第655話 おじさんと母親はやっぱり頭のネジが緩んでいる


 ダンジョンで新しく村の階層を作ってきたおじさんである。

 今は私室にて侍女と雑談に耽っていた。

 まだ夕食までには少しの時間がある。

 

「あの階層を引けば大当たりですわね。人が集まるかもしれません」


 侍女がおじさんに言う。


「人が集まれば村ができるかもしれませんわね……。まぁ王都からもほど近い場所ですし……問題はないですかね?」


 首をこてんと横に傾げるおじさんだ。


「政治的なことはよくわかりませんわね。ただ……いちおうご当主様には報告されておいた方がいいか、と」


「そうですわね。わたくしがダンジョンマスターであることは、ご存じですし。報告しておきましょうか。それと王都からあのダンジョンまで道をつなげてしまいたいのですよね」


 おじさんの目的としてはそちらだ。

 本命は飛空艇の開発をしたいが、そちらはまだ目処も立っていない。


 王都から夜迷いの森まで、徒歩で二時間程度の距離がある。

 そこからミグノ小湖へ行くには、森の中を徒歩で一時間くらい。


 馬車で行けるのは森の前までだ。

 ここを一直線に結んでしまえば、もっと学園からも王都からも行き来がしやすくなる。


「道を繋いでしまうのはいいのですが、問題は夜迷いの森に生息する魔物ですわね。人の往来が激しくなるのなら、魔物も集まってくるでしょうから」


 侍女が冒険者としての観点から言う。


「夜迷いの森にいるのは低級の魔物ですから、定期巡回でもすれば駆け出しの冒険者としては美味しい仕事になるかもしれません」


 侍女の言葉におじさんは、ふむ、と頷く。


「……なるほど。わたくし、アレができあがったので実験も兼ねてやってみたかったのですが……冒険者の仕事を奪うことになるかもしれませんわね」


「アレ……? ひょっとして魔物避けの魔道具ですか? 完成したのですね!」


 そう……。

 おじさんは暇を見て作っていたのだ。

 魔物避けになる結界を魔道具に落としこんだものを。

 

 まだ強力な結界を張れるわけではない。

 ただトリスメギストス曰わく、低級な魔物には効果が期待できそうだという分析結果をもらっている。

 

 迂遠すぎる言い回しなので、実験しておきたいおじさんなのだ。

 

 使い魔にして見れば、そもそも自身の記録にない魔道具である。

 なので効果を保証できなかっただけだ。

 

「そうですね。まぁ形になったという意味では完成したと言えるかもしれません。ただ……まぁ効果がどれほどか、わかりません。それにあくまでも魔物を遠ざけるだけですから」


「……なるほど。仕組みはわかりませんが、魔物を遠ざけるだけなら仕事を奪うことにはならないかと」


「なら、お父様から陛下に提案してもらってもいいかもしれませんわね。王領で勝手に道を敷設するわけにはいきませんから」


「そ、そうですわね……」


 侍女は忘れていた。

 おじさんがその気になれば、王都から一気に道を作ってしまえることを。

 

 常人では到底できないことだ。

 だが、おじさんならやれてしまう。

 そう――奇妙な信頼感があるのだ。

 

 そこへ別の侍女がドアをノックして姿を見せた。

 

「お嬢様、ご当主様がお帰りになりました。奥方様とサロンでお待ちになっています」


「ありがとう。では、行きますか!」


 侍女を従えて、おじさんは足をむけた。

 

 サロンに着くと、おじさんは父親に声をかける。

 

「お父様、お帰りなさいませ。お母様は――うん、体調に変わりはなさそうですわね」


 父親から母親に目を移して、頷くおじさんだ。

 そんなおじさんに苦笑しながら、母親が返す。


「さっきまで寝ていたのよ。だから身体の調子はいいわよ」


 おじさんもニッコリと微笑む。

 

「リーちゃん、食事の前に少し相談の内容を聞かせてくれるかい?」


 母親との会話が落ちついたところで、父親がおじさんに振った。

 

「そうですわね。お父様には報告がひとつ。あと、ご相談がひとつありますの」


 先に魔物避けの魔道具が完成したことを告げる。

 そのことに驚きを隠せない父親と母親だ。

 

 アメスベルタ王国内において、中級や上級とされる魔物が生息する地域は限られている。

 逆に言えば、低級の魔物の生息地域が広汎なのだ。

 

 この魔道具があれば――流通が格段によくなるだろう。

 ああ――と嘆息する両親だ。


 おじさん、そんなことは考えていない。

 あればいいな、くらいである。

 

 だが、その魔道具が意味するところは大きい。

 いや、大きすぎると言えるだろう。

 

 なにせ戦う力がなくとも外に出て活動する者にとっては、あれば嬉しい魔道具なのだから。

 

「リーちゃん……この魔道具はとんでもないことになるよ」


 父親がボソリと言う。

 それに首を傾げるおじさんであった。

 

 母親がそんなおじさんの姿を見て笑う。

 

「リーちゃん、この魔道具。王国の開発局がずっと作ろうとして断念してきたものなの。よく作れたわね」


 かつて母親が在籍していた部署でもある。


「ええと……詳しくはトリちゃんに文書にしてもらっていますので、こちらで確認してくださいな」


 宝珠次元庫からドサリと書類をだすおじさんだ。

 

「ありがと!」


 母親の興味は完全にそちらに移ったようである。

 一心不乱に目をとおしている。

 

「で、相談というのは?」


 苦笑いをしながら、胃の辺りをさすっている父親だ。

 そんな父親の前に胃痛の薬をだすおじさんである。

 

「実は……」


 と、おじさん学園のダンジョン講習の話をした。

 その話をうんうんと聞く父親である。

 

 学園長の許可のくだりまでは良かった。

 どうせマスターはおじさんなのだから。

 

 その後から毛色が変わってくる。

 

「で、わたくしの管理するダンジョンに階層を追加してきましたの。宿屋や食事があって、ダンジョン内の素材を売買できる階層ですわ。いうなれば村ですわね」


「え?」


 驚きの報告だ。

 父親の額に汗がたらりと流れた。

 一気に頭の中で、その影響を考え始める父親である。


「あと、学園から直行できるように新しく夜迷いの森まで、あるいはダンジョンまで道を作ろうかと。それに先ほどの魔道具も実験した……」


 言い切る前に母親が割って入ってくる。


「いいわね! リーちゃん! この魔道具がどこまで使えるのか、いい実験になるわ! 魔法を使えばすぐだし。私も協力するわ!」


 はぁと息を吐きたいが、グッと我慢する父親であった。

 

「ですよね! お母様ならきっとそう仰ると思っていました!」


 いえーいとハイタッチをする母と娘である。

 

「う、うん。その話は要相談ってことで。王領だからね、うん。先に相談してくれてよかった」


 心の底から、そう思う父親だ。

 そも王都から道を敷設する計画そのものはあった。

 が――予算と人手に問題があったのだ。

 

「あ……リーちゃん! あの小型のゴーレムを使って道路工事に使ってみるっていうのはどうかしら? いい実験になると思うわよ!」


「さすがお母様です! では、魔法で基礎だけやってしまいましょうか! どうせ基礎だけならすぐに終わるのですから!」


 いや、終わらないよ?

 とは口に出せない父親だ。


「そうね!」


 頭のネジが外れている母と娘の会話についていけない父親だ。

 父親は壁際にいる家令に、そっと目をむけた。

 

 家令はゆっくりと首を横に振る。

 諦めろ……そういうことだろう。

 

 胃痛の薬を一気に煽る父親であった。

 

「ようし! じゃあ、明日兄上と宰相閣下に相談してみるよ!」


 あはははは!

 と、大声をあげて笑う父親だ。

 その背中に悲哀を見る家令であった。

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