第673話 おじさんは聖女姉妹のために骨を折る
引き続き、女神の空間である。
おじさんの胃薬のお陰か、椅子に座れるくらいには回復した聖女姉妹であった。
「とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」
しっかりとおじさんに頭を下げるマニャミイだ。
感動していたのである。
こっちの世界でも、こんなに美味しい食事ができるのか、と。
「お粗末さまですわ。また機会を作ってごちそういたしましょう」
にんまりといった笑顔が隠せないマニャミイだ。
「さて、マニャミイ。あなたにもエーリカと同じ物を作っておきますか。その方がエーリカも安心できるはずです」
おじさんがにこやかに微笑みながら、魔力を高速で励起させる。
その魔力量は、もはやマニャミイの想像を超えたものだった。
聖女も一度見ているはずなのに、口をぽかんと開けている。
「リー、あの使い魔を喚ばなくてもいいの?」
聖女が我に返った。
おじさんに疑問を聞いてみる。
「問題ありません。もう完全にコツは掴みましたから。マニャミイ、少しの間、じっとしていてくださいな」
【魂魄剥離!】
マニャミイを優しい仄かに青みがかった光が包む。
その胸からほんの少しだけ紫色の光が抜けた。
【物質創造!】
ここからさらに魔力を高めて、両手を天にかざすおじさんだ。
おじさんの魔力が神聖なものに変わる。
そのことに目をまんまるにして驚くマニャミイであった。
うっすらと紫色に輝く水晶のような六角錐の物体。
マニャミイのペンデュラムだ。
ちょちょいと錬成魔法を使って、首からかけられる細工する。
「はい。できあがりですわ」
おじさんがペンデュラムを差しだす。
それを両手で押し戴くマニャミイである。
「エーリカのと同じく、魂の一部を使って作ったペンデュラムですの。エーリカの物とは共鳴するはずですわよ」
ちらりと聖女を見るおじさんだ。
その意を汲んだ聖女が自分の胸元にあるペンデュラムをだす。
すると、淡い黄色の光を放つ聖女のペンデュラムだ。
同時にマニャミイのも仄かな紫色の光を放つ。
「しばらくはまた会えないのです。ペンデュラムを見れば、お互いの無事が確認できるでしょう。それと命の危険が迫ったときには握りしめて、強く思念してください。お互いの声が聞こえるはずですから」
……聖女もマニャミイも口を開けなかった。
それってもう
なんだかとんでもない物をもらった気がする。
「ええと……いいの?」
それを絞りだすのが精一杯の聖女であった。
「かまいません。そもエーリカとマニャミイの魂の一部を使って作った物なのですから。あなたたち以外が持っても意味がありませんわ」
にこやかに微笑むおじさんだ。
それに、と付け加える。
「わたくしたちは同じ秘密を抱える仲間なのですから。この調子ですと、同じ転生者が他にもいるかもしれませんわね」
おほほ、と笑う。
なんとなく――本当になんとなくだが、そんな気がするおじさんだ。
近しいところでは二人の従兄もいることだし。
「うん。ありがとう、リー」
聖女がペンデュラムを握りしめる。
「お気遣いいただいて、あ、ありがとうございます」
「では、マニャミイ。そろそろ宿に戻った方がいいでしょう。そうですわね。わたくしに連絡をつけたいときは、こちらを使ってくださいな」
おじさんは自分のポーチから黒いスライムをとりだす。
そのスライムに魔力を分け与えると、プルプルと震えだした。
うににぃとなってポンだ。
小さな分体を作るシンシャであった。
その分体をマニャミイに差しだすおじさんだ。
「その子はわたくしの持つ本体に繋がっていますから。なにか連絡があるときはそちらを使えばいいでしょう。かわいがってあげてくださいな」
「テケリ・リ! テケリ・リ!」
と鶏卵大の小さなシンシャがおじさんの手の平で跳ねている。
そのままぴょんと飛び降りて、マニャミイのもとへ。
「うわぁ。かわいいスライムちゃんですね!」
「げええ!」
妹とは正反対の反応を見せる聖女だ。
「リ、リー? あ、あんた……知らないの?」
「なにがですか?」
こてん、と首を傾げるおじさんであった。
「知らないなら知らない方がいいのかな……」
「もう、そこまで言うのなら教えてくださいな」
おじさんに見つめられて、聖女も少し頬を赤らめる。
超絶美少女はズルいのだ。
「わかったわ。その子はたぶんショゴスって呼ばれる不定形の生き物ね。クトゥルフにでてくる子」
「ああ! クトゥルフは知ってますわ!」
「うん。まぁ扱い方を間違えなければ大丈夫でしょう。リーには懐いているようだし」
「心配はいりませんわ。良い子ですものね、シンシャ?」
本体の方のシンシャがおじさんの膝の上でポヨポヨと跳ねた。
「うん……まぁそこは信じるわ。愛美、あんたもその子を大事にしなさいよ」
「うん! かわいいもの! 大事にするに決まってるじゃん。あ、この子はなにを食べるんですか?」
おじさんに質問するマニャミイだ。
大食いの一件で慣れたのかもしれない。
「そうですわね。魔力を多く含んだものが大好物ですわ。基本的に自分で獲物もとってきますし。ただ……魔力がほしいというときは与えてあげてくださいな」
「わかりました! 魔力量なら多いので大丈夫です!」
「あんた……さっきのリーを見た後でよくそんなことが言えるわね」
聖女が呆れている。
とても珍しいものを見た気分になるおじさんであった。
「もう私の中でリー様は神認定したから」
神認定って……と思うおじさんだ。
まぁ慣れてくれたのならそれでいいかとも思った。
「リーは言わないだろうから、アタシが言っておくわ。愛美、リーとは友だちだから。神認定とかバカなことは言わない」
聖女が真剣な顔をしている。
その表情を見て、なにかを悟ったのだろう。
「うん、わかった。ごめんなさい、リー様。私も友だちってことでお願いします!」
聖女とちがって敬語は抜けないのだろうな、と思う。
でも、その願いはおじさんにとって嬉しいものだった。
「こちらこそ、お願いしますわね。マニャミイ」
おじさんが極上の笑みを見せる。
それは例え同性であろうが、問答無用で魅了するものだった。
「あ……はい」
顔をぽうと赤くするマニャミイ。
そんなマニャミイを見て、やれやれと息を吐く聖女だった。
「愛美。またしばらくは会えないかもだけど、がんばんなさい」
「うん。わかってる。お姉ちゃんもリー様に迷惑かけないでよ?」
「あんたが言うな。胃薬もらってたくせに」
姉妹が揃って笑う。
「リー様。今日は本当に楽しかったです。お姉ちゃんとの時間を作ってもらって本当に感謝しています」
ぺこりとおじさんに頭を下げるマニャミイだ。
「そうですわね。今度はわたくしともおしゃべりをしましょう」
マニャミイがおじさんの言葉に笑顔を見せた。
「では、ランニコール。お願いしますわ」
「畏まりました」
マニャミイの姿がかき消える。
数瞬して、ランニコールが戻ってきた。
おじさんに、無事戻ったことを報告する。
「行っちゃったわね……」
聖女は少しだけ寂しそうな声をだす。
「本当はもっと時間を作って差しあげたかったのですが」
「うん。わかってる。仕方ないわよ」
聖女がぽふんと音を立て、ソファに腰を下ろす。
「リー。本当にありがとう。妹が見つかってよかった。無事でよかった。うん、安心できた」
「ですわね。わたくしもよかったと思いますわよ」
聖女の隣に腰をおろすおじさんだ。
そして、少しだけその頭をなでてやる。
「将来は一緒に過ごせるといいですわね」
うんと頷く聖女だ。
同時に悪い表情を作る。
「ねぇ、リー。アタシ思うんだけど、二・三日したらあの子、泣きついてくるわよ」
「……なぜでしょう?」
「だって、あんなに美味しいもの食べたんだもの。冒険者の食事に戻れるとは思えないわ!」
「そんなことないでしょうに。だって、冒険者としてのがんばりたいと言ってましたよ?」
「ふっふっふー。絶対よ、賭けてもいい!」
聖女は実に楽しそうに笑うのだった。
――後日のことである。
学生会室でおじさんのシンシャが一通の手紙を吐きだした。
聖女宛だ。
聖女はその手紙を見て、腹を抱えて笑った。
「ね。言ったでしょう?」
聖女に見せてもらった手紙には、スイーツを送ってくれと書かれてあった。
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