第674話 おじさんの知らない冒険者たちの一幕


 寝台で目を覚ましたマニャミイである。

 朝だ。

 

 窓の外では小鳥が鳴いている。

 隣の寝台を見ると、ヤイナがすぅすぅと寝息を立てていた。

 

 その姿を見て、思うのだ。

 昨日のことはまるで夢だったみたいだと。

 

 だけど、あれは夢じゃなかった。

 マニャミイの胸には小さいシンシャが抱かれていたから。

 黒いスライム。

 

 本当はショゴスってお姉ちゃんが言ってたけど。

 よくわからないから、どうでもいいと思うマニャミイである。

 

 加えて、首からかけたペンデュラムだ。

 ほんのりと紫色の光を放つ結晶がきれいである。


 そして思いだす。

 もはや人外といってもいいレベルの美少女を。

 

 その美少女が持つ神聖にして底が見えない魔力。

 聖女という言葉が陳腐になるような圧倒的な威だった。

 

「んん!」


 ヤイナだ。

 目を覚ましたのかもしれない。

 物思いに耽っていたが、ちらりと目をむけるマニャミイである。

 

「……魔力」


「ああ、ごめん。ヤイナ」


 ヤイナはごまかせない。

 そう思うマニャミイだ。

 

 ヤイナは魔導師として類い希な素質を持っている。

 特に魔力に関しては敏感なのだ。

 

「ん。おはよう」


「おはよう。ヤイナ、ちょっと聞いてほしいことがあるの」


 マニャミイはヤイナに話すことにした。

 どうせ隠しきれないのだから、最初に話した方がいい。

 

 ただし転生者であることは秘密だ。

 ヤイナには、いつか話すことがあるかもしれない。

 が、今はそのときではない。

 

「うん……わかってる」


 どうやら寝台で寝ているマニャミイのことをおかしいと思っていたようである。


「……そう。わかった」


 にんまりと笑顔を作るヤイナだ。

 その笑顔の意味がわからないマニャミイである。

 だから理由を確認してみた。

 

「だってリー様の側近の聖女に気に入られたんだったら勝ったも同然。将来は安定」


 ピースサインを作るヤイナだ。

 

「そうね。将来的にはカラセベド公爵家か、コントレラス侯爵家のどちらでもいいかもね」


「ん。そんなことよりマニャミイ」


 ヤイナが真剣な顔つきになった。

 

「どんな食べ物だったの? 詳しく聞きたい」


 そこからマニャミイは語った。

 公爵家のお茶から始まり、焼き菓子、軽食のすべてを。

 

 ヤイナだってお茶会でだされた焼き菓子を食べた。

 美味しいと思ったのだ。

 そんな焼き菓子よりも、さらに美味しい食べ物の話に興味を惹かれたのである。


 マニャミイのとっておきがスイーツだった。

 その話をしようとしたときである。

 二人の部屋のドアがゴンゴンと音を立てた。

 

「おーい、お前ら。いつまで寝てんだよ!」


 クルートだ。

 いつの間にか話こんでいたらしい。

 

「さっさと用意して降りてこいよ。今日で王都は最後だから師匠たちの土産物を買いに行くんだろう?」


「すぐに用意するわ。下で待ってて」


 クルートに返答を返すマニャミイだ。

 二人は顔を見合わせて、くすくすと笑った。

 

「マニャミイ。一言だけ言っておく。ズルい」


「そうね。ごめんなさい」


 そう言って、二人は出かける準備をするのだった。

 

 翌日のことだ。

 朝からマニャミイたちは王都の外にいた。

 

 彼女たちの拠点はフィリペッティ家領内のロザルーウェンだ。

 魔物の住む領域とも隣接する地域である。

 

 王国北部では冒険者たちの活動が盛んな地域のひとつだ。

 そのロザルーウェンに向けて、王都を発つ小規模な商隊の護衛を引きうけていたのである。

 

 その待ち合わせ場所が、王都の門の外だったのだ。

 

「ってことで、お前ら見習いは商隊の後方を警戒してくれ。些細なことでもいい、異変を感じたら近くにいるヤツに声をかけろ」


 小規模な商隊といっても、それなりの規模だ。

 馬車が十台程度はあるのだから。

 なので、顔見知りの先輩冒険者たちとの合同任務となる。

 

「おやっさんたちから、よろしくって言われてっからよ。くれぐれも無茶だけはすんな。特にクルート!」

 

 先輩に釘を刺されて、苦い表情を作るクルートであった。

 

 順調に旅は進んで行く。

 

 商隊の警護というのは意外と面倒臭い。

 足並みを揃えないといけないし、周囲の警戒も必要だ。

 

 けっこう神経を使うものなのだ。

 そういう警護業務よりも、クルートあたりはシンプルな討伐を望む。

 

 が――今は金欠の状態である。

 

 王都に自費で残ったことで、思ったよりも散財してしまったのだ。

 なので、わざわざ帰る道すがらお金になる依頼を請けたのである。

 

「三時の方向。五十メートルくらい先に小型の魔物がいる」


 ヤイナから指示が飛ぶ。

 探知の魔法を使っているのだ。


「よっしゃああ!」


 見晴らしのいい草原だ。

 一気に魔物に駆け寄っていくクルートである。

 勝手に討伐に行くな、と何度も言われているのだ。


 それでも行く。

 結果、先輩たちからの小言が増える。

 マニャミイとヤイナのストレスが爆増するという悪循環なのだ。

 

 若いからという言い訳はできない。

 だってお仕事なんだから。

 

「あのバカっ! また!」


 その背を追っていくマニャミイだ。

 彼女が追いついたときには、クルートは小型の魔物を倒していた。

 

 体長三十センチ程度のヘビ型である。

 でっぷり太ったフォルムで、灰色と黒のまだら模様が不気味だ。

 

「どうよ? 楽勝だぜ!」


 マニャミイに胸を張るクルートである。

 踝くらいの丈の草に覆われているが、足下には魔物の死骸。

 その死骸からは体液が飛び散っていた。


「そういうこっちゃないでしょう! 勝手に行くなって何回も言われてるんだから! いい加減に覚えなさいよ!」


「……ここいらの魔物なら楽勝だし。べつにいいだろ?」


 頬を指でカリカリと掻くクルートだ。

 悪いとは思っているのだろう。

 だが、我慢ができない。

 

 マニャミイが口を開きかけたときだった。

 後方から先輩冒険者の一人が駆け寄ってくる。

 

「おい! お前らさっきから何回言えば! げえ!」


 先輩冒険者が魔物の死骸を見て声を荒げた。

 

「お前、この魔物のこと知らねえのか?」


 真剣な表情になる先輩冒険者だ。

 はぁと大きく息を吐く。

 

「え? オレ……なんかやっちゃいました?」


 マズいと思ったのだろう。

 若干だが顔を引き攣らせているクルートだ。


「やっちゃいましたじゃねえよ、ったく。マニャミイつったか、お前、隊長のとこ行って報告してきてくれ。“ツチボコ”やっちまったってな」


 先輩の言葉に頷いて走りだすマニャミイであった。

 ちなみにマニャミイの顔も引き攣っている。

 ツチボコの特性を知っているからだ。

 

「あの……この魔物って?」


「こいつはツチボコって呼ばれてるやつでな。単体で見たら弱いんだよ。だけど、こいつを下手に殺しちまうと近くにいる仲間がわんさかと寄ってくるって厄介なやつでな」


 ざざっと踝くらいの丈の草が揺れる音がする。

 それも大量に。


「まぁ……こうなるってこった。お前ら見習いでよかったな!」


 先輩冒険者が火で壁を作る。

 さほど大きな壁ではない。

 が、草を燃やすのには十分だった。

 

 さらに風を使って火を広げていく。

 直径二十メートルほどの大きさで先輩冒険者は火を消す。

 

 焼いて殺すというよりは、近寄ってくるツチボコの視認性を高めたのであった。

 

「あとはお前、がんばれ」


 必死になって、ツチボコを倒していくクルートだ。

 そこに加勢してくれる先輩たちもいた。

 

 一部は見物しながら煽っていたが。

 それもまた冒険者というやつだ。

 

 約三十分ほどの戦闘であった。

 怪我をしたものはいない。

 

 が――とかく面倒だった。

 その間に商隊は少し離れた場所まで移動している。

 

「皆さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」


 マニャミイが先に頭を下げる。

 

「治癒魔法が必要な方は仰ってください!」


「ちょ、マニャミイ。なんで」

 

 お前が謝るんだよ、とは口にできなかった。

 クルートは疲労困憊だったのだから。

 

「おい」


 そんなクルートに声をかける先輩冒険者である。

 いちばん最初に駆け寄ってきた魔導師だ。

 

「お前、この先もそんなんだと死ぬぞ。まぁお前が死ぬのはいい。だが、仲間もお前のせいで殺したいのか?」


 首を横に振るクルートである。

 

「ちゃんと知識を身につけろ。魔物と戦って勝つなんてのは冒険者の役割のひとつでしかねえんだからな」


 ポンとクルートの肩を叩く先輩だ。

 

「まぁ今回の失敗で懲りたろ?」


 そう残して、クルートから離れていくのであった。

 

 その日の夜のことである。

 マニャミイのストレスは限界破裂寸前にまで高まっていた。

 

 クルートばかのせいである。

 だが切れ散らかしても、あまり意味がない。

 

 一時的にストレスの発散になるだけである。

 それにクルートの様子も変だ。

 

 ヤイナと二人になった天幕の中である。

 マニャミイは強く思った。

 癒やされたい、と。

 

 そんなときシンシャの分体がポヨポヨと跳ねた。


「うう……美味しい甘味が食べたいよう」


 ぎゅうとシンシャの分体を抱きしめるマニャミイだ。

 

「お腹いっぱい食べる。代金はクルート持ち」


 深く頷くマニャミイであった。

 そして日誌につける、どれだけスイーツが食べたいかの思いを。

 

 その日誌をシンシャは食べたのであった。

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