第665話 おじさんはちょっとだけ恥ずかしい思いをする
引き続き、カラセベド公爵家のサロンである。
既に夕食は終わり、温泉にも入った。
はしゃぎすぎたのだろう。
妹は既におねむだ。
首をカクッカクっと上下に揺らしている。
そんな妹を抱きあげて、おじさんは立ち上がった。
無意識におじさんに抱きつく妹だ。
体温が上がっているから眠る直前なのだろう。
「わたくしは妹を寝室に連れて行きますわね」
近くにいたアルベルタ嬢に声をかけるおじさんだ。
先ほどまで卓を囲んで、スゴロクをしていたのである。
「承知しました。リー様もそのままお休みになりますか?」
「さて、どうしましょうか」
決めかねるおじさんだ。
まだ眠くはない。
起きて遊んでいてもいい。
ちらりと目をやると、サロンの中心で聖女が声を張り上げている。
「さぁ張った、張った! 丁か半か、どっちもどっちも!」
テーブルの上には、木製の椀らしきもの。
それにスゴロクで使われているサイコロがふたつ。
木製の椀らしきものは、どこから持ってきたのか。
考えようとしたところで閃くおじさんだ。
聖女の私物である。
遠征訓練に行き、その足で学園にきたのだから。
恐らく聖女が携帯する宝珠次元庫から出したのだろう。
まさか賭場を開いているとは思わなかったおじさんだ。
さすがに動きをとめてしまう。
「出そろったわね。……勝負ッ!」
サイコロを握りしめる。
んんーと声をだし、手を重ねて頭上に掲げる聖女だ。
そして、おもむろに椀の中にサイコロを投入した。
からからから、と乾いた音が響く。
サイコロが回転をとめる。
出た目は四と六。
「でました! 四六の丁!」
ああ! と一部の面子から声が漏れた。
同時にやった! と喜ぶ声も。
ちんちろりんの形をとった丁半博打のようである。
丁が偶数、半が奇数。
本来はコマと呼ばれる札を使ってかけるのだが、今回は焼き菓子を使っているようだ。
「半に賭けたお菓子を勝った方に、と」
ケルシーの声が聞こえてこないと思ったら、聖女のアシスタントをしていた。
「で。こっから人数分だけ参加料を一個ずつもらう、と」
ケルシーの手許に焼き菓子がたまる。
にんまりといった表情だ。
「さぁ! 次の勝負よ! 張った、張ったあ!」
んーまぁあくどい手段をとっている訳ではないようだ。
見たところ健全な丁半博打と言える……のかどうかわからない。
ただ……ちょっと心配になるおじさんだ。
「ちょっと心配ですわね」
ぼそりと呟くおじさんである。
「やめさせましょうか?」
アルベルタ嬢がおじさんに聞く。
「いえ……いいでしょう。妹を寝かしつけたら戻ってきますので。それまではアリィが監視を」
「承知しました」
「キルスティ先輩もお願いしますわね」
妹のことを見ていたキルスティにも声をかけておくおじさんだ。
そのまま部屋を出て行く。
「んーさっきは丁だったです。これで丁が三回連続続いているのです。となると、そろそろ半かもしれないのです」
意外と丁半博打のシンプルさにハマったパトリーシア嬢だ。
その横の席に腰掛けるアルベルタ嬢である。
キルスティも近くに座った。
「パティ。これはどういう遊びなのかしら?」
「サイコロを二つ振って、出た目が奇数か偶数かをあてるものなのです。賭けに参加する場合は、焼き菓子を一個支払うのです」
なるほど、と頷くアルベルタ嬢だ。
「予想を当てた方は外した方の焼き菓子を総取りできるのです」
「さぁ! 張った、張ったぁ!」
聖女の声にケルシーが続いた。
「お菓子、出そろいました」
最終確認のために顔を見ていく聖女だ。
「勝負ッ!」
からからからと音を立てて、サイコロが椀の中を駆けた。
出た目は――。
「五六の半! 五六の半!」
聖女の声に喜びの声をあげるパトリーシア嬢だ。
くそう、と令嬢らしかぬ声もあがった。
「単純だけど面白そうね。賭け札に使っている焼き菓子はどこで手に入るのかしら?」
キルスティが乗り気になっていた。
そのことにギョッとするアルベルタ嬢である。
「手に入れるって……言われても」
「それなら一個単位で売ってあげるわよ」
悪い表情をしている聖女である。
ケルシーが、げへへと笑っていた。
「ちょ! それはさすがに!」
パトリーシア嬢が声をあげるのと、キルスティが声をあげたのは同時だった。
「買った!」
ダメだ……これは一線を越えている。
賭け札に使われている焼き菓子は、おじさんちが提供したものだ。
それを売買するなんて。
そうアルベルタ嬢が思ったときである。
「買った! ではありません」
おじさんの声が響く。
次の瞬間、聖女とケルシーが声をあげていた。
あばばばばば。
ぷすぷすと煙をあげて倒れる二人である。
「まったくちょっと目を離すと、これです。賭け事をするなとは言いません。ですが――もう少し節度をもって遊んでくださいな」
おじさんは聖女とケルシーの二人にむかって言う。
二人はぷすぷすと煙をあげながら、震える腕をあげた。
そして親指を立てる。
「理解してくださったならけっこう」
おじさんがパチンと指を弾いて治癒の魔法を発動する。
「ふううう! たしかにちょっと調子にのったわ。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げる蛮族たちである。
そして――キルスティは縮こまっていた。
自分がかんたんに乗ってしまったことを恥じていたのだ。
「エーリカ、ケルシー。こちらを使いなさいな」
おじさんが宝珠次元庫からコマを大量にだす。
それはスゴロクで使うための小さな人形である。
弟妹たちがなくしても大丈夫なように予備を用意しておいたのだ。
「うん。これなら揉めないか」
納得する聖女だ。
一方でケルシーは首を傾げていた。
「お菓子はどうなるの?」
「皆でわけて食べればいいのです。勝ちも負けもありませんわ」
じゃあ、いったん休憩ねと聖女が声をかけた。
そして焼き菓子が全員の手許にもどってくる。
「エーリカ、ちょっとこちらに」
おじさんが聖女を呼んだ。
そして耳元でごにょごにょと囁く。
「ああ! そっちの方が面白いかも!」
「でしょう? たださっきみたいな一線を越えてはいけませんわよ」
「わかった!」
聖女がとてもいい笑顔になった。
休憩も終わり、賭場が再開される。
「さぁ次の勝負はこれよ!」
ひとつ増えて三つになったサイコロを掲げる聖女だ。
ルールを説明していく。
それは完全にちんちろりんであった。
「さぁ勝負したい人はコマを張ってちょうだいな! 親はアタシから始まって、右回りで順番だからね!」
自分でサイコロを振るちんちろりんは盛り上がった。
「はりゃあああ!」
ケルシーが気合いとともに投擲する。
が、勢いが良すぎた。
サイコロが椀の外にこぼれてしまう。
「しょんべんね。倍払いだから、賭けたのと同じだけ没収ね」
ぎゃあああと頭を抱えるケルシーだ。
だが、そんなことよりも大切なことがあった。
「ちょ! エーリカ、それは口にしちゃダメなのです」
そう御令嬢として憚られる単語があるのだ。
「じゃあ、なんて言えばいいのよ」
しょんべんという呼び方しか知らない聖女である。
「う……」
言葉に詰まるパトリーシア嬢だ。
困ってしまって、おじさんを見る。
おじさんも困るが……頭を回す。
「お……」
「お?」
と、全員の注目が集まった。
おじさんは頭を回して、回して言った。
「お、黄金水! あるいは聖水! と」
おお、と
ただ一人――聖女だけは違っていた。
ぶはっと盛大に噴きだす。
「もう! いやですわ!」
珍しく顔を真っ赤にするおじさん。
クッションで顔を隠してしまうのであった。
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