第668話 おじさん来客が多くててんやわんやする
女神の空間である。
おじさんと神罰がとかれた聖女の二人が頭を突きあわせていた。
今から聖女の妹を探すのだ。
できるかどうか知らんけど。
「ええと……この地図の上でっと」
聖女がペンデュラムを握って地図の上に持ってくる。
「エーリカ、鎖の方をたらしてどうするのです?」
「はうあ! ちょっと間違っただけよ!」
でへへ。
と頭を掻きながら、鎖の方に持ちかえる聖女だ。
宝石の方を地図にたらす。
「では、集中してくださいな」
おじさんの言うとおりに、目を閉じる聖女だ。
さすがにこういう作業はお手の物である。
聖女がスッと気分を落ちつかせた。
「確かエーリカの場合、イエスが左右でノーが前後でしたわね」
おじさんの呟きに対して、律儀に呼応するペンデュラムだ。
左右に揺れている。
イエスということだろう。
「では、ずばり聞きますわよ。エーリカの妹さんはどこにいますか?」
ペンデュラムがグルグルと地図上で大きく円を描く。
その円が少しずつ、少しずつ小さくなってきた。
そして、ピタリと地図の一点で動きをとめる。
「王都? 王都にいるのですか?」
ちょっと予想外の展開にとまどうおじさんだ。
また問うたわけではないが、ペンデュラムが左右に揺れた。
「ほおん、王都ですか」
まだ居残り組がいるのだろうか。
それとも……ちらりとおじさんの頭をかすめる蛮族二号。
身近なところで言えば、だ。
やはり蛮族二号という線が濃厚だろうか。
おじさんは地図を王国のものから、王都のものに変えた。
ちなみにこの地図はおじさん専用のものだ。
外には出せない精密な地図である。
トリスメギストスが気を利かせて用意した。
「では、今度は王都の中でいきますわよ!」
ペンデュラムが左右に揺れる。
なんだかノリのいいペンデュラムだ。
「もう一度、ずばりいきますわよ。エーリカの妹さんはどこにいますか?」
再びペンデュラムが地図上で大きな円を描いていく。
そして――だんだんと小さくなっていって。
おじさんちの近くを指す。
具体的には貴族街と庶民街の境目のあたりだ。
「んん? どういうことでしょう?」
頭を捻るおじさんだ。
ペンデュラムが指し示すのは路上である。
「よくわかりませんわね。いったん切り上げましょうか」
おじさんは聖女に声をかけた。
「ふぅ……王都にねえ」
聖女が呟いて、おじさんを見た。
「いったんリーの家に戻る? ここにいたら外の情報わかんないし」
「そうですわね。一度戻ってみましょう」
と、いうことで転移するおじさんと聖女であった。
おじさんは自室へと転移した。
ここなら安心・安全だからだ。
「なんか帰ってきたって気分になるわね」
なぜ聖女がそれを言うのか。
まぁべつにかまわないのだけど。
おじさんは鷹揚なのだ。
「サロンでお茶でもしましょう」
自室を出てサロンへむかうおじさんたちである。
「お嬢様、お戻りなられましたか」
侍女が小走りに近づいてくる。
「どうかしましたか?」
「先ほど冒険者が訪ねてまいりまして」
「冒険者が? どなたです?」
おじさんの問いに少し表情を変える侍女である。
「クロリンダの姉であるコルリンダ氏ですわ」
ああ、と思いだすおじさんだ。
そう言えば、先日に聞いた。
王都を発つ前に挨拶をしたい、と。
「なるほど。帰してしまったのですか?」
「クロリンダも今日は不在ですし、お嬢様もいつお帰りになるのかわかりませんでしたので」
「それは仕方ありませんわね」
ねぇねぇとおじさんに絡んでくる聖女である。
いつもならドッカリとソファーに座っているはずだ。
「アタシ思うんだけど……」
聖女が口を開きかけたタイミングであった。
従僕がサロンに入ってくる。
そして、おじさんを見つけて頭を下げた。
「お嬢様、冒険者が御目見得したいと訪ねてきております」
このタイミングだ。
コルリンダが戻ってきたのかと思うおじさんであった。
「承知しました。では……」
少しだけ逡巡してから庭の
外を見ればいい陽気である。
その方がいいだろうと判断したのだ。
「さて、エーリカはどういたします?」
「んんーアタシはいいや。クロリンダは知っているけど、その人は知らないし。ここで待ってるわ」
今度こそソファに座る聖女だ。
なにか言いたいことがあったのだろうか。
「ですわね。では、こちらで待っていてくださいな。わたくしは用をすませきますから」
壁際に控えていた侍女に目配せをするおじさんだ。
お茶の用意をしておいて、と。
それに対して頭を下げる侍女であった。
「では……後ほど」
いつもの侍女を引き連れて、外の
「ふむ……」
見知った顔であった。
確か対校戦にも出場していたのは覚えている。
名前までは覚えていないが。
二人はおじさんの姿を見ると、立ち上がってその場に膝をつく。
「お時間を作っていただき、ありがとうございます。私はサムディオ公爵家領で冒険者をしておりますマニャミイと申します。こちらは」
マニャミイが隣にいた少女に目をむけた。
頷いてから、少女が口を開く。
「ヤイナです」
ふむ、とおじさんは足をとめた。
「当家に、というかわたくしにですわね。なにか御用でしょうか?」
「あ……あの」
おじさんがいる。
そのことに圧倒されたのだろうか。
先ほどは饒舌だったマニャミイが口ごもってしまう。
「落ちつきなさいな。さぁまずは席に座ってちょうだい」
ちょっと禁呪を使ってしまうおじさんだ。
言霊と魔力で縛るやつである。
こういうときには便利だ。
おじさんの禁呪で二人も少し落ちついたのだろう。
言われるがままに席につく。
おじさんも対面の席についた。
そこへ従僕たちがお茶を運んでくる。
「どうぞ召し上がれ。気分が落ちつきますわよ」
禁呪を使うおじさんだ。
とても便利である。
公爵家自慢の香茶の効果もあったのだろう。
二人の緊張がほぐれたのが、おじさんにはわかった。
「ふぅ……」
マニャミイが小さく息を吐いた。
表情が和らいでいる。
「突然、押しかけてしまって申し訳ございません。あの、どうしてもお聞きしたいことがあって。失礼と知りながらも、まかりこしました。お気に障ったのなら、私が罰をうけますので」
まぁこんなものかとおじさんは思う。
なんたって公爵家の御令嬢なのだから。
やはり外にいる人間からしたら、威圧を感じてしまうのだろう。
「かまいません。気に入らない相手であれば、最初からお会いしていませんので」
ニコッと微笑むおじさんだ。
本当の理由はちがうが、それを告げる意味もないだろう。
だから笑顔で誤魔化してみた。
が、天使を凌駕する微笑みに二人が固まった。
ええい、面倒な。
とは思うが、表情にはださないおじさんである。
「では、本題をどうぞ」
「あ! あの!」
緊張からかマニャミイの声がいつもより大きくなった。
「どうぞ」
それでも微笑みは崩さないおじさんである。
蛮族を相手にして揉まれているのだから。
この程度では小揺るぎもしない。
「私……あの対校戦で演奏されていた音楽が」
「音楽が?」
「……とても気に入って。それであの……色々と聞いて回ったんです。そしたら……お嬢様が中心になられていたって」
だんだん声が小さくなっていくマニャミイである。
「あの……それで」
ごにょごにょと声が小さくて聞き取れなかったおじさんだ。
それは付き添いできたヤイナも同じだったのだろう。
ぎゅっとマニャミイの足を踏む。
しっかりしろ、と。
逆にそれは失礼だろ、と。
「あう。あう……その」
マニャミイが口を開く。
どうにもおじさんの顔は見られないようだ。
パチン、とおじさんが指を弾いた。
そのことに驚く二人である。
二人の顔を見て、おじさんが言う。
「あなたが落ちつくまで少し時間をとりましょう」
このままでは埒があかないと思ったのだ。
禁呪といっても完璧ではないらしい。
一時的には落ちついても、すぐに元の状態に戻ってしまう。
これでは意味がない。
まぁおじさんに圧力を感じ続けているせいではあるのだが。
そこは思慮の外であった。
「二人でお茶でもしていてくださいな。わたくしは少しだけ席を外しますので」
立ち上がって、颯爽と席を後にするおじさんだ。
その場にいた従僕たちは頭を下げて、おじさんを見送るのだった。
「……う。どうしよ?」
マニャミイがヤイナに小声で言う。
「どうにもならない」
ばっさりと切り捨てるヤイナである。
「怒らせちゃったかな?」
「怒ってはない。呆れてるのかも」
うう……。
やっちまったと頭を抱えるマニャミイだ。
そんな二人の姿を見て、従僕は思う。
お嬢様を前にして正気を保つのは難しいよね、と。
二人を微笑ましく思って、生暖かい視線を送るのであった。
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