第671話 おじさん改めて姉妹を見て思う


 女神の空間である。

 マニャミイと聖女の言い合いは続いていた。

 仲良し姉妹なのか、とも思うおじさんだ。

 

「きぃいいいい! お姉ちゃんのバカ!」


「バカって言う方がバカですぅう!」


 なんとなく二人の関係性が見えてきたおじさんだ。

 自由奔放な聖女に振り回される真面目の妹といったところか。

 それが正しいかどうかはわからないけれど――。

 

 ただ、このままではらちがあかない。

 だからおじさんは動こうとした。

 

「マスター。小生が躾けてまいりましょうか。少々騒がしいので」


 ランニコールの目が笑っていない。

 表情はにこやかなのだけど。

 これは顔の筋肉で笑っているということか。


「……いえ。いいでしょう。わたくしは戻りますわ」


「あのままでよろしいのですか?」


「かまいません。あれがきっと二人のやり方なのです」


「マスターの御心のままに」


 スッと頭を下げるランニコール。

 知らないところで命拾いした二人であった。

 

「行きますわよ」


 そう残して、おじさんは女神の空間から姿を消した。

 

 一方で二人はおじさんたちが姿を消したことに気づいていなかった。

 聖女はソファにどっかりと腰をおろす。

 

「聞いてんの? お姉ちゃん!」


「聞いてあげるから、とりあえず座りなさいな」


 聖女が対面のソファを指さす。

 それに従って腰を下ろそうとするマニャミイだ。


「あ、ちょっと待って。先にお茶いれて」


「お茶って……まぁいいわ。私も喉が渇いたし」


 マニャミイが用意されている茶器を手にとった。

 どれも一流のものである。

 

「え? ちょっとこれって」


 マニャミイは手にして驚く。

 それはイギリスの有名な窯のものだったから。


「ああ、それ。本物じゃないから。リーが作ったやつよ」


 白磁に施された金でチューリップの形をしている。

 持ち手のところには蝶がとまっているというデザインだ。


 優雅で気品がある。

 おじさんはひと目みたときから気に入っていたのだ。

 

「え!?」


 大きく目を見開くマニャミイである。

 

「あのねー。リーにとっちゃそんなの朝飯前なのよ。いちいち驚いてたら身体がもたないわよ?」


 聖女はもう慣れたものである。

 なんなら目の前で、おじさんの本気の一端を見たのだから。

 ペンデュラムを作ってもらうときに。


「ええ……と」


「愛美、あんたもこれからリーと付きあうことになるんだから、そのくらいは覚悟を決めておきなさいよ」


「は? はああ?」


 もはや言語にならない言葉しか発せないマニャミイだ。

 それでも意思の疎通ができるのが姉妹たる所以かもしれない。

 

「なにを驚いてんのよ。だってさーアタシやリーと無関係って立場でいられないでしょうが」


「そりゃそうだけど……」


「いいから、お茶をいれてよ。その後、ゆっくり話してあげるから。アタシとリーのなれそめってやつをね!」


 もはや姉妹の近況報告ではなくなってしまった。

 おじさんが話題の中心である。

 

「ね! リー!」


 聖女がおじさんに声をかける。

 だがその姿はなかった。

 

「ううん……もうあっちに帰っちゃったのか」


 少しだけ寂しそうな表情を作る聖女である。

 そんな聖女を見て、マニャミイが声をかける。


「気をつかってくれたんでしょう?」


「まぁそれはそうなんだけどね」


 魔法でお湯をだし、用意された茶葉を使う。

 とてもいい香りが広がっていく。


「ねぇ、お姉ちゃん」


 なによ、と聖女が優しく返す。


「記憶……どこまでなくなってるの?」


「わかんにゃい。でも、だいたいのことは覚えてると思う」


 はぁと大きく息を吐くマニャミイだ。

 そして、よかったと小さく呟いた。

 

「お姉ちゃん、あの神様にも無茶を言うから! 聖女にしてくれ、私をヒロインにしてくれ! なんて」


 姉妹を転生させた神のことだ。

 聖女は取引したのである。

 

 記憶の一部を代償としてもらう。

 その代わりに優遇する、と。

 

「いいじゃないの。こうしてまた会えたんだし」


 あはははは、と明るく笑う聖女だ。


「相談もしないで勝手に決めちゃって! 本当に心配したんだから!」


 ぽろり、と涙を流すマニャミイである。

 それを見て聖女が慌てた。


「ちょ! なにも泣かなくていいじゃない!」


 両手で顔を覆って、マニャミイが泣き声をあげだした。

 

「なんなのよ、泣かないでよ」


 もらい泣きというやつだろうか。

 聖女まで涙を流し始める。


「ざーんねーん、嘘泣きでしたー」


 ケラケラと笑うマニャミイであった。

 

「私だってお姉ちゃんのこと騙してみたいと、ずっと思ってたの!」


「ううう……おのれおのれおのれえええ!」

 

 聖女が立ち上がる。

 

「なに怒ってるのよ。騙される方が悪いっていつも言ってたでしょ」


 ふふふ、と聖女が表情を歪めた。

 

「騙していいのはアタシだけ! あんたは騙される側なの!」


「……そうだった。これがお姉ちゃんだ」


 再び女神の空間が騒がしくなる。

 どうやらこれが姉妹の通常運転のようだった。

 

 一方でおじさんである。

 おじさんは厨房にいた。

 

 ケルシーとの約束を果たすためである。

 新しい栗のお菓子だ。

 

 いくつかの候補が頭にあるおじさんである。

 その中でチョイスしたのは、栗を使ったロールケーキだ。

 

 生クリームではなく、マロンクリームを作ってしまう。

 おじさんの錬成魔法に不可能はないのだ。

 

 料理長たちのために、マロンクリームのレシピは作っておくのがおじさんの気遣いだろう。

 

 ふっくらと焼かれたスポンジの上に、たっぷりとマロンクリームをおいていく。

 そこに甘く栗の甘露煮まで入れるおじさんだ。

 

 くるっと巻いて、できあがり。

 切り分けて味見をするおじさんだ。

 近くで見ていた侍女がゴクリと唾を飲む。

 

「んーいい感じにできましたわね。皆も食べてみてくださいな」


 と、おじさんは切り分けたロールケーキを侍女に渡してやる。

 ちゃんと見ていたのだ。

 

 一口食べて、侍女の顔が綻ぶ。

 気に入ったのだろう。

 

 残りのロールケーキは――奪い合いであった。

 

「では、料理長。お願いしましたよ」


「承知しました。リー様のご期待に応えてみせます」


 ――その日の夜のことである。

 ケルシーは喜んだ。

 とても喜んで、得意の水芸を披露したのであった。


 そして、おじさんは聖女たちの様子を見に女神の空間へと足を運ぶ。

 

「だからさー」


 言いかけた聖女がおじさんを見つけた。

 

「リー!」


 聖女の言葉にマニャミイの背せすじが伸びた。

 どうにも、おじさんには慣れないのだ。

 

 特にマニャミイが人見知りというわけではない。

 聖女ほどフレンドリーではない。

 それでも友だちを作るのに苦労するようなことはなかった。

 

 ただ――超が何個つくかわからない美少女に馴染めないのだ。

 いや、外見だけの話ではない。

 

 だってあの姉が懐いている・・・・・というのがよくわからないのだから。

 

「お話はできましたか? もう夕食も終わる時間ですから、一度様子を見にきたのです」


 おじさんも空いているソファに座る。


「え! もうそんな時間なの?」


 聖女の言葉で、マニャミイのお腹が小さな音を立てた。

 それがとてつもなく恥ずかしくて、顔を赤くする。

 

「ねぇねぇ。リー、この子を雇ってあげることってできる?」


 聖女がマニャミイを指さした。

 つられておじさんも見る。

 

「雇う? それはできますが……冒険者の育成学校にかよっているのでしょう?」


 疑問に思うおじさんに聖女が自説を披露した。

 要するに姉妹なんだし、同じ転生者だから一緒にいたい、と。


「ああ……ならエーリカの実家に頼むのも手ですわよ。コントレラス家でエーリカの護衛として雇ってもらうのです」


「おおう! それはまったく考えてなかったわ!」


「エーリカは聖女なのですから、護衛の者がいてもおかしくありませんから」


 べつに、とおじさんは続ける。

 

「当家であなたたちを雇ってもかまいません。ですが他の二人は納得するのでしょうか?」


 聖女ではなく、マニャミイにむけた言葉だ。

 だが、彼女は咄嗟に反応できなかった。

 あうあう、と言葉にならない声をだす。


「なに緊張してんのよ!」


「緊張するでしょうが!」


 売り言葉に買い言葉。

 元気のいい姉妹である。

 

「失礼しました。ヤイナは将来的に雇ってもらいたいと話をしていました。ただクルートはわかりません」


 一度、聖女を経由すると緊張がほぐれるようだ。

 おじさんに頭を下げるマニャミイである。

 

 お昼に一緒にいた小柄な女性の冒険者がヤイナ。

 クルートは聖女が言っていた自称勇者だ。

 

「あなた自身はどうしたいのです?」


 冒険者としての道を諦めるのか。

 あるいは冒険者は続けるのか、を問うているのだ。


「私は……冒険者としてがんばってみたいって気持ちがあります」


「なら、ヤイナとクルートの二人と相談してみてくださいな。わたくしは無理にあなたの道を縛りたくありませんので。納得のいくように熟慮した方がいいでしょう」


 ニコッと微笑むおじさんだ。

 その笑顔にマニャミイの胸が高鳴る。

 ぽう、となってしまうほどに。


「ちょっと愛美。なに顔を赤くしてんのよ!」


「し、ししし、してないってば!」


 このままだとまた賑やかになりそうである。

 なので、おじさんは先手を打つことにした。


「エーリカ、マニャミイ。まずは食事でもいかがですか」


 宝珠次元庫から食事をとりだすおじさんだ。

 軽食ではあるのだが、料理長のお手製のものである。

 

 バスケットに詰めてもらったのだ。

 カツサンドやらサバサンドやら。

 

 それを見て、二人が声をあげた。


「いいいいやっっふううぅうう!」


「いいいいやっっふううぅうう!」


 二人がハイタッチしている。

 その姿を見て、おじさんは思った。

 やっぱり蛮族姉妹だと。

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