第656話 おじさんケルシーの奮闘を目の当たりにする
サロンでの話を終えたおじさんたち。
本日は、このままサロンで食事をいただくことにした。
そこへ弟妹たちも姿を見せる。
元気のいい子どもの声というのは、場を明るくさせるものだ。
が――ケルシーの元気がない。
ちょいちょいとクロリンダを手招きするおじさんだ。
ケルシーのことは彼女に任せてある。
「ケルシーはどうしたのです?」
「あの、ですね。先ほど学園でじゃんけんに負けまして」
ケルシーを刺激しないように、小声で話すクロリンダだ。
おじさんも小声で聞く。
「やはり……そうですか。あのことはまだ言ってませんの?」
ただ全員で行くよりも、少数でいこうということだ。
そのメンバーを決めるじゃんけんをした。
で、負けたのだろう。
常勝無敗とは真逆、一勝すらできないケルシーだ。
こういうことが好きなだけに、ショックも大きいのだろう。
「言えるわけありませんよ。さすがに」
神妙な顔をしてみせるクロリンダだ。
だが、彼女の本心はちがう。
泳がせて、遊んでいるのだ。
「です、か。仕方ありませんわね」
教えてあげればいいのに、とは言わないおじさんだ。
そんなことを言えば、自分にお鉢が回ってくる。
おじさんだって言えないことはあるのだ。
「御子様、ひとつご報告が。先ほど姉のコルリンダから伝言がありまして、王都を発つ前にご挨拶をしたいと」
「かまいません。日時はそちらで決めてくださってけっこうです」
「承知しました」
おじさんとクロリンダが話をしている間に、料理が次々と運ばれてきていた。
本日の料理は王国の北部風である。
そろそろ陽が落ちると、寒さを感じることがあるのだ。
なので身体を温められる料理を選んだのだろう。
ちなみに王国北部といえば、煮込み料理が定番である。
ほろほろになるまで煮込まれたお肉がメインだ。
「ケルシー」
ふ、と声をかけるおじさんだ。
「なに?」
その声にも元気がない。
いつも元気なケルシーの元気がないとダメだ。
「あとでじゃんけんの特訓をしましょう!」
「はう! じゃんけん……そう! やる!」
これでケルシーが元気になるのなら安いものである。
「へへへ。そうと決まれば、腹ごしらえをしなくっちゃ!」
むはーと声をあげるケルシーだ。
煮込み料理を見て、声をあげている。
「エルフも煮込み料理はよく食べるのですよ」
クロリンダが解説を入れてくれた。
「ほう。そうなのですか……」
ちょっと興味があるおじさんだ。
そう言えば――エルフの村で食事をしたときにも、いくつか煮込み料理があったことを思いだす。
「そう言えば、エルフの村でいただいた煮込み料理は初めての味でしたわね」
ニコリと微笑むおじさんであった。
「あのときの料理は、森の果実を使ってましたからね。王国風の料理とはまた違った味わいだったのでしょう」
「また、いただいてみたいものですわ。クロリンダは作れますの?」
おじさんの言葉に少しだけ表情を変えるクロリンダである。
彼女は主に食べる専門だったから。
「……今度、村に帰ったときに作り方を教えてもらっておきます」
おほほほ、と笑って誤魔化すクロリンダであった。
ケルシーは食事に夢中になっている。
おじさんも一口いただくが、ほろりと口の中で崩れるお肉が美味しい。
全体的な味つけとしては、北部で代表的な調味料が使われている。
ちょっと甘くて、ちょっと酸っぱくて複雑な味がするのだ。
おじさんの好きな味であった。
弟妹たちと和やかに食事を終えるおじさんである。
ケルシーは机に突っ伏していた。
今日も食べすぎである。
「ケルシー、じゃんけんをしますか?」
「やる! けど……うぷ」
口を押さえるケルシーだ。
危ないところである。
「ねーさま、けるちゃん、じゃんけんするの? なんで?」
妹がおじさんに聞く。
うっと言葉に詰まるおじさんだ。
妹を相手に嘘はつきたくない。
だが――本当のことも言いにくいのである。
「ソニア、ケルシーはじゃんけんが弱いのよ」
ずばっと切りこむ母親だ。
その言葉にケルシーの小さな胸も切り刻まれた。
「……けるちゃん、よわいのか」
妹の何気ない一言であった。
べつに悪意があるわけではない。
ただの感想である。
しかし――その一言がケルシーに火を点けてしまった。
「ふっふっふ。そーちゃん! それじゃワタシと勝負するかい?」
うぷぷ、となるケルシーだ。
クロリンダが後ろでヒヤヒヤしている。
「しょーぶ?」
こてんと首を傾げる妹だ。
その姿に癒やされるおじさんたちである。
「そう! じゃんけん三番勝負じゃああい! うぷぷ」
ごくん、と何かを飲む込むケルシーだ。
そして妹を見て、言う。
「勝った方が明日の甘味をもらう! これでどう?」
「やる!」
妹が目を輝かせている。
どうにもこの国の人たちは、こういう勝負が好きらしい。
両親も楽しそうに事の顛末を見守っている。
おじさんの隣にいるメルテジオが、こそっとおじさんに言った。
「姉さま……ケルシーは……」
弟は既に気づいているようである。
となると、この場にいる全員が既に気づいている可能性が高い。
妹はどうかわからないが……。
「さすがに言えませんわよね?」
こくん、と頷く弟であった。
そこへ――。
「最初はグー!」
ケルシーの声が響く。
「じゃんけぇん……」
その手がチョキになっている。
早い……早すぎるのだ。
「ぷぉん!」
チョキの手を前にだすケルシーである。
妹はグーをだした。
少しの沈黙がサロンに流れる。
「……むっふっふ。まだ最初の一番が負けただけ。やるじゃない、そーちゃん!」
ケルシーの言葉に、にこやかな笑みを見せる妹だった。
「次……次の勝負にいくわよ! うぷ」
またもや何かを飲みこむ蛮族である。
「さいーしょはグー! じゃあんけぇん!」
ケルシーの手がまたもやチョキの形になっていた。
クロリンダがニヤリと微笑む。
「ぷぉおおおん!」
またもやチョキをそのままだすケルシー。
妹もチョキであった。
「あーいこで! しょおおおおおお!」
ケルシーがパー。
妹がチョキ。
その瞬間――ケルシーが膝から崩れ落ちた。
「なああああんでだあああああああ!」
ドンドンと床を叩くケルシー。
そのケルシーの肩をポンと妹が叩く。
「けるちゃん……よわいね」
悪意なく、死体蹴りをしてしまう妹であった。
「おろろろおおおおおおん!」
おじさんはクロリンダに目配せをする。
いつ言うの、今でしょ!
その念をクロリンダに送ったのだ。
だが――クロリンダはおじさんから送られた念を華麗に回避した。
知らぬふりを続けたのである。
ケルシー・ダルカインス。
伝説を作ることになる――女傑である。
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