第648話 おじさんちょっとした気分転換をするも失敗に終わる


 カラセベド公爵家領都近くの競馬場である。

 馬小屋から少し離れた場所で、おじさんたちは相談を重ねていた。


「ううーん。術式に不審な点はありませんわね」


 おじさんである。

 パイン・ウィンドを作ったときの術式を点検していたのだ。


『うむ。我も同じ意見であるな。となると――やはり主の魔力が原因やもしれぬな』


 使い魔の言葉に眉をしかめるおじさんだ。

 たぶんそれだろうなという予感はある。

 だが、認めたくないおじさんだ。


 だって、そうなるとおじさんが過去に作った物、いやあるいはこれから作ろうと……と手を打つ。

 ピコンと閃いたのだ。


「トリちゃん! わたくしが過去に作ったゴーレムを調べて……」


 言いかけて、また気がつくおじさんだ。

 自分が作ったゴーレム。

 最初に作ったのが、パイン・ウィンドである。

 

 その後は――巨大ゴーレムくらいか。

 今のところは。


 いや、蛇神の使いとかいうのも作った。

 が、あれは特殊な術式を使ったものだから参考にならない。

 

 あとはシンシャくらいか。

 なんだ、意外と作っていないじゃないかと思うおじさんだ。

 

『主よ……過去に作ったゴーレムと比較したいのであろうが……ううむ。主の魔力が原因だと言うのなら、あの巨大ゴーレムは作ってすぐに意思があってもおかしくない』


「……そうですわね」


 使い魔の言葉に納得するおじさんだ。

 少し空気が重くなる。


『仕方あるまい……ここは我がひと肌脱ごうではないか』


「どうするのです?」


『うむ。我の伝手を使ってな、ちょっと聞いてみようかと』


 言葉を濁してはいるが、何らかの神にということだろうか。

 なんだか大げさな話になってきている。

 

「なんだかズルいような気もしますが……」


『いや、本当は我だってそんな手段を使いたくはない。ないが、あの巨大ゴーレムが意思を持ち出すかもと思うとな』


 そこなのだ。

 あの巨大ゴーレムたちに意思があれば、おじさんに懐くのは目に見えている。

 いや、懐くというよりも忠誠を誓うだろう。

 

 となると――だ。

 その忠誠心が暴走してしまう事案が起こる可能性もある。

 

 そう勝手におじさんの敵となるものを排除しだしたら。

 もはやこの世の地獄になりかねない。


『だから――主よ。気に病むな。これはもう仕方がないことなのだ』


 と言って、姿を消してしまう使い魔であった。

 残されたおじさんは、侍女を見る。

 

 納得していないのだろう。

 そんなおじさんが愛おしくて、頭をなでる侍女だ。

 ついでにぎゅうとハグをする。

 

「お嬢様、私もトリスメギストス殿と同じ意見ですわ。まぁお嬢様が命令すれば言うことを聞くとは思いますが。ただまぁ暴走してしまう可能性もなきにしもあらずですもの」


 と言って、侍女はパイン・ウィンドとエポナに視線をむけた。

 おじさんが大好きな二頭の馬たちは、バチバチと睨みあっている。

 そして、ゴンゴンと頭をぶつけっているのだった。


「まったく! 仕方ない子たちですわね!」


 苦笑しながら、二頭の間に割って入るおじさんだ。

 

「言うことが聞けないのなら、メッですわよ!」


 おじさんに怒られて、シュンとなる二頭の馬であった。

 

 その後、競馬場を後にするおじさんだ。

 本当はちょっぴり馬に乗って走らせたかった。

 だけどあの様子だと、どっちが乗せるのかで揉めそうだったのだ。

 

 まぁ順番に乗るとしても、どっちが優先させるのかで揉めそうである。

 かといって他の馬に乗れば、それはそれで問題だ。

 面倒臭いことになるのが目に見えている。

 

 だから、おじさんは祖母と侍女を伴って、競馬場を後にした。

 公爵家の本邸に戻ってから、念のために祖母にも報告しておく。

 パイン・ウィンドが意思を持っていたことを。

 

 その話を聞いた祖母は言った。

 

「なんだい、その面白い話は! 詳しく聞かせとくれ」


 とまぁ魔法バカによる魔法談義が始まったのだった。

 

 時刻はお昼を過ぎたあたりである。

 少し気分転換をしたくなったおじさんだ。

 祖母に別れを告げて、王都のタウンハウスに戻る。

 

 こういうときは魔道具でも作るのがいちばんだ。

 聞けば、母親たちはまだゲームに興じているらしい。

 顔を覗かせるのは危険そうなので、おじさんはその足で地下の実験室にこもることにした。

 

「お嬢様はなにかお作りに?」


「そうですわね。ちょっとした遊具でも作りましょう。ちょっと気分を変えたいので」


 おじさんの頭の中にあったのはふたつだ。

 ひとつはスゴロクである。


 既に弟妹たちのために作っているがかんたんなものだ。

 もう少しルールを追加した、中級者向けのものを作ってもいいかと思ったのである。

 

 とは言え、だ。

 さすがに難しいルールにするわけにはいかない。

 そこで頭をひねるおじさんだ。

 

「サイラカーヤ。スゴロクを少し改良したいのですが、なにか思いつくことはありますか?」


「そうですわねぇ……少し思ったのですが他の人と駆け引きできる要素があるといいかもしれませんね。今のままだとサイコロを振って、その結果がどうかだけですから」


「ふむ……駆け引きの要素ですか、なるほど。では、こういうのはどうでしょう?」


 侍女と相談をしながら、スゴロクを作っていくおじさんだ。

 最終的には納得のいくものができた。

 

 もうひとつ、おじさんはモグラ叩きを作りたかったのだ。

 なんというか唐突に閃いたのである。

 

 子どもの頃には見ているだけだったモグラ叩き。

 こちらの世界では魔物叩きにした方がいいだろうか。

 あるいはゴブリン叩きとか。

 

 ちょっとストレスが溜まっているのかもしれない。

 そんなことは頭にないおじさんだ。

 

 パパパッと素材をだして錬成魔法を発動する。

 

 幅が一メートルほど、高さも一メートルほどの台が出現した。

 そこに洞窟を模した穴が上段に四個、下段に五つ。

 

 台の端っこにあるボタンを押す。

 すると、洞窟からひょっこりとゴブリンが姿を見せた。

 ちょっとリアルに寄せた感じの人形である。

 

「あ! お嬢様! ゴブリンが!」


 出たり、入ったりを繰りかえすゴブリンを見て侍女が声をだした。


「ふむ。まぁこんなものですか」


 ランダムに出入りするゴブリン人形を見て満足するおじさんだ。

 加えて、錬成魔法で玩具のハンマーを作ってしまう。

 それを侍女に手渡すおじさんだ。


「サイラカーヤ、試してみてください。この武器を使って、顔をだしたゴブリンを叩くのです。叩く数が多いほど、点数が高くなります!」


 と、再び台のボタンを押すおじさんだ。

 ビーとスタート音が鳴る。

 

 顔をだすゴブリン。

 その瞬間であった。

 

「死ね! おらああああ!」

 

 侍女のハンマーがゴブリンに炸裂した。

 同時にバガンとハンマーが砕け散る。

 ゴブリン人形も。


「あっーーーーー!」


 おじさん、思わず叫んでしまうのであった。

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