第647話 おじさんとんでもない事実に気づいてしまう


 黒毛の巨馬である、パイン・ウィンド。

 おじさんの作ったゴーレム馬だ。

 今、おじさんを前にして首をこすりつけて甘えている。

 

 おじさんも笑顔でパイン・ウィンドに応えていた。

 その頭をなでてやるおじさんだ。

 

「ぶるっファあああああ!」


 黙っていないのがエポナだ。

 こちらはパインちゃんとは対照的な白馬である。

 身体のサイズは負けているものの、美しさではひけをとらない。

 

 そんなエポナが荒ぶっている。

 ドン、とパイン・ウィンドに身体をぶつけ、強引に割りこむのだ。

 そして、おじさんに顔をこすりつけた。

 

「くすぐったいですわ」


 いいながらも、おじさんは平常運転だ。

 おじさんお馬さんとの戯れに気がいっていて、まるで気づいていない。

 

 ドン、と身体を押し返すパイン・ウィンドだ。

 同じくおじさんに顔をすりつける。

 

「仲良くですわよ」


 言葉とは裏腹に満更でもないおじさんだ。

 やはり動物と戯れるのはいい。

 

 クー・シーやケット・シーを愛でてはいるが、それはまた別腹だ。

 そう言えば、と白天弧のことも思いだすおじさんである。

 顔を見に行かなければいけませんわ、と心のノートに書き留めておく。

 

「お嬢様!」


 そこへいつもの侍女が駆け寄ってきた。

 おじさんが転移したのを知って、追いかけてきたのである。


 侍女は見た。

 見てしまったのだ。

 

 ゴーレム馬であるパイン・ウィンドがおじさんに愛でられていることを。

 それだけならば別にいい。

 

 だが――パインちゃんは場所を奪われないようにしているのだ。

 身体の大きさでいえば、パイン・ウィンドの方が大きい。

 

 そこに体当たりを繰りかえすエポナ。

 ぶるふぁあああ! と声をあげるも微動だにしない黒毛の巨馬なのだ。

 

「え? ええ!?」


 思わず、驚きの声をあげてしまう侍女だ。

 ゴーレムに意思はない。

 それなのに……どうして。

 

「お、お、おじ、おじ……お嬢様!」


「なんですの? いきなり大きな声をあげて?」


 ん? という顔をするおじさんだ。

 まだ気づいていない。

 

「パイン・ウィンドちゃん、パイン・ウィンドちゃんが……」


 意思を持つなんてあり得ない。

 どういうことなのだ。

 ちょっと混乱してしまう侍女である。

 

「パインちゃんがどうかしましたの?」


 こてん、と首を傾げるおじさん。

 

「いや……あの、パイン・ウィンドちゃん。ゴーレム馬ですよね?」


「そうですけど? サイラカーヤも見ていたじゃありませんか、わたくしが作るところを」


 ここに至って侍女は察した。

 お馬さんとスキンシップすることしか頭にないのだろう。

 だから――気づいていない。


「ええと……お嬢様。先ほどからおかしいのですが」


「なにがです?」


「パイン・ウィンドちゃん、明らかに意思を持っていませんか?」


 ぶるふぁあああ!

 エポナが吼えた。

 ちょっと助走をつけてから体当たりを敢行したのだ。

 

 重いものがぶつかる音がする。

 さすがのパインちゃんも勢いをつけた体当たりに身体が揺らぐ。

 

 ぶるふぁあああ!

 

 エポナがさらに押す。

 よろけたパイン・ウィンドが場所を退いた。

 その隙にエポナが身体をすべりこませる。

 

「ぶほほほほ!」


 まるで高笑いのような声をあげるエポナであった。


「エポナ! ちゃんとなでてあげますから、そんなことをしてはいけません!」


 さすがに一喝するおじさんである。

 しゅんとなったエポナ。


 そこへパイン・ウィンドがエポナに身体をぶつけた。

 よろめくエポナだ。

 

「パインちゃん!」


 おじさんはまたしても一喝する。


「…………」


 これ、やっぱりどう見てもおかしい。

 侍女は確信した。

 パインちゃんが意思を持っている。

 

「お嬢様、やっぱりパインちゃんがおかしいですわ」


「むぅ……確かに言われてみれば……パインちゃん、あなたは意思がありますの?」


 それを聞いても、応えられないではと侍女は冷静だった。

 だが、そんな侍女の思惑を覆すのがおじさんである。

 

 パイン・ウィンドはおもむろに首を縦に振った。

 声はだせないものの、正解だと言うように。

 

「スゴいですわ! パインちゃん! いったいなにがありましたの?」


 目を輝かせるおじさんであった。

 

 ゴーレム馬。

 おじさんが作った人造の魔物と言えるだろう。

 

 宝珠をエネルギー源として動く。

 ちなみに宝珠を餌のように与えて、動力源の不足を補うことになる。

 低燃費で長持ちするのだ。

 

 もちろん――それ以上の機能はつけていないおじさんである。

 意思があるということは、どういうことなのだろう。


「トリちゃん!」


 おじさんは知恵袋である使い魔を喚んだ。

 クルクルと回転する魔法陣から姿をみせるトリスメギストスである。

 

『ふむ……話は聞いておったが……これまた珍妙なことになっておるな!』


 トリスメギストスが、ふよふよと浮遊しながらパイン・ウィンドの周囲を回っている。

 

「どういうことかわかりますの?」


『うむ……しばし待たれよ』


 もう一周ほど回ってからトリスメギストスは元の位置に戻った。

 

『ふむ……主よ。結論から伝えよう。パイン・ウィンドはゴーレム馬から魔物へと進化しておる』


「魔物にですか?」


『いや、魔物というのも正確ではないのだろうな。ある意味で新種の生物だと言えるかもしれん』


「ほう! それはどういうことですの?」


 おじさんがトリスメギストスに続きを促す。

 

『うむ……主は以前にシンシャを作ったわけだが……あれと似たようなことになっているな。ただ魔物――そうだな。野生のゴーレムの場合はだ。自ら魔力を生み出している』


 ふむ、と頷くおじさんだ。

 

『だが、パイン・ウィンドは相変わらず魔力は外部からの供給頼み。そういう意味では魔物という意味からは少し外れてくる。だが、明らかに意思を持ち、主に懐いておるのだ』


「魔物という定義には当てはまらないのだけど、野生のゴーレムのように意思を持っていると」


 端的にまとめると、そういうことである。

 

『そうなのだ。よくわからんことになっておる。ただ……主に害をなすような存在ではないのは確かだな』

 

 さて、と声をあげるトリスメギストスだ。

 

『問題は原因がどこにあったのか。造物主である主に懐くというのは、まぁ道理を横に置けば理解はできる』


 うんうんと頷く侍女だ。

 半分くらいわかっていない。

 

『仮に、だ。主の魔力が原因で意思を持ったとなると……これはマズいことになるかもしれん』


「どういうことですの?」

 

『主よ……忘れてしまったか? あの巨大ゴーレムたちを!』


 あっと声をあげるおじさんだ。

 浪漫の塊のような巨大ゴーレムたちを思いだす。

 小型のゴーレムの量産計画もある。

 

 それらが意思を持ったのなら――。

 

 制御ができるから安全なのだ。

 パイン・ウィンドを見れば、おじさんには懐くだろう。

 だが――他の人間に対してはどうだ。

 

「うにゅにゅ……」


 声をあげてから考えるおじさんだ。

 おじさんの予定リストには、他にも記載されている。

 

 最も大きなものは、前期魔導帝国時代に使われていたゴーレム技術の復活だ。

 また魔道具とあわせた人造物も作ろうとも考えていた。

 

 すべては生産能力向上のためである。

 それらが意思を持ってしまったら――。

 

「トリちゃん、早急に原因を解明しなくてはいけませんわ!」


『で、あるな。主の魔力以外になにかしらの要因があればいいのだが――』


 さて、困ったぞとなったおじさんと使い魔である。

 侍女はそんな二人を見て思うのだ。

 

 意思を持ったとしても、お嬢様が命令すればいいのでは、と。

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