。
「よっしゃああ、いくどおおお!」
ケルシーが玉を弾く。
排出された玉がコロコロと軌道を変えて落ちてくる。
だだだっと筐体横についているボタンを連打するケルシーだ。
もうタイミングもなにもあったものではない。
ただただボールを落としたくないのだ。
だが無情にもボールはレバーの間をすり抜けた。
ちょうど真ん中に落ちてきたのである。
「ぬおおおおお! なんでそうなるのよ!」
運が悪い。
そうとしか言い様がないおじさんである。
ケルシーが次のボールを投入した。
今度はレバー横に流れる一発アウトのレーンに入る。
三発目。
今度こそとケルシーはボタンをガチャ押しした。
レバーがボールを弾く。
それは運良く魔法演出が入る場所に的中する。
初めてケルシーの台から、魔法演出がでた。
それを目を輝かせて見つめるケルシーだ。
「けるちゃーん、がんばえー」
妹の声にも笑顔を見せるケルシーである。
一・二……と数字が揃っていく。
この流れはマズい。
おじさんはそう思った。
なぜならちょっとしたお茶目をしたから。
魔法演出では数字が揃うと、出目に従ったボーナス点とボールの補充がある。
が、増えるだけではないのだ。
マイナスになる数字が、一・二・三という数字のみマイナスになる。
三!
やっぱりだ。
ケルシーは運が悪い。
ビカビカと魔法演出が光をだす。
それは暗雲と雷だ。
「ちょ、なにこれ? なにこれ?」
ケルシーはとまどっていた。
他の面々も同様である。
そんな演出は初めてだったから。
暗雲を突き破るように貧乏神を模した顔が表示された。
そして画面には赤い文字で没収と表示されている。
「はぁ?」
ケルシーは何が起こっているのか理解できていないようだ。
がこん、と筐体から音がしてボールが没収される。
そこで強制的にゲームが終了した。
「か、かかか、返してえええ!」
点数……0点
称号……虫けらにもなれないゴミクズ
そこでようやく把握できたケルシーだ。
「きぃいいいいいい! 悪魔! 悪魔! 悪霊たいさああああん!」
ケルシーが台を殴った。
思わず、といったところだろう。
だが、おじさんはそれも予測していたのだ。
一瞬で結界が展開されて、ケルシーの拳を弾く。
勢いよく拳を弾かれたケルシーは、バランスを崩して転けた。
「きいいいいい! なんなの! なんなのさ!」
四つんばいになって床をだんだんと叩いている。
ぷーくすくす。
クロリンダだ。
我慢できなかったのだろう。
あまりに惨めな結果に。
「クロリンダ! あんたねえ!」
ケルシーがクロリンダを睨んだ。
下手な口笛を吹いて、ごまかすクロリンダであった。
「ぐぬぬ! リー! 悪魔よ、悪魔がいるの! この台に!」
おじさんにクレームをつけるケルシーだ。
だが、そうは言われてもなおじさんであった。
ちゃんと説明書きに書いてあるのだから。
ちなみにケルシーの遊んでいる壁際にある台。
そこはいちばん難易度が高い設定になっている。
だから空いていたのだ。
逆にケルシーとは反対側の台は妹が遊んでいる。
こちらも魔法演出が発動していた。
数字は四・五・六とならんだ。
先ほどとは違って、森の中にある泉が表示される。
ものすごく景観の良い場所だ。
そこに――精霊が出現した。
「ねーさま?」
妹が振り返る。
おじさんは頷いてみせた。
「それは大当たりの中の大当たりですわ!」
「やったああああああ!」
妹の明るい声が響く。
クルクルと回る妹であった。
明暗がくっきりと分かれたピンボール大会だと言えるだろう。
結局のところ、落ちつくまでに時間がかかった。
弟妹たちは寝落ち寸前まではしゃいでいたから、よほど楽しかったのだろう。
一方でケルシーはふて寝した。
「さて、明日から霊山ライグァタムにむかいますが、お母様はどうなされますか?」
大人組だけが残った中で、おじさんが切りだした。
「そうねえ……」
思案する母親である。
体調は悪くない。
ただ眠気がくることがある。
それでも行こうという気持ちが強かった。
「行くわ! 私も霊山ライグァタムに行ってみたいもの」
「お母様は初めてなのですか?」
ラケーリヌ家の領地にあるのだ。
一度くらいは出かけたことがあると思っていたおじさんである。
「うん。今回が初めてね。だから楽しみなの」
「承知しました。もし体調が悪くなったら、わたくしに教えてくださいな」
にこりと微笑むおじさんだ。
おじさんがいればどうとでもできるのだから。
「では、お父様とお母様、わたくしとサイラカーヤにミーマイカで行きましょうか。あとはオリツと護衛騎士たちですが……」
ちらりと父親を見るおじさんだ。
「問題ないよ。では、そうしようか。リーちゃんに転移を任せてもいいんだよね」
「もちろんですわ」
「なら、決まりだ」
翌朝のことである。
今日もいい天気だ。
旅行するにはちょうどいい。
そんなことをおじさんは考えている。
公爵家邸は慌ただしく動いていた。
特に護衛騎士たちは、誰が選抜されるのかで揉めていた。
霊山ライグァタムへの随行なのだから。
「そろそろ行きましょうか」
先にバベルにお願いして霊山ライグァタムにむかってもらっている。
というか、先ほど到着したと報告があった。
「リー!」
ケルシーだ。
てててっと走ってくる。
「帰ってくるまでに、虫けらから卒業するんだから!」
ピンボールの話である。
よほどハマったようだ。
「まぁ皆で仲良く遊んでくださいな」
「うん! 悪魔に勝つ!」
ルール的に出会ったら負けるんだけどな、とは言えないおじさんだった。
「では、行ってきますわね!」
「オリツ! あんたも早く帰ってきなさいよ!」
ケルシーから鬼人族のオリツに言葉が飛ぶ。
いつの間にか仲良くなっていたようだ。
「はい。私もこちらでお世話になるのは楽しいですから」
そんなこんなで霊山ライグァタムに出発するおじさんたちであった。
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