第646話 おじさんとんでもない事実を見逃してしまう


 おじさんは祖母と侍女を伴って、公爵家邸の地下へ足を運んだ。

 祖母が刻んだ転移陣を見るためである。

 

 ――一人転移させるのが精一杯。

 この問題点には心当たりがある。


「ふむ、やっぱりそうですわね」


 実際の転移陣をひと目見て、おじさんは理解した。

 自分と同じ問題に引っかかっていたから。

 

「お祖母様、ここですわ!」


 おじさんが転移陣の一部分を指さした。


「ほおん……特に間違っているように思えないんだけど」


 精霊言語で書かれている転移陣である。

 確かにそうなのだ。

 一見して間違っているわけではない。

 

「そうなのです! これがちょっとわたくしも納得がいかないところなのです! トリちゃんに確認をとってもらってわかったのですが……」


 おじさんは別の箇所を指さす。


「先ほどの場所であの指定をする場合、こちらで調整しないといけないのですわ!」


 おじさんの指摘に頭を抱える祖母である。


「……なんてわかりにくい」


「そうなのです! ここでの指定があっちに繋がっているとは思えませんものね!」


 おじさんもまったくの同意である。

 魔法式はひとつひとつの指定で成立するものだ。

 

 その常識が精霊言語では通じなかった。

 まるで嫌がらせである。

 

 ちなみに同じ問題を母親も引っかかったのだ。

 魔法言語による魔法式とは書き方と似ているくせに、ところどころで違っているのだから。

 

 これは罠だと言ってもいいだろう。

 

「これは気がつかないねぇ……。トリスメギストス殿の仕様書には書いてあったのかい?」


 こくん、と頷くおじさんだ。

 

「ただ、補足情報の横に小さく書かれていたのですわ。トリちゃんもわかりにくいことをしてくれるものです!」


 思いだしたのか、プンプンと怒るおじさんであった。

 そんなおじさんにむかって苦笑をうかべる祖母だ。

 子どもらしい一面もあるものだ、と思ったのである。

 

「まぁいい。では、こちらを直すとして……ああ、そうか。ここを直すと、あちらを直して、ちぃ。面倒な。なんでこんな作りをしているんだい!」


 大人の余裕を見せていた祖母もキレた。

 まったくです、と同意するおじさんである。

 

「トリちゃん曰わく、この方が魔力の効率が良くなるとかなんとか」


 地道に作業をする祖母を見るおじさんだ。

 さすがに手際がいい。

 

「ほおん、よし、こんなもんか!」


「お祖母様の足下にある式の調整が抜けてますわね」


「はは……こんなところにもいたのかい!」


 祖母が笑いながら、転移陣の魔法式を構築しなおした。

 

「さて、これで跳べるかい?」


「あちら側も修正しませんと、うまく繋がりませんわ!」


 実に祖母らしくない初歩的なミスであった。

 ぺしん、と額を叩く祖母だ。


「ダメだね、逸っちゃ。で、どうする? リー?」


 転移できないなら、馬車で行くのかという問いだ。

 祖母に対して、首を横に振るおじさんである。


「転移しましょう。逆召喚ができるはずです」


 おじさん、実はちょっと開眼していたのだ。

 深く魔力を探ることに。


 基本的にこれまでの逆召喚とは、使い魔との間にできた魔力的な繋がりをたどって転移するものである。

 要は魔力的な繋がりがあれば、使い魔でなくても逆召喚は可能だ。


 そのため正確にはおじさんの使い魔ではないシンシャを対象にもできるのである。

 

 ここで、おじさんは祖父の魔力をたどってみた。

 小さな魔力なら感知するのは難しい。

 だが、おじさんちの家族くらい大きな魔力なら認識できる。

 

 もちろん感知できる距離にも関係はするが、公爵家の領都からほど近い競馬場くらいの距離なら……。

 

「補足しましたわ! お祖父様の魔力です!」


 いける、と踏んだおじさんだ。

 侍女と祖母に目配せをして、逆召喚を発動した。

 

「うおおおお!? リー?」


 いきなり祖父の近くに転移したおじさんたちだ。

 それに驚いてしまう祖父であった。

 

「リー……」


 理屈はわかる。

 わかるのだが、理解が追いつかない祖母である。

 

「本当にスゴいね!」


 おじさんの手をとって笑う祖母だ。

 そのまま、ぎゅううとハグをする。

 

「リー! 魔力の見分けはどうやっているんだい?」


 祖父をそっちのけで、おじさんを放さない祖母だ。

 訓練中の騎士たちも動きをとめて見ている。

 

「なぁ……なにがあったんじゃ?」


 侍女に聞く祖父だ。

 おじさんと祖母の二人はキャッキャいいながら、魔法談義に花を咲かせているのだから。

 

「お嬢様は新しい転移魔法を身につけられました」


「ほおん。それはどういうものじゃ?」


「ええと……よくわかりませんが、たぶん見知っている人の大きな魔力を探知できれば、そこにむかって転移できる魔法かと」


「よくわからん」


 素直な感想を告げる祖父であった。

 もちろん侍女も同じである。

 

「で、ここへ来た目的はなんなのじゃ?」


「お嬢様が新しい暖房器具を開発されまして。その話をハリエット様に報告されていたのです。その後、ご隠居様のところへと。何かしらの相談があるかと思いますが、申し訳ありません。私では詳しいことまではなんとも」


 ペコリと頭を下げる侍女であった。

 

「ふむ。暖房器具のう……。便利か?」


 答えるまでもない質問だと思った侍女は首肯して応えた。

 おじさんが作ったのだ。

 便利ではない魔道具などない。


「で、あろうなぁ。となると……なるほど。そういうことか」


 祖父は祖父で合点がいったようである。

 祖母とも長い付き合いだ。

 その考えが読めたのだろう。

 

「手の空いている騎士たちに暖房器具を作らせようということか。まぁそれは構わんのだが……どんな暖房器具か興味あるのう」


 目を輝かせる祖父である。

 そんな祖父を見て、侍女は腰のポーチから宝珠をとりだす。

 

「こちら、私がお嬢様からお預かりしている現物になります。確認されてはどうでしょう?」


 ほう! と声をあげる祖父だ。

 宝珠次元庫からどんどこ暖房器具を取りだしていく。

 

 特に気に入ったのが、ピーコートだ。

 おじさんに抜かりはない。

 ちゃんと祖父が着られるサイズになっている。

 

「ぬほほほ! これはいいわい!」


 魔道具のことを説明する侍女をそっちのけだ。

 ちょっとイラッとくる侍女だが、表情にはださない。

 

「ご隠居様、お嬢様は騎士用にべつの防寒着を考案されてましたけど」


「なぬ!? それはそれで見てみたい!」


 祖父が声をあげた瞬間である。


「セブリル!」


 そこへ祖母から声がかかった。

 

「うむ! 騎士たちは好きなだけ使えばよかろう!」


「言質はとった! この冬がくるまでは最低限の騎士たちで回して、量産体制を作るよ!」


「当然じゃな!」


 わははは、と声をあげる祖父と祖母の二人だった。

 ここに騎士たちのブラック労働が決まったのかもしれない。

 

「あれ? リーはどこへ?」


 祖父が気づいた。

 おじさんはと言えば、愛馬のエポナのところへ転移していた。

 

「ぶるっふぁあああ!」


 久しぶりのおじさんに声をあげて、顔をすりつけるエポナがいた。

 

「甘えん坊ですわね」


 ニコニコとするおじさんだ。

 そんなおじさんたちを見る侍女とパイン・ウィンド。


 初代、おじさんの愛馬。

 おじさんが作ったゴーレム馬だ。

 

 そんなパイン・ウィンドが物も言わず、おじさんとエポナの間に割りこんできた。

 

「ぶるふぁあああ! ぶるふぁあああ!」


 邪魔をされたエポナが吼えた。

 

「あら? パインちゃんも甘えん坊ですわね」


 おじさんはニコニコとしていて気づいていない。

 パインちゃんが意思をもって、エポナを邪魔したことを。


 人造のゴーレムに意思が生えた。

 その事実にまだ気づいていないのだった。

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