第672話 おじさん聖女姉妹の大食い対決を楽しく観戦する
例えばそれはアニメで見るような光景だった。
おじさんの中ではフィクションとしか思えないのだ。
だって、前世のおじさんはずっと一人きりだったから。
それに今生の家族はこんな食べ方をしない。
「ちょっと! お姉ちゃん! それとらないで!」
「あんたが囲いこんでるのが悪いんでしょうが!」
もぐもぐと口を動かしながらも、我先にと食べ物に手を伸ばす。
まるで久しぶりの食事かのように。
見ればマニャミイは腕で囲いを作って、そこにサンドイッチをいくつか確保している。
割合としてはサバサンドが多いだろうか。
一方で聖女はカツサンドを両手に四つ持っている。
指にはさんでいるのだ。
さらに胸の前にある小皿にもサンドイッチを確保していた。
「愛美! あんたはつけ合わせのサラダでも食べてなさいよ!」
「お姉ちゃんが食べればいいでしょ! ウチはこっちのお肉をいただきまんもーす!」
「っざけんな!」
ギャアギャアと騒ぎながら、忙しなく手と口を動かす二人。
テーブルいっぱいに持ってきた料理なのに、もう半分くらいなくなっている。
おじさんは思うのだ。
こういう賑やかな食卓が本当にあるんだ、と。
いいか悪いかはわからない。
ただ楽しそうではある。
特に聖女はいつもより生き生きとしているみたいだ。
だから、おじさんはニコニコと二人を見ていた。
楽しいと思えたからだ。
「んがっ」
聖女がお肉を喉に詰まらせたようだ。
おじさんはスッと水の入った杯をだしてやる。
それをグビグビとひと息で飲み干す。
「っぷはあ! ありがと!」
「
トントンと胸の辺りを叩くマニャミイだ。
こちらにも同じように杯をだしてやるおじさん。
ぐびびーと飲み干すマニャミイ。
ぷはあと息を吐いて、トンと音を鳴らして杯を置く。
「あひゃひゃ。あんたこそ
聖女が指をさして笑う。
そんな聖女を見て、マニャミイがカッと目を見開いた。
「ふん! 見せてあげるわ! 冒険者として鍛えたこの技を!」
大口を開けて、手にもったサンドイッチを一気に口に入れた。
ほっぺたがパンパンに膨らむマニャミイだ。
若干、涙目になっているのは気のせいだろうか。
おじさんは思う。
あんなに口の中に入れたら、逆に食べにくいんじゃないか、と。
だが――マニャミイは鬼のような形相で咀嚼を始める。
ごくん、と飲みこんで聖女に言った。
「どうよ! 猛き王虎直伝の早食い奥義! トラの一口よ!」
マニャミイたちが師事しているベテラン冒険者たちのことだ。
そんなことも教えているのかとおじさんは思った。
「ふん! 甘いわね!」
聖女が立ち上がって言う。
「あんたはわかってないわ! そんな技、前だってやろうと思えばできたわけ! だけど! ここは異世界なのよ! 見せてあげるわ! 聖女の早食いってやつをね!」
目を閉じ、こおおおと息を吸う聖女である。
ピタリと息をとめ、叫んだ。
【身体強化!】
魔法を発動させる聖女だ。
「いっくぞおおお!」
食べる。
その一口はいつもと変わらない。
だが――身体強化された聖女は三倍速かった。
食べて、飲む。
ただそれだけのことが速いのだ。
「な! なんだってえええ!」
「ふん! これこそが正しい魔法の使い方!」
あっという間に食べつくす聖女であった。
「はうあ! まさか、まさか! ひょっとして消化能力まで引きあげているのね!」
「よくぞ見破ったわね! ただ速く食べるのみならず、消化能力まで引きあげる。これこそが聖女の技! 名づけて
ぱちぱちと拍手するおじさんであった。
だって、聖女のそれは限定的とはいえど、おじさんの行き着いた身体強化と同じものだったから。
やはり転生者同士、どこかで発想が似るのだろう。
おじさんの拍手に、どこかニンマリとする聖女だ。
完全に勝ち誇っているのだろう。
いや、確かに奥の手という意味でいえば、聖女に軍配をあげざるを得ない。
「だからと言って! ウチが退くことなんてできないのよ!」
今度はマニャミイが立ち上がった。
聖女をビッと指さす。
「冒険者の意地ってもんがあるのよ! 聖女だからとか、姉だからとか、そういうことじゃなく! 私だって負けられない! だって冒険者代表なんだから!」
勝手に冒険者代表になるマニャミイである。
なぜ、そうなるのか。
おじさんには理屈がわからなかった。
でも、楽しいから黙って見ている。
「はあああ! 見さらせえええ! これが下町の聖女の実力よ!」
【身体強化!】
マニャミイまで魔法を発動させる。
そして、食べた。
ガツガツと。
回りに食べこぼしが飛び散る。
それを魔法で集めるおじさんだ。
下町の聖女。
それが二つ名なのだろうか。
なんともまぁ微妙である。
「くううう! アタシだって負けてらんねぇんだから!」
聖女もいった。
ガツガツと。
食べこぼしも気にしないようだ。
そして、二人が同時に動きをとめる。
ううーん、と口に食べ物を詰めたまま、ゆっくりと椅子に座った。
限界がきたのだろうか。
だが、聖女だけが再び立ち上がった。
そして、身体を揺さぶるように小さく上下に身体を揺らす。
「でたああ! ひぐまおとしですわあ!」
おじさんは嬉しくなってしまった。
まさか見られるとは思っていなかったから。
「ふん! 聖女として生まれたときから、かたときも鍛錬を欠かさなかった。一日の長がアタシにあったようね!」
聖女の勝利宣言であった。
「くっ……。まさかお姉ちゃんに負けるなんて」
「ふははは! これが尊厳を守るための意地というものよ」
ちょっと顔色が悪い聖女だ。
相当に無理をしたのだろう。
姉として妹の後塵に拝するわけにはいかないのだ。
絶対に。
ただ、おじさんは聖女の状態に気づいていなかった。
だからだしてしまうのだ。
「エーリカ、マニャミイ! いい勝負でした。ですがまだ終わりではありませんわよ」
そうスイーツである。
食後には甘味がつきもの。
今回はケルシーが水芸を披露したというマロンクリームのロールケーキが、どんと一人につき一本あるのだ。
そのサイズ。
その重量感。
美味しそうだ。
とっても、とっても美味しそうだ。
これが平時なら、喜んで平らげただろう。
だが今はちがう。
お互いに限界を超えた世界を見てきたばかり。
ただ――おじさんが目をキラキラとさせていた。
期待しているのだ。
二人のフードファイトを。
頬を引き攣らせながら、聖女が言う。
「リー、このケーキはなんなのかしら?」
ちょっと空気を読めと言いたい聖女であった。
しかし、おじさんには通用しない。
「マロンクリームのロールケーキですわ! 中には栗の甘露煮も入れてあります。美味しいですわよ!」
そういうこっちゃない。
それに――重い。
重すぎると聖女は思うのだ。
ただ、マニャミイは目を輝かせている。
「お、おおおお、お姉ちゃん!」
「なによ」
「こ、こここ、これって。スイーツ! スイーツよね!」
じゅるりとヨダレをたらすマニャミイである。
「見ればわかるでしょ。スイーツよ。甘露煮が入ったマロンクリームのロールケーキ。きっと……いや確実に美味しいでしょうね」
マニャミイがおじさんを見た。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきまんもーす! まんもーす!」
下町の聖女は飢えていたのだ。
極上のスイーツに。
もちろん、こちらの世界にだってスイーツはある。
が、やはり前世持ちとしては納得のいかないものが多い。
特に庶民が口にするものといえば、だ。
素朴な甘味しかないのだから。
だから今、マニャミイは我を忘れていた。
つい先ほど限界突破したばかりだというのに。
「おぉぉぉぃいいいいひいいいいいいい!」
ロールケーキを恵方巻きのように食べるマニャミイだ。
切り分ける? そんなことは蛮族の頭にない。
口の周り、いやほっぺたまでクリームでデロデロだ。
「ちょ! 愛美、あんた! ちっくしょうううう! こうなったらやるしかないじゃない!」
聖女がおじさんを見た。
おじさんはビッと親指を立てる。
ゴーサインとともに聖女は叫ぶ。
「いったらああああ!」
結果――姉妹揃って魚市場の冷凍マグロになったのであった。
うんうんと唸りながら、おじさんの胃薬のお世話になる。
やっぱり蛮族の血族は蛮族だったのだ。
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