第669話 おじさんついに目的の人物を発見する


 四阿あずまやにマニャミイたちを置いて、おじさんはサロンに戻った。


「あら? ずいぶんと早かったわね」


 主婦みたいなことを言う聖女だ。

 おじさんはお気に入りのソファに座りながら苦笑を浮かべた。

 

「実は……」


 かいつまんで説明する。

 対校戦に参加していた冒険者が訪ねてきたこと。

 その相手が萎縮してしまって話にならなかったことを。

 

 おじさんの話を聞いて、聖女が笑う。

 

「そりゃあそうよね! わかったわ! アタシが行ってくる!」


「エーリカが?」


 なにをしに行くのだというのだろう。

 首を傾げるおじさんだ。

 

「リーの代わりをしてくるわ。さすがに話にならないといっても放っておくのはマズいでしょう?」


 それはそうだろう。

 聖女なら親しみやすい、のか。

 うん……蛮族だしと納得するおじさんであった。


「大丈夫。まかせんしゃい!」


 どん、と胸を叩いてサロンを出て行く聖女だ。

 その後ろ姿を見ながら、一抹の不安を感じるおじさんであった。

 

「お嬢様。こういう役割は任せてもいいでしょう。エーリカ様はもともと庶民の出身ですし、冒険者にとっては接しやすいかと」


 侍女がフォローを入れた。

 そのことに首肯で応えるおじさんだ。

 

「まぁいいでしょう。エーリカに任せてこちらは……」


 そこへ従僕がおじさんのもとにやってくる。


「お嬢様、コルリンダ様が到着なされました」


 なんてタイミングだ。

 都合がいい。


「では、賓客用のサロンにお通しして。わたくしもむかいます」


 腰を落ちつける暇もないおじさんであった。

 

 一方で聖女である。

 頭を抱えているマニャミイと、マイペースにお茶を飲むヤイナを見た。

 

 確かにこの二人は対校戦にいたと思う。

 印象にあまり残っていないのだ。

 

 だって聖女は演奏で忙しかったのだから。

 ただ開会式や閉会式で見かけたことがあるという記憶はある。

 

「こんにちは」


 にこやかな表情を作って声をかける。

 

「あ! ええと……」


 聖女のことを覚えていなかったのは、ヤイナとマニャミイも同じだ。

 見覚えはあるけれど、踊っている印象しかない。

 

「私は聖女エーリカ。ちょうどリーの家にお邪魔していてね。あなたたちの気持ちもわかるから、足を運んだのよ」


 いつもよりもよそ行きのしゃべり方だ。

 ここにケルシーがいれば、聖女の偽物がいると叫んでいただろう。

 

「はじめまして! 私はマニャミイ、こちらは冒険者仲間のヤイナです!」


 先ほどよりは落ちついているのだろう。

 少し言葉に勢いがでてきている。

 

「少しお邪魔するわよ。リーはちょっと別件ができたから」


 その言葉にあからさまにホッとするマニャミイだ。

 ヤイナはあまり表情を変えていない。

 が、マニャミイを見て顔をしかめていた。

 

「あなたたち、あの音楽が気になって、ここにきたと聞いたんだけど」


「そうなんです!」


 聖女が本題を切りだすと同時に、マニャミイが食いついてくる。

 

「ふふーん! なかなかいい趣味してるじゃないのさ!」


 ちょっとずつ言葉遣いが乱れてくる聖女だ。

 だが、マニャミイもヤイナも気づいていない。

 

「なにを隠そう、このアタシがあの曲を作った一人なのよ!」


 鼻歌を歌っただけだ。

 あるいは替え歌を調子にのって披露しただけである。

 

「え!?」


 マニャミイが聖女を見て、大きく目を見開いた。

 

「ああいう音楽がずっと聴きたかったんです!」


 ぎゅっと聖女の手を握りしめるマニャミイだ。

 

「そうでしょう、そうでしょう。ナハハハ!」


 聖女が完全に調子にのった。


「どうやってあの音楽を思いついたんです? この国じゃああいう音楽ってありませんよね?」


 ぢっと聖女の目を見るマニャミイである。

 

「ど、どうやって言われてもなー」


 聖女の目が泳ぐ。

 前世の記憶です、などとは言えない。

 だから――。

 

「そう! 天から降ってきたのよ! 天から!」


 どこかの天才みたいなセリフを言う聖女であった。

 そんな聖女を見て、ヤイナが口を開く。

 

「聖女様って神殿に認められた?」


「そうよ、でも聖女じゃなくてエーリカって呼んで」


「ん! りょうかいした!」


 そこでヤイナがマニャミイの腕をとった。

 急に引き寄せられたものだから、お茶を少しこぼしてしまうマニャミイである。

 

「あっつ!」


「あ……ごめん」


「いいわよ、いつものことなんだから」


 マニャミイもヤイナも気にした素振りをみせない。

 これが二人の関係なのだろう。

 

「うちの聖女!」


 と、ヤイナがマニャミイを紹介する。

 

「ちょ。本物の聖女様の前では言わないでよ」


 称号として聖女がついた場合のみ神殿の聖女になれる。

 だが市井に生きる者や貴族の中でも、聖女と呼ばれる者はいるのだ。

 偏に治癒魔法と結界魔法が得意であることが条件だけど。


「へぇそうなんだ」


「いやいや……エーリカさんの前ではって……」


 ええ!? と大きな声をあげるマニャミイだ。

 ヤイナも声にこそ出さないが、驚いた表情をしている。

 

「え? なに? どうしたの?」


「エーリカさん、そ、それって」


 マニャミイが指さす。

 聖女の胸元だ。

 ペンデュラムが光っていた。

 

「え? なにこれ? どうなってんのよ」


 首元からペンデュラムをとりだす聖女だ。

 その光が一層に強くなった。

 

「エーリカ!」


 おじさんである。

 ちょうどコルリンダとの対面を終えて、様子を見に来たのだ。

 

「リー!」


 おじさんの登場に跪く二人である。

 やはりおじさんの威光は強すぎるらしい。

 

「エーリカ、ちょっとこちらに」


 うん、と頷いておじさんに近づく聖女だ。

 冒険者の二人がいる四阿あずまやから少し離れて小声で話す。

 

「ペンデュラムが光っているということは、あの二人のどちらかが妹さんである可能性が高いですわ」


「ええ! そうだったの!」


 まったく気がついていない聖女であった。

 というか大きな声をだすな、という話だ。

 デリケートな問題なのだから。

 

「あの二人とどんなお話をしましたの?」


 おじさんが確認をとる。

 聖女が腕を組んでから、思いだしながら言う。

 

「ううんと、あのちっさい子の方とはあんまり話してないわ」


 ヤイナである。

 聖女と同じくらいの身長なのにちっさいと。

 

「ほとんどはあっちのマニャミイって! はうあ!」


「どうしたのです?」


 おじさんが小声で聞く。

 そこで自分の声のボリュームに気づいたのだろう。

 聖女がおじさんの耳元に口を寄せて言った。

 

「思いだした。私の妹は愛美まなみっていうの!」


「まなみ……マニャミイ……近いですわね」


「ああ! そう言えば!」


 いきなり大きな声をだす聖女だ。


「エーリカ、声を落としてくださいな」


「ごめん。ちょっと興奮しちゃって」


「あの子、今、振り返ってみるとあの音楽のこと知ってたみたいな口ぶりだった」


 ふぅと息を吐くおじさんである。

 十中八九、これはもう決まりだ。

 

「わたくしから話しましょうか?」


「う、うん。ちょっとお願い。心の準備がいる」


 自分の小さな胸を両手で押さえる聖女だ。

 それはそうだろう。

 たぶん妹が見つかったのだから。


「わかりました。では、わたくしから話しますわね」


 聖女はその場において、二人に近づくおじさんだ。


「ヤイナには申し訳ありませんが、少しだけマニャミイをお借りしますわね。お茶を楽しんでいてくださいな」


 おじさんの言葉にコクリと頷くヤイナだ。

 マニャミイはと言えば、顔を真っ青にしている。

 

 四阿あずまやを中心に、聖女とは反対側に距離をとるおじさんたちだ。

 

「さて、マニャミイ。答えにくいことかと思いますが、単刀直入に言いますわね。あなた――前世の記憶がありますわね?」


 その一言にビクンと大きく身体を揺らすマニャミイだ。

 反応の仕方を見れば、もう問わずともいいくらい顕著なサインである。

 

「安心してくださいな。誰かに言いふらそうというつもりはありません。というよりも、わたくしもあなたと同じ転生者です。そこにいるエーリカも」


「え!? え? ええええええ!」


 少しだけ落ちつくのを待つおじさんだ。

 見計らって声をかける。

 

「確認しますわよ。あなたはどこまで記憶があるのですか?」


「……私はほとんど記憶があると思います」


「姉と一緒に転生したことは覚えていますか?」


「はい、覚えています。あのときもお姉ちゃんが無茶を言ってって……ちょっと待ってください」


 マニャミイが聖女を見た。

 上から下まで。


「……まさか恵里花お姉ちゃん?」


 コクンと頷くおじさんだ。


「あんのバカああああああ! ウチがどれだけええええええ!」


 どうやら感動の姉妹再会ではなかったようである。

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